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1792年2月13日
フランス パリ
戦勝国としての地位を確立したフランス。
その後の利権と領土の拡大が約束されたオーストリア……。
両国の蜜月な関係は過去最高に達している。
私としては、かつて経験した革命の悲劇から逃れられたようにも見える。
年が明けてからも戦勝記念の祝賀会であったり、経済改革によって生み出された新興企業の躍進によって、フランス経済は今では西欧諸国の中でも飛びぬけて発展しています。
ロンドンという金融都市が内戦によって徹底的に破壊しつくされた為、ロンドンの金融都市機能がパリに移り、パリの株式市場は戦勝したことで更に上がってきております。
フランス革命が起こった時のことを思えば、まさに天と地の差……。
あの時ほど経済状況は悪くないし、それにフランスはこれまでに三度もの戦争を経験していずれも勝利を納めた。
周辺国からの態度もかなり良くなったんじゃないかしら……。
「テレーズ様……如何致しました?」
「いえ……最近の様子は明るい話題でいい事だと思っていた所よ。戦争が終わって、人々に日常が戻ってきて……嬉しいって思っているの」
「そうですね。戦争も終わりましたし、これから大きな時代の流れが来るかもしれないですね!」
「カーニャはいつもそう言うわね。でもいいわ。明るい話題のほうがいいし」
身の回りの世話をしてくれるカーニャはいつも元気ね。
中西部出身の彼女は元々修道院にいた女性……。
だけど、王族の女性の身の回りの世話をする人物は推薦が必要なの。
その推薦で彼女が選ばれて、修道院からわざわざ出向いて私の世話をしてくれている。
あの時……。
もう一度生まれ変わる前に、この充実した人生だったらどれほど幸せだったか……。
あの時に幸せだと感じたことはなかった。
生きる事に必死だった。
王族として生まれながらも、革命によって10歳の時に両親や弟共に幽閉されて、父が最初にギロチン台で処された。
母親も同じようにギロチン台で首を刎ねられた。
弟に至っては、牢獄の中で虐待された末に衰弱死をして、五体満足で生き延びたのは私だけだった。
家族の愛を受けたのは10歳の時に終わったの。
それからは私は王族や皇族……各国の利害関係のためだけに使われる存在となった。
私の唯一の味方だった夫も、性不能であったがために子供が出来なかった。
それで父の弟が王位を継承した後も、私は王の母親として呼ばれることはなく、ひっそりと……歴史の影から姿を消す様に死んでしまった。
なぜ、ここで生きているのか分からない。
未だに分からない。
父に至っては、私と過ごした時間以上に違う世界を見てきたような素振りであったり、言動をすることが時たま見る事がある。
発明家の人と謁見した際にも、発明品に関する知識を経験を積んだように改善点を指摘したり、政治的な問題が発生した時にも、問題の先にどのようなリスクが潜んでいるか、的確に指示を出している。
まるで、ずっと先を見てきたかのような口ぶりだった。
革命で処刑された後の世界に関しても、どうやら知っているかのような発言もあった。
特に、ナポレオンの事になると父は興奮した様子で『少なくとも、彼は軍人としては優秀だ。いずれ国のトップになるぐらいに頭の回転と知恵が働く人だよ』と言い当てている。
実際に、ナポレオンは革命政府を打倒して自身が皇帝に即位する程に権力を有することになった男。
両親を殺した革命軍やその時の政治家の次に嫌いな男だった。
そんな嫌いな男の優秀な面を言い当てる父が怖かった。
私は父に尋ねた事がある。
ナポレオンを評価している点としては幼年期から軍人としての素質があることを見抜いていること。
そして軍人である以上、その成績であったり技術面を評価していることを挙げていた。
「恐らく、彼が軍で勤続している間に戦役が勃発すれば、必ず彼は出世するだろうね……それも、なるべく早くに年齢を考慮しても最年少で将官クラスに上り詰めることができる……乱世の時代において彼は才能を発揮するタイプの人間だ。少なからず野心もあるし、それに見合うだけの才能もある……」
……野心がある事まで分かるなんて……。
ナポレオンは戦争で上り詰めたけど、ロシアとの戦争に敗れ、そこから復帰を図ろうとするも再び失敗して没落した。
それまでは順調に権力者として上り詰めた人生を歩んでいた人だった。
本来であれば、今頃革命騒ぎがドンドンエスカレーションしていって、街中は殺気立っていたはず。
それがここでは殺気よりも活気で満ちあふれている。
「パリは相変わらず平和でいいわね……道も随分と綺麗になっているし……」
「道路整備だけでなく、汚水処理に関しても国が莫大な資金を投じておりますからね。窓からの糞便の不当放棄の禁止を出す代わりに、回収人が糞便を買い取ってくれるようになってからは一気に良くなりました!」
「今までは汚い街とか、悪臭の都とか散々な言われようだったのが嘘みたいね……本当に綺麗になっているし……」
「これも国王陛下が率先してやってくださった事ですし、パリ市民も喜んでおりますわ!」
「そうね……綺麗になって良かったわ……」
見違えるほどに綺麗になった大通り……。
悪臭もしなくなったセーヌ川。
そして清掃が行届いている街並み……。
全て、綺麗だった。
これだけ綺麗でも、あの時の悲劇が起こった光景が一瞬だけ脳裏に映りこむ。
革命が起こった時、教会の資産は没収されて革命に反発していた司祭は殺されて……いくつかの教会は放火と略奪によって灰になった。
私の知っている革命では、血に飢えた国民が集団的に人々を犯し、殺し、殺戮と破壊を楽しんでいた。
悪夢のような日々だった。
特に、スペインやポルトガル……ノルウェー・スウェーデンの対応はかなり変わっている。
スペインやポルトガルは今までは同じカトリック圏の国家ではあったけど、王政政治を維持するためにこれらの国家では無理な改革などはせずに日和見に近い対応を取っています。
それがここではフランスの改革を見本として、両国は密接になって改革を実施して王政政治を良くしようとしています。
ノルウェー・スウェーデンに関しても、それまでの関係から一歩進んで同盟国としての地位を確立するべく、スカンジナビア半島の地位を確立した上で、両国は長年の対立から融和へと歩み始めている。
平等主義思想であったり、今回プロイセン王国で実権を握ってしまった薔薇十字団の強硬派みたいなのが王政政治の根本から破壊してしまう脅威であると捉えた王族や皇族たちは一気にそれまでの対立から融和、そして団結の道を歩むことになっていきました。
ヨーロッパはフランスを中心に、一致団結の姿勢を見せております。
恐らく、今後執り行われるであろう政治であったり経済指標に関しても、フランスを主軸とした体制が確立されるでしょう。
お父様は欧州を一体化させようとしている……そうしたら、今後どうなるのか……。




