764:恐怖政治
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1792年6月12日
「さてと……何かあった時の為に方針を固めておくか……」
「あら、何かあったのですか?」
「今は特に問題はないけど、少し気掛かりなことを思い出してね……」
オーギュスト様が自室で日誌を書いていると、ふと思い立ったように語り始めました。
何かあった時のために……と言いながら、取り出したのは『1791年度反王室思想主義者一覧』と書かれた一冊の本でした。
少々タイトルが物騒な本ですが、オーギュスト様曰く……この本は国土管理局が内偵調査などを探った際に、王室に対して反発をしていたり、王室そのものを解体して共和政治の樹立を執り行おうとしている者がどれだけいたかを示す本なのだそうです。
まるでワインの品質を品定めするかのように、オーギュスト様は反王室主義者のリストを見ながらチェックをしていましたが、その中でも気になる人物を見つけたのか「うん?!これは……」と言って、その人物の記事が書かれた箇所を精査しているようでした。
「いかんなぁ……コイツが反王室主義者になっているのは……マズいな」
「誰か気になる方でもいらっしゃったのですか?」
「アントワネット……ああ、王室に関して部分的な廃止と、貴族や聖職者の権利剥奪をするべきだと主張する一部の連中の中に、気になっている人間がいたからね……ちょっと危ない感じだから、何か理由を付けて一時拘束した方がいいかなと思ってね」
「そんな方がいらっしゃるのですね……因みにどんな方なのですか?」
「庶民派の弁護士として人気が出ている人物でね……今回のプロイセン王国との戦争でも、戦争に関して自国防衛でない限り、軍隊を派遣すべきではないと主張している人なんだ……」
オーギュスト様が語るには、その方は二十代という若さで法曹界でも名の知られている方なのだそうです。
勉学にも長けており、論戦が繰り広げられた場合には相手を必ず打ち負かしてしまうほどに持論を展開しつつも、周囲の人間が納得するような理論で武装をしているのだそうです。
腕利きの弁護士であり、たとえ貧しい人であっても無償で弁護を引き受けて、弁護士としては相当の相手なのだそうです。
「普通であれば、そういった方は改革派に属していると思うのですが……違うのですか?」
「うん。出身地のアラスでは地元の改革派の弁護士同好会のメンバーだった経歴があるから、改革派の理念に合致していた部分もあると思うよ」
「……えっ、だったという事は現在では改革派に属していないのですか?」
「そうなんだよね。彼は改革派弁護士同好会メンバーに対して『現在の政治体制は国王に裁定の判断があり、本当の改革とは言えない』と発言して口論になって、去年に改革派弁護士同好会を脱退して、王政政治の権利縮小などを訴える平等主義的な活動をしていると言われているんだ」
しかし、そんな方が反王室主義者であるとは少し意外でした。
何かと、貴族や聖職者に関する権利の制限を設けたり、課税の義務化などをしたことで多くの庶民階級出身の弁護士は改革派に所属しています。
改革派に入るメリットは様々ですが、やはり一番は身分や階級で選ぶのではなく能力主義で選んでいるところでしょうか。
家柄が良くても本人の性格が駄目だったり、能力が著しく欠落している場合は参加することは認められておりません。
改革派の場合は、既に所属している改革派のメンバーからの推薦が必要であり、その推薦された人物が改革派に参加する資格があるかどうか本人との面談を行ってから、面接官と住んでいる地区の改革派代表者と審議して入会の是非を問います。
なので、メンバーとして活動していた経歴を見る限り、その審議にはパス出来ていたという事になります。
当初は、その方も改革派でも受け入れられていたのでしょう。
「しかし、その方の言っている事ですが……やはり問題視されたのは王室への批判ですかね?」
「いや、それよりも些か過激な言動が目立ってきていたと地区長からの報告がある。弁護士として活動していたが、貧困層の所得改善が行われても物価の上昇に伴って以前と変わらないのはおかしいと訴えていたそうだ」
「貧困層の物価対策ですか……」
「特に、物価問題から政治的な発言が飛び出した際には、改革派としてより貴族や聖職者への課税義務を執り行うべきだと高らかに主張して、反対した人間に対して『貴方はそれでも改革派ですか!本当に改革派であればどんな身分階級者であっても平等に扱うべきです!それを否定するのはオルレアン派と同じですよ!』と詰め寄って周囲と揉めたと記載がある。殴りかかるような動きだったために、周囲が慌てて静止させたとも書かれているね」
「殴りかかるのはいただけないですわね……でも、その人も本気で改革に取り組もうとしているのでは……?」
「そう思いたいんだがね……彼の場合は違うんだよ」
「違う……?」
「彼は改革を実行したいのは事実だ。だが、それはあくまでも自分が主導して執り行いたいと思っているんだ」
自分で主導して執り行いたい……?
それは閣僚に登り詰めてから執り行うことを意味しているのかと思いましたが、どうやら違ったようです。
その方の場合は、自分自身が国王よりも権力が上の政治体制を確立させて、人々を従わせる方法を執るというものでした。
「彼の場合は閣僚だけの地位で満足はできない。必ず上を目指して行動をするはずだ。悪く言えば反乱を起こしてでも上に成り上がってから反対派を抹殺……従わない人間は『反抗的である』という烙印を押してから殺そうとするだろう」
「そこまで……でも、まだそういった言動や行動はしていないのでしょう?流石にやりすぎでは……?」
「アントワネット……彼は弁護士として優秀な上に、学業成績も常にトップクラスだった男だ。自分のことを改革の天才だと思い込んでいる人間は、必然的に高い地位に上がることを好むんだ。もし、何でも出来る権力を手にした時、彼は自分よりも地位や身分が下の人間が不平不満を言う環境に耐えきれると思うかい?」
「そうですね……優秀な人がそういう環境を手にしてなんでも出来る環境であれば、反対派を弾圧したりすることも躊躇しないようになるかもしれないですね」
「そうだ。特に彼は弁論の才能がある人物だ。人々を言いくるめて彼自身が理想とする恐怖政治を作るための基盤を整えようとしている節があるんだ」
オーギュスト様は真剣な表情でそう語りました。
恐らく、この弁護士の方は自分に従う者だけを大切にしようとするでしょう。
であれば、危険な行動を起こす前に一時拘束等をして、危険が及ばないようにするのもやむを得ない判断かと思います。
「いつか、こんな日が来るとは思っていた……ただ、こうなるとはな……」
オーギュスト様は悲しそうな表情をして、本を閉じて書棚に戻しました。
きっと、何か思うことがあったのでしょう。
改革派のメンバーだっただけに、その方がこういう形で本性が露見した事への失望も混じっているのかもしれません。
 




