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「さて……ペスト対策と告知に関する事はこのぐらいでも大丈夫そうかな……」
デオンとサンソンに後は任せよう。
彼らは少なくとも能力は優秀だし、イラストレーターに関しても思想的にとんがったりしていない人物を採用してくれるはずだ。
この時代のイラストレーターは、基本的に芸術性を重視するタイプか、風刺画を描いて面白おかしく描いていくタイプの二種類が存在している。
風刺画に関しては、いつの時代でもそうだが、割と扇動的な事を書いて人々を煽る事が多い。
イギリスですら王室批判を行うために、あえて『王様』だと分からないように壁の柱に顔を隠したり、一定の配慮をしてから批判する風刺画を投稿することがあったようだ。
一歩間違えれば不敬罪に問われるような案件ではあるが、当時の風刺画というのは文字の読み書きが出来ない人物でも、相手の容姿や表情などをみて、どのような事を考えているのか?どのような事を話しているのか?をある程度想像する事が出来たようで、絵画よりも風刺画のほうが単純明快で分かりやすい感じであったと伺っている。
「単純明快で分かりやすいのが読者からの受けがいいからなぁ……漫画を連載するわけじゃないが、こういうのは分かりやすいほうがいい」
王室にもお抱えの絵師さんは存在しているが、その中でも史実同様にアントワネットやシャルルのイラストを描いているヴィジェ・ルブランがいる。
彼女はフランス王室との関わりが深く、こちらの世界線でもアントワネットお気に入りの宮廷画家として招かれて、今でも絵を描いている。
彼女の描いているイラストと、風刺画を比較するのは如何なものになってしまうが、ヴィジェの描く作品は美術館であったり、絵画のサロンで展示されるような立派なイラストだ。
どちらかというと、芸術性を重視した作品だ。
その一方で、風刺画は誰も手にとって分かるように描くことが多い。
戦争のプロパガンダ向けのポスターなんかも風刺画に当てはまる事が多いが、その中でも自国を掲揚するようなポスターの場合は凛々しく描き、敵国を貶したり揶揄する場合は、相手を怪物に仕立て上げて描くことが多い。
その場合、見ている側からの視点に立ってみれば、誰が正義で……誰が悪か……。
そうした面を強調しているので、視覚的に分かりやすく描いている作品が多いのだ。
つまるところ、今後の感染症対策において戦時ポスターのような感染症対策を重点においたイラストであったり、災害時や戦時において必要な事を示したポスターも配布する必要があるというわけだ。
「戦争は終わったとはいえ、まだまだやる事があり過ぎるからな……戦後の債権問題もあるし……数年続いていたから、国庫も赤字覚悟で戦時国債も発行していたし、これから返済するのが大変だなぁ……」
そう、戦争とは一番金のかかる外交でもある。
戦争をするにもお金が必要不可欠……。
幸いにして多くのユダヤ人やユダヤ系の人達を保護したり、今は亡きハウザーが構築してくれた人脈を頼って作った経済界隈の協力と支援を経て、フランス経済は史実のアメリカ独立戦争時に出したような莫大でとてもじゃないが返せないレベルの大赤字を計上することはなかった。
「ホント、金融や銀行関係において強い権力と資本力を持っているユダヤ人やユダヤ系の人達を味方につけておいて正解だったな……。彼らが支援してくれたお陰でそこまでフランスの経済は傾くことはなかったし、金利や国債に関してもそこまで大きな変動をする事が無かったのが幸いだったな……」
フランスが戦争するとなった際に、彼らはヨーロッパ中のゲットーのネットワーク網を駆使して情報を提供してくれたり、軍費に必要な資金の調達も手伝ってくれたのだ。
戦時国債においても保証人となってくれて、かき集めてくれたお陰で今日の勝利があるのだ。
彼らには頭が上がらない。
とはいえ、プロイセン王国によるネーデルラント侵攻であったり、ポーランドによるクラクフ共和国への襲来によって、フランス軍のほぼ全軍を出動させて対策を取る事態となった為、これらの軍事費の割合が国家予算の4割に到達する勢いで支出がすさまじかったのだ。
「国家予算の4割も一時的にとはいえ使っていたのか……膨大な数だな……これアントワネットの首飾り事件で被害にあったダイヤモンドで出来たネックレス何本作れるかな?……400本ぐらい作れそうな勢いだな……とはいえ、日本でも国家予算の半分以上を戦費に費やしても何とかなったし、国債として信用があれば何とかなるもんだな……」
かの日本も戦時中は国家予算の6~8割ぐらいをつぎ込んでいたので、そう考えればまだ国家予算の4割というのは比較的金銭的な余力がある方だろう。
太平洋戦争時に敗戦した後は、占領地への賠償請求であったり、日本が保有していた技術などが専売特許では無くなった為、その後の事を考えればこういった何とかなるといった考え方はだめだったのだろう。
それにしても……国の歳入の4割を軍事につぎ込んだので、当然ながらアンバランスな収支報告書となってしまった。
当然ながら赤字ではあるが、これでも史実のフランス革命やそれに次ぐナポレオン戦争よりは支出割合は少ない方だ。
戦争が起きなければ2~3年で返済できる額だ。
「やはり史実よりも蒸気機関が発達しているのと、グレートブリテン王国内戦時に我が国が保護した科学者や技術者が取得した特許の利益配分がデカいからなぁ……特許の利益の15%を国に治めるようにしたお陰でそこまで大赤字にならなかったのが奇跡だ」
そう、ここでフランスが赤字を出さなかったのもグレートブリテン王国内戦時に、避難してきたり亡命してきた科学者や技術者が保有していた特許の利益を20%程を国に治めるようにしたお陰だ。
特に、蒸気機関の父であるジェームズ・ワット氏であったり紡績機に関する特許を取得した人物はグレートブリテン王国出身者であり、産業革命が始まった地として最初に保有していた特許でもあるのだ。
特許はとても大事だ。
何と言っても、ジェームズ・ワット氏の開発した高圧式蒸気機関は機関車であったり、鉱山の地下水汲み上げにも使われている重要なシステムだ。
「ジェームズ・ワット氏の蒸気機関に関する特許の利益が莫大だな……諸外国でのライセンス生産やノックダウン生産が今年だけで800億リーブルだもんな……これに加えてその他諸々の特許利益をひっくるめて460億が国庫に入るんだから、バカに出来ない数値になるんだよなぁ」
フランスの経済的躍進も、この特許利益によるのも大きい。
それに最初に作った人に権利と利益が行くシステムであると同時に、特許の利益のうち20%が国の保有資産になるので、塵も積もれば山となるを体現するかの如く、物凄い金額に膨れ上がったのだ。
結果として、これ以上の戦費の支出はしなくてもよくなったので、予備役の動員を解除し、プロイセン王国において割譲された地域での治安維持に必要な正規軍との入れ替えであったり、軍隊の縮小と装備の更新を進めていくべきだろう。
来年……遅くても再来年までには、軍隊の規模を通常時に戻せるだろう。




