761:責任
まずは、国内に違法に流通している阿片の撲滅……というか、素直に申告して阿片を持っていても罪に問わないようにするべきか……?
いや、それではこれまでに違法所持で逮捕された連中から不満が出てしまうな。
所持をするにしても病気療養や痛み止めためにしか使えないようにしているし、国内麻薬取締法によって所持に関して大規模な規制を掛けている状態だ。
一時のためだけに規制を緩和するのはもってのほかだし、違法薬物が流通した際にも一定期間の所持・使用があっても政府が回収するから罪に問わないとなれば、隠れてコソコソ続けてしまう人間もいるはずだ。
人間は欲で出来ている。
欲で出来ているからこそ、快楽のために薬物を服用すればあっという間に泥沼に嵌るように乱用して身を滅ぼしてしまう。
デオンも、国内の使用状況は把握しているだけでも右肩上がりになりつつあると指摘していた。
「今回取り締まった分を含めても、違法所持を行っている者の数は右肩上がりです。リヨンやマルセイユなどの都市でも摘発されたグループがおり、彼らが所持していた阿片の総量は50キロにも及びます。これは堅パンに入っていた分を取り除いた純粋な阿片の数であり、堅パンの中に入っていたのを含めれば総量はもっと大きく跳ね上がります」
「阿片が50キロか……それでいて、堅パン以外の量ですらこれとなれば……」
「密売人と連携して、国内での貧民窟での使用が急増することも考えられます。既に有名な貧民窟での調査も実施しておりますが、阿片中毒になって廃人となっている者も見受けられております」
「阿片は中毒性と常習性が高い薬物だからね……乱用すれば身体が阿片を欲しくなって吸わないと無気力になって動かなくなる薬物だよ」
低所得者層を中心に、既に薬物の乱用者が増え始めているのはよろしくない事態だ。
今のフランスは史実とは違って軍需産業に金をつぎ込んだ影響で好景気のはずなのだが……。
清国や満州事変時の時のように国民が貧困で娯楽が無くて気晴らし目的で阿片を吸っていたような状況ではないはず……本来なら普及しないはずだ。
いや、好景気だからこそ金回りが良いんだ。
金回りが良くなれば、それだけ消費も増えていく。
それだけに阿片を服用して気分がよくなるよとバイヤーが宣伝して『嗜好品』として売りさばいていたのだろう。
実際に服用すれば途轍もない幸福感を感じながら余響を楽しむことができる薬物らしいが、依存性も高いので次第に量を増やしても幸福感が短くなり、薬物に対する耐性が出来てしまって身体がボロボロになるまで服用を続けてしまう。
阿片は史実では中国だけにとどまらず、多くの諸外国で中毒者を産み出した。
フランスでも貴族や王族などの富裕層を中心に【医薬品】としての阿片を嗜好品目的で乱用し、中毒になって苦しんだ者がいる。
19世紀から20世紀中ごろまで、阿片は金儲けの手段として使われ、その積み重なった金の下には無数の廃人になった者たちが転がっているのだ。
日本も戦争が終わった後に、軍が保管していたメタンフェタミン剤が一斉に市場に流出し、このメタンフェタミンが幸福感とリラックス効果を齎すことで多くの中毒者を産み出して社会問題化した例もある。
それが規制されたらシンナー遊びが問題になり、さらに時代が進めばインターネットの発達によって、薬物が身近に買えてしまい、高校生が大麻所持で逮捕された……なんて例も目立ってきた。
そして、それよりも入手しやすい合法ドラッグという物であったり、市販薬の一気飲みといった危険な薬物が世の中にはびこっている。
結局のところ、現代に至っても薬物乱用というのは撲滅は出来ていない。
これは人間が薬物を使用することで得られる幸福感であったり、安心感を手放せないのと中毒性によってもたらされてしまった快感を忘れられないからだ。
