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744:復興

☆ ☆ ☆


1792年4月1日


フランス ヴェルサイユ宮殿


「……して、ペスト騒動は終息しそうかね?」

「最後の感染者が出たのが3月25日を最後に発症者は出ておりません。しかし、もう半年は感染防止のために人の往来は制限するべきでしょう。それから復興に関する本格的な工事であったり、事業の開始は1年後にするべきです。また感染がぶり返してしまっては元も子もないですからね……」

「往来は感染した者が最後に見つかってから半年以上は期間を開けておく必要があるというわけだな」

「マルセイユでのペスト大流行時には実に終息までに2年間の月日を有してしまいました。その当時と比べれば医学も発展しましたが、まだペストに対する住民たちの感染対策意識というのは希薄であるのも事実です。飲み水の共有であったり毛布なども足りない場合は共有しているケースが見受けられる為、感染者の身に着けていた衣類や毛布の焼却処分であったり、火葬に関する取り組みも進めて参ります」


ヴェルサイユ宮殿において、おれはデオンとサンソンからの報告を受け取っていた。

残念ながら、ベルリンで戦争が終わったのと同時に発生したペスト騒動はまだ終息の見込みが経っていない。

感染者は先月の13日を最後に発見されていないが、ペスト菌に感染したネズミであったり感染者の毛布や衣類の焼却処分が完了するまでは最低でも往来の制限が執り行われる予定だ。


現代であってもペスト菌は厄介な存在であり、強力な抗生物質であったり治療法が確立されていても死亡率は5%以上と極めて高い病である。

日本では明治時代になるまでこのペスト菌が入ってきたことはないそうだが、ヨーロッパでは度々大流行して、そのたびに何万、何十万人にも及ぶ人が犠牲になった。


移動制限などをかけているものの、1月下旬から3月初頭にかけてベルリン西部の一部地域で感染者が急速に増えてしまい、一時的に軍にも出動を行って感染症を抑えるためにより強力な移動制限であり、特段の事情がない限りは建物から出ない事を通達するロックダウンの措置が取られた。


当初は突発的にペスト菌に感染したネズミやノミが何らかの理由で増えて感染を広げたと思われていたが、その実態は人為的な行為による事が原因であることが判明したのだ。

その報告書も到着したので読み上げていると、そこには驚くべき事が記されていた。


「やはり冬場になってから一時的に感染が拡大してしまったようだが……これは人為的な要因だと聞いたが本当かね?」

「はい、焼却処分用として出されていたペスト感染者が身に着けていた毛布ですが、ベルリンの避難民に紛れていた商人の中に軍の毛布を引き取って市場に出していた者がおりました。軍関係者の中でも借金返済に悩んでいた一部の兵士がペスト感染者が使用していた毛布と知りながら、その毛布を商人に売った上で、商人も感染した者の使った毛布と知りながら他人に転売したのです。その毛布に付着していたノミを感染源に、複数の施設や個人が購入してしまったことで感染が一時的に拡大してしまいました……」

「感染源が特定できたということは、販売した者や関与した軍関係者も捕まえたというわけだな」

「はい、販売した者はペスト感染者が身に着けていたと知りながら、毛布を転売したことを認めております。故に意図的にペストの感染を拡大させたものと見なして極刑に処しました。すでに、転売されてしまった毛布などは全て回収した上で、購入者も特定し……そこに連なっていた毛布類なども焼却処分しております。転売に関わっていた軍関係者も数名拘束し、軍法会議を行った上で処分を下します」

「うむ……しかし、まさか転売行為によってそのような事が起こってしまうとはな……包み隠さずに報告した事に礼を言いたい」


悲しい事に、軍の中でも借金で困っていた兵士がペスト感染者が使用していた毛布を転売し、それが原因で一部地域で広がってしまったのだという。


常識的に考えれば、ペスト感染者が使っていた毛布を使えば自分自身もペストに感染するリスクが跳ね上がることぐらいわかるはずだが……残念ながらこの時代の医学技術や知識に関しては、一般大衆をはじめ一般の兵士でもそこまで詳しく分かっていないのが実情なのだ。


今回の転売に関わっていた兵士も、毛布を一度何度か地面に叩きつけた上で、水をぶっかけてから干したのでペストは消え去ったと考えていたらしい。


当然ながらそんなことではペスト菌は死なない。

むしろその程度で死ぬのであればここまで感染は広がらないのだ。

ペスト菌は接触・飛沫感染をする病気であるため、感染者が使用していた毛布に触れたりするだけでも感染するリスクが跳ね上がる。


もしペスト菌を殺すのであれば、消毒液に浸けるか80度以上の高温のお湯で数十分以上煮沸消毒をしない限り死滅しないのだ。


そのぐらいに、ペスト菌というのは簡単に取り除けるわけではない上に、取り扱いに慎重を要する病でもあるのだ。


それを理解せずに、感染者が使用した毛布をなんの処置もせずに転売目的で売却して私腹を肥やすとはどういうつもりなのかと怒りたくなった。

現に、これが原因で寒さに震えていた市民が藁にも縋る想いで購入した毛布した結果、感染が一気に拡大してしまったというのだから、本当にどうしようもない。


無知ゆえに、感染が拡大してしまうのだ。

しかも、今回のケースでは感染によって防げたはずの人達に被害が拡大したのだ。

極刑もやむなしだろう。


『黒死病』という恐ろしい名前が付けられているのも、敗血症を発症して肌が黒くなっていく過程が見られる上、こうしたペスト菌によって感染して死亡する人の数が膨大で幾度もヨーロッパ地域で混乱を齎した恐るべき病である。


「やはりペストはそうそう解決できる問題ではないか……」

「一般将兵もそうですが、市民への感染症対策というのは根気よく行わなければならなりません。やはりまだ徹底が不十分であったり、限られた物資の中で消毒をためらう者もいるのも事実です」

「うーむ……いくつか廃業予定を出しているワイン工房があれば、そこを政府が買い取って消毒用の酒を製造するように指示を出さないとな……」

「消毒液に関しては現在生産している飲酒に適さない高濃度のアルコール液がありますが……それを増産するように命じますか?」

「うむ、ベルリン方面には送っているはずだが、今後フランスでもペストであったり流感インフルエンザが流行した際には消毒液が必須になってくるはずだ。消毒液があれば今後の対応もやりやすくなる」


俺は国王権限を使って消毒液の生産をより大量に生産できる体制を整えるべきだろう。

少なくとも、今回のようなペストであったりインフルエンザ対策として消毒液を医療機関……といっても、この時代の医療環境をみれば現代とは程遠いが、少なくとも『清潔』な環境で患者が安静できる場所を確保するのと同時に、その環境を手助けする上で欠かせない消毒液の存在は、この時代においても生産可能で且つ……人々でも入手しやすいものでないといけない。


ベルリンだけでなく、他の地域でも拡大したらせっかくの戦争に勝利しても戦後の賠償保障などを支払うことすら彼らは出来なくなってしまう。

少なくとも、経済の首元まで殺さずに生かしておくべきなのだ。

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[一言] 転売屋滅ぼすべし
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