765:急進(上)
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1792年6月20日
フランス アラス
この街に一番大きな弁護士事務所がそびえたっている。
元改革派のメンバーであり、現在は『民間救済弁護士』の異名で知られている人物が事務所の代表者として務めており、反王室的発言なども交えて平等な社会の実現を訴えているところである。
彼の名前はマクシミリアン・ロベスピエール……。
史実ではフランス革命時に山岳派として活動した政治家であり、政敵を抹殺するために大量殺戮を行って恐怖政治を実行に移した人物である。
彼もまた、この世界においては山岳派ではないにせよ、革命的手段を執り行って政治を変えるべきだという考え方に至り、反王室的、急進的改革派として注目されていたのである。
彼は講演会において、貧民窟にいる人々を招いてなぜ貧困から抜け出せないのか熱く語った。
「なぜ貧しい人々は貧困から抜け出せないのか?それは富を特権階級者が吸い上げて、分配されるべき富は一向に貧民の人達に分け与えられないからです!阿片が貧民窟で流行しているのも、人々の活力が失われているだけでなく、戦争による後遺症に伴って引き起こされいる悲劇でもあるのです!これらの問題を解決するためには、これまでのような平和的な抗議活動ではなく、より過激かつ刺激的な方法を取らなければ人々は変わらないのです!!」
ロベスピエールの演説は魅力的であった。
貧民の人達にとって、彼の語っている演説は真理のように感じ取ったのだろう。
講演会に参加していた貧民の多くがロベスピエールの演説に心を打たれて涙し、拍手喝采で彼を迎え入れたのだ。
人権派弁護士と名が付いたのは改革派を抜けてからすぐの事であった。
改革派は国王ルイ16世が立ち上げた派閥であったが、改革派のトップであるルイ16世がなぜ政治の中心となっているのか?
改革派であればトップには別の人間を据え置くべきではないかと説いたのがロベスピエールであった。
「改革派に属しておりましたが、陛下がトップに立ち陛下の意見のみが反映されているような状況になっているのが現状です。つまり王室の行動が絶対的となっているために庶民層……ひいては貧民の人達の意見が聞こえない構図になってしまっているのです。我々は見放されてしまっているのです!!!」
ロベスピエールは、貧民を救うには自分しかいないと高らかに宣言した。
彼の思想に共鳴したり、地下に潜んでいた平等主義者らが、ロベスピエールに接近して『新時代派』という派閥を結成したのだ。
新時代派の意見としては『国王主体の政治体制ではなく、国民の意見が反映されるような画期的な政策をとるべき』であったり『貴族や聖職者といった特権階級者による専制政治体制の終焉』を訴える内容であった。
「国王陛下にとって、我々国民の安息を願っているのは承知しております。しかしながら……現在阿片が貧民窟で流行していたり、諸外国の避難民が安い賃金や労働力して破格の安い賃金で働かされているのです!結果としてフランス国民であるはずの我々が難民によって仕事を奪われ、仕事を引き受けるにしても難民と同じ金額か、それ以下の金額を提示されるようになってしまっているのです!この問題が二年前から取り沙汰されているにも関わらず、改善が見込まれていないのです!!!」
ロベスピエールの主張としては、安価な労働力として避難民であったり亡命してきた外国人労働者が大勢働いているという現状が気に入らなかったのだ。
現在の亡命ないし避難民としてフランスに流入した諸外国民は80万人。
このうち労働力として採用されているのは75万人だ。
75万人の労働者の多くが土木作業員であったり、農林水産関係に携わる仕事、さらには町工場の中小規模の施設で働くことでフランス内で問題になっていた労働力不足が一気に解消されたのである。
労働力不足の解決は多くの人々にとってフランス経済を活性化させるうえで必要な事であったが、同時に貧民窟と称される場所に住んでいる人の多くがこうした難民や亡命者の労働者よりも低賃金で働かされる事例が複数あったのだ。
というのも、貧民窟の場合は出生に関わらず信頼性が確立されていないことが問題であった。
貧しい者は盗みをすることがある、そうした盗難品などを扱う市場まであったのだ。
そうしたこともあり、手癖の悪い人間が多く住んでいる貧民窟からの労働者というのは、職がほとんどなかったのである。
こうした事に目を付けたロベスピエールは『真の平等のためには、彼らにも職を与えるようにしなければならない』と宣言した上で、人権派弁護士として活動をするためにはどんな手段を使ってでも政権に訴えなければならないと覚悟を決めて反政府的な言動を繰り返し話すようになってしまったのだ。
当然、これらの活動はすぐに当局から目を付けられることになり、ロベスピエールは行動こそ制約されなかったが、必ず彼の行動を把握するために国土管理局であったり憲兵隊のメンバーが監視を義務化したのである。
国王に対する批判すらも辞さない彼の発言の数々に、貧民層以外の人々はロベスピエールの正気を疑った。
国王によってフランスは良い方向に変わったのだ。
政治体制も、それまでの派閥間の対立ではなく能力が身を結ぶようになり、平民出身者であっても功績や実力があれば高い地位につけることが約束されたのである。
おまけに、贅沢三昧であったルイ15世と対比するかのように、ルイ16世は質素倹約な生活を心がけるようになり、ジャガイモ料理などのレシピを紹介して、一般庶民でも飢えないような食事の調理法なども伝授したのである。
農奴解放や有色人種の奴隷制の廃止なども盛り込んで、彼らの人権を国王が保証することによってサン=ドマングでは多くの有色人種や混血の人々への差別行為が違法化されたことで、人権の向上にも繋がったのだ。
そんな慈悲深い国王への反発するかのような発言は『過激である』と改革派内から指摘され、ついに彼の行動は国王から【危険】と判断されたのだ。
「これ以上、奴の演説が長引けば悪影響が出るのは避けられない。残念だが危険と判断された以上は拘束するぞ、付いてこい」
国土管理局に憲兵隊、そして警察官がロベスピエールが演説を行っているアラスの中央広場を取り囲むように包囲した。
ロベスピエールは自分が追い詰められていると薄々感じながらも、声高らかに政府への不満を大声で訴えた。
「そして今!!!我々のような弱き者への迫害を推し進めている政府こそが、貧民の人達を救おうとしていない!!!真に救うべき国民に税を投入し、貧しさから脱却するべき時が来たのです!!!如何なる犠牲を払ってでもこの政府に鉄槌を……」
「そこまでだ!!!ロベスピエール!!!講演は中止だ!!!」
憲兵隊が群衆の輪に入り込むようにロベスピエールの前になだれ込んだ。
周囲の人々はそれを見て、ロベスピエールが逮捕されるものだと思い、憲兵隊に掴みかかったのだ。