例え法規制を行ったり所持・保有・使用を規制したところで彼らが「もうやりません」ときっぱりやめるかと言えばそうでもなく、まだ規制されていない薬物に手を出したり、医師から処方された睡眠薬などを飲んでしまう例も少なくない。
そして、そうした薬物への危険性に関する知識が乏しいこの時代では尚更阿片が駄目だと言ってもどれだけヤバいのか理解できずに服用してしまうケースも多くなっているのではないだろうか……。
「阿片は中毒性の高い薬物……それ故に依存して廃人になるまで服用してしまう程の厄介なものだ。これを完全に撲滅するにも、取り扱いを行う人間の選定もしなければならないが……」
「違法に売りだしている阿片を取り締まって根絶しなければならないですね……」
「現在の阿片の服用条件は『重度の疾患による激痛』と『外科手術後に生じる痛みの緩和』だよね……嗜好品目的の阿片はどういった目的で販売しているのかな?」
「やはり、阿片特有の幸福感を追い求めて服用する者が後を絶たない状況ですね。一度服用したらやめられない幸福感と、何度でも手を出してしまう依存性……これによって我々が管理していない阿片が貧民窟や一部の諸外国を経由して売られているのが現状分かっている事です」
「うーむ……これは相当難しい問題だな。依存性が高いから本人の意思に関係なく、阿片を欲しがるようになってしまう。脳が阿片を要求するようになれば、その分だけ意思だけでは制御できなくなって犯罪に手を染めてしまいかねない……」
薬物は金のなる木でもあるのだ。
一度味わってしまえば病みつきになる。
身を滅ぼしてでも手に入れようとして、犯罪に手を染めることもある。
阿片でもそういった事件を起こした例もあるぐらいだ。
現に、阿片漬けになって略奪と領土を広げている国家が存在している。
それが救世ロシア神国だ。
彼らはプガチョフをピョートル大帝、いや降臨神と崇めて崇拝し、兵士達を阿片漬けにした上で痛みを感じない軍隊を作り出してしまった。
阿片による幸福感と鎮痛薬としてのメリットを取り入れた恐るべき軍隊だ。
もしかしたら、この新大陸製の阿片の密売ルートとしてフランスやスコットランドも入っているのではないだろうか?
あくまでもフランスでは販売の本拠地ではなく中継地点……。幾つもの都市や港を経由して最終的な目的地へと運ぶことを主体にしている可能性がある。
ロシアは三つの国家に分断されたものの、新ロシア帝国の評判はあまりよろしくなく、一応フランスとしてはスウェーデンの傀儡国家である新ロシア帝国を擁護こそしているものの、もしかしたらかの国の官僚や貴族が救世ロシア神国に横流し……もしくは売りさばいているのではないだろうか?
「救世ロシア神国に売り渡すために所持しているということも考えられないか?」
「救世ロシア神国への売買ですが、それも確認中ではあります。かの国はオスマン帝国の半分を下してイスタンブールを占領することに成功しています。とはいえ、オスマン帝国側も抵抗を続けており、アラブ地域の自治権容認と、地域の首長権限の強化を約束し、決死の応戦によって国家として持ちこたえている状況です」
「オスマン帝国側を屈服させることができたとしても、阿片の量が足りないはずだ。中毒性が高いから服用を続けなければ廃人になる。廃人寸前でも阿片を打てば動けるようになると考えれば、これらの阿片の最終目的地が救世ロシア神国になるんじゃないかな……」
そう、中央アジア原産の阿片では到底量が足りない。
東南アジア諸国でも生産していたはずだが、それでも救世ロシア神国の住民をハイにするだけの阿片はないはず。
であれば、これらの阿片の目的地は救世ロシア神国しかない。
あの国と、北米複合産業共同体が政府間レベルで繋がっているとすれば……。
恐らく、戦争をする際にヨーロッパ地域を挟み撃ちにするため、団結する必要がある。
つまり、国家形態やイデオロギーが違えど、目的があれば団結できてしまうのだ。
攻撃目標はヨーロッパか……。




