750:大坂の春(中)
堺に停泊している幾つもの帆船に従って入港したのは、フランス籍の大型輸送船であった。
日本国内で製造されている通常船の倍以上の大きさを誇る大型船の入港には大坂の住民を驚いた様子で見ていた。
最も、この輸送船は台湾で生産された嗜好品である砂糖や蒸留酒、柑橘系の保存食などを運搬する目的で使われており、軍用船ではないのだ。
「しっかしデカい船じゃのぉ……これがフランスの船かぁ……」
「何でも、ヨーロッパまで行けるように作られた外洋船だそうだ……うちらみたいに日本や薩摩……遠くても琉球や朝鮮半島に行くような船じゃなくて、もっと遠い場所まで行けるようにしたからこんな大きさになったそうだ」
「それにしても積み下ろしをしている連中は羽振りがいいそうじゃないか。なんでも末端の作業員ですら新町遊廓で上物の女性と過ごせたらしいぞ」
「それはホンマか?!くそーっ、フランスの作業やって美味しい所を貰いたかったわ!」
「そうはいうても、あの辺りを仕切っているのは奉行所が認めた連中しか通せないからなぁ……うちらがしゃしゃり出て認めるように言っても無理だわ」
「下手な事言って岡っ引使われてしょっ引かれるのは勘弁してほしいわ」
他の作業員からは羨ましそうな目でフランス船の荷卸し作業を見ていたが、実際にフランス船で荷卸し作業を行っていた作業員はそれ相応に美味しい役を与えられていた。
というのもフランスの船から荷卸し作業をしている作業員には、フランス側と幕府側から報酬が弾ませた状態で渡されたのだ。
一般的な港湾労働者の一日の日給の倍以上の値段であり、しかもフランス側からはこの当時では貴重品であった砂糖を使ったお菓子まで振る舞われたのだ。
言葉は違っても、労働の後の甘味は一番美味しいのは彼らがよく知っていた。
フランスの一般菓子で長期保存が可能なパート・ド・フリュイが振る舞われており、現代で言うところのグミに近いお菓子である。
それを貰った作業員たちは休憩時間の間に食すことになったのだが、経験したことのない弾力のある菓子を食べて、凄く驚いたのだ。
「何だこの菓子は?!べらぼうに甘くて砂糖がたっぷりついているじゃないか!!」
「それでいて、まるで弾力があって梅干しよりも硬いな!!!見た目が塩漬けされた梅干しかと思ったぞ!!」
「なんかスゲェ菓子だな……ぐにゅっとしていて、それでいて甘くて……うーむ、フランスの菓子というのもスゴイんだな」
「これで仕事が終われば、また別の菓子を選別にくれるそうだ。班長が通訳の人と通じてフランス人と話したそうだが、気さくでええ人だって言っていたそうだ」
「そうか、こりゃ仕事終わったらどんな菓子が出てくるか楽しみじゃ。そんじゃ、そろそろ仕事に戻って頑張るぞ!」
荷卸し作業の作業員はフランス謹製のお菓子に驚きながらも、淡々と作業をしている。
日本人の荷卸し作業を見ていたフランス船の船長も、パイプ煙草を口に咥えて様子を眺めていた。
「どうだね?彼らはしっかり働いているか?」
「はい、キビキビと動いております。身体は我々よりも小柄ではありますが、力持ちが多いので我々が二人係で持つような重たい荷物でも、一人で運んでしまう者が多くいます」
「それはすごいな!こちらは多少航海をしているとはいえ、やはり日本の労働者は力持ちが多いという話は満更嘘でもないということか……」
「主食の米ばかり食べている結果だと語っている者もおりますが、それでも我々としては作業を黙々とやってくれているので助かっております」
「うむ、作業が終わり次第彼らにも報酬を弾ませてやってくれ。なにせ、日本の幕府が喉から手が出る程欲しがっていた品々だ。国王陛下も幕府の要人と面会してからお渡ししろとの勅命も貰っている。荷卸し作業が終わり次第、幕府の代表者と会って直接話そう……時間はどれぐらいで終わりそうか?」
「そうですね……今の時刻が丁度正午ですので、夜の7時までには終わるかと……」
「では、ディナーにありつけるわけだな。きっと彼らも良い所に案内してくれるはずだ。お前たちも抜かりなく作業を行うように励んでくれ」
「はいっ!!!」
こうして、積み下ろしが終わったのは午後6時過ぎであった。
積み下ろし作業を終えた日本人作業員に対して、砂糖菓子と謝礼金を渡した上で彼らには荷物の中身を見ないように忠告し、彼らを返したのであった。
最も、フランス側と幕府側から賃金を貰っていた作業員の多くが、一日で二週間分の稼ぎに匹敵するお金を貰い受け、そのお金を一気に高級料理店であったり、遊郭に行ったり、果ては博打によって消えていくのであった。
そんな作業員とは裏腹に、幕府側から派遣された田沼意知がフランス側の代表者と話し合うために入れ替わるようにして彼らと面会していたのであった。
「遠路はるばるご苦労様でした。我が国へようこそ」
「いえ、途中で青龍に寄ってきて嗜好品の類も運んできたお陰で作業員の方々には重大な積荷を悟られることなく無事に運び出せることができましたよ。意知様も本命は嗜好品ではなく、軍用の積荷ですね?」
「ええ、蒸気機関はすでに我が国でも設計図と技術者によって開発が進められています。問題は最新鋭の武器と兵器が不足していて、幕府単独では開発が出来ない状況です」
「おお、それでしたら話が速い……こちらで持ってきたものは幕府が要求してきた全ての武器・兵器の類ですよ、どうぞ、積み荷の一部は既に奉行所の方が内密の場所に移しておりますので、そこで確認致しましょう」
この大型輸送船には幕府がフランス側に依頼していたものを積載しており、人目が少ない夜間において大坂奉行所や大坂城に搬入が行われていたのである。
それがフランス軍における最新鋭兵器である改良型グリボーバル砲と、単発式空気銃であった。
特に、空気銃に関しては幕府の役人も興味津々な様子で手にとって確かめたほどであった。
田沼意知もまた、渡仏した際に見た最新鋭の武器や兵器が更なる形で進化を遂げている事に驚きつつも、どういった武器や兵器が登場しているのか、自身の目でたしかめてみているのだ。
「この銃は火を使わずに撃てるのか?!」
「扱いとしてはそのようでございますな。空気を押し込めてから発射するようです。弓矢と同じように遠くまで飛ばす事が出来る上に、火縄銃と比べても火薬を使わない為、今の幕府の財政的にも助かるとのことです」
「ふむ……して、この空気銃……威力と射程はどのくらいに?」
「300メートル以内でしたら十分に人を殺傷可能です。これらの空気銃を使って疑似的な連動射撃を行うことで、従来の火縄銃よりも発展した戦い方が可能となります」
「ふむ……火薬を使わないのは素晴らしいな……火縄銃では火薬の数も限られるが、これは定期的に空気を入れて中に入っている弾丸を飛ばす仕組みというわけだな……」
これらの武器・兵器が必要な理由は、東北地域一帯を牛耳る鉄門組を征伐するため……東征において必要な武器と兵器の調達が急務だからであった。




