734:息吹
あけましておめでとうございます。
今年も初投稿です。
「それで……交渉に応じたヴィルヘルム2世の様子はどうだったかね……?」
「随分とやせ細っておられました……やはり、戦況の悪化によって相当精神をすり減らしていたのでしょう。交渉中も食事はスープしか口にありついておられませんでした」
「やはり国家が目の前で崩壊している様子を見れば、誰だってそのような状態になる……特に、彼は曲がりなりにも国王なのだ。自分が王としての立場から退けられるとなれば、気が気でない状態になるのは必然的にそうなるものだ……」
講和会議という名のプロイセン王国分割統治会議に出席したヴィルヘルム2世の様子を聞いたが、彼の健康状態はあまりよろしくないようだ。
史実では恰幅がよかったそうだが、今では杖を使って歩かないと足元がおぼつかないほどに弱ってしまったようだ。
だが、彼にとってこの戦争によってすべてが変わってしまった当事者として、重要参考人としての役割を果たすためにも彼は講和会議に出席して自分に対する処分を下されるべきなのだ。
講和会議では各国の将軍や政治将校などが参加してベルリン宮殿において会議を行い、それぞれの国家の意思疎通を図る場となったようだ。
プロイセン王国は、完全なる解体をするわけではない。
とはいえ、欧州における影響力の低下は避けられないだろう。
プロテスタント系の教会の迫害に加わっただけでなく、贋金騒動以降……通貨の信用問題も鑑みて、かの地域では今後はフランスのリーブルや、オーストリアの通貨が主軸となって経済圏を回していくだろう。
まず、取り上げたのは領土の縮小と、プロイセン王国が直轄する地域の割譲に関する話題だった。
「プロイセン王国ですが、当初欧州協定機構加盟国で議題されていた領土分割案を承諾してもらったため、来年の2月から各国が主張した領土を分割・統治することになります。フランスは当初予定した土地だけでなく、プロイセン王国側から維持が困難な地域の統治を委託されたため、その地域に関しても管轄下に置くことになります」
「つまり、当初の予定よりも領土が増えたということか……」
「はい、プロイセン王国の実に6分の1に値する土地です。炭田として現在採掘が進められているルール地方の領有権は確保致しましたので、確実に今後の収益が見込まれます」
「それは良かった……ルール地方で得られた収入は、必ずネーデルラント復興のための資金に回すように、それからベルリンでのペスト感染を抑えるために必要な医療費や経費に関してもルール地方の収益から賄うことは可能かね?」
「ルール地方からの収入で可能でしょう。ネーデルラントの復興資金を差し引いても十分な収入が見込まれますので、ペスト感染症対策費用として持ち込むことも可能です」
「分かった。賠償金とは別にベルリンにおける公衆衛生上の防疫措置の一環として費用を回しておいてくれ」
フランスの領土は史実よりも広くなった。
ルール地方が正式にフランス領となったのは有り難い。
今後、ルール地方は世界でも有数の埋蔵量を誇る炭田の採掘地だ。
21世紀になっても石炭を掘り続けることが可能であった地域でもあったし、第一次世界大戦後にもフランス軍が進駐してルール地方を一時的に占領した事でも知られている。
この地域の石炭利権をフランスが取得できたのは極めて大きな意味を持つ。
今後数十年……少なくとも主要なエネルギーが石炭から石油に切り替わるまでは、フランスは自国産の地産地消によって石炭の利益によって繁栄するだろう。
石炭は今や蒸気機関だけではなく、市民の生活に必須になりつつあることから、エネルギー源である石炭の利権と生産拠点の確保により、周辺国に対しても石炭価格を自由に決める権利を持っている。
短期的にはネーデルラント復興のための資産運用という形で領有することになるが、中長期的にみれば国家の利益になるのは確実だ。
フランスが手に入れたいルール炭田の利益は莫大なものになるだろう。
「ルール地方の炭田に関しては、これからも寄り多くの石炭が取れるのは確実だ。そこから産み出される利益と石炭資源は欧州協定機構加盟国にとって恩恵をもたらすだろう……既に複数の国営企業が参入をしているそうだな……」
「はい、国営企業としては民間企業が参入する前に、収益確保の為の行動を執るのが大前提となっておりますので、今回のルール地方には既にフランス資本の国営企業が採掘作業などに当たっております。これで少なくとも来月には石炭の採掘が再開されることになるでしょう。今は現時点で採掘された分の収益を年度末までに計算している状態ですので、12月末までの収益が確定次第、次の採掘計画を推し進める事になっております」
「うむ、蒸気機関も活用すればさらに採掘も捗るだろう。国営企業の収益が上がれば、その分投資も増えていくことだろうからね……わが国だけではなく、周辺国も蒸気機関を使えば使う程、フランスの内需産業も潤ってくる。工業だけではなく、農業や林業、さらには商店に至っても蒸気機関を応用した技術に頼るようなれば、我が国の経済発展は飛躍的に向上していくだろう」
これでフランスの産業の拡大は確実なものになっていくはずだ。
あとは占領下においたプロイセン王国のルール地方郊外であったり、オーストリアと割譲した南部地域の扱いをどうするかだ……。
オーストリア資本によって執り行われる経済体制が確立されてこそいるが、欧州協定機構加盟国としてはプロイセン王国が完全に斃れてしまうと、今後の経済にも少なからぬ影響が及ぼしてしまう。
なので、オーストリアから新しく国王を就任させたうえで、大陸の中央拠点としてのパイプを担うようになってもらいたい。
そうすれば、再びプロイセン王国は力を増していくだろう。
とはいえ、対立ではなく友好国としてフランスの支えになってくれるはずだ。
その為にも、ペスト感染が出ているベルリンの市民を助けなければならない。
ここで見放せば、彼らはきっと欧州協定機構加盟国を恨み、いずれ大規模なテロ攻撃なども行うようになるだろう。
そして恨みと憎しみの連鎖が集うようになってしまう。
今後もベルリンでのペスト感染者が増え続けることになれば、都市封鎖を行うための資金が必要不可欠となってくる。
戦争をさっきまで行っていた相手の国が大変な事になっているのでお金を出してほしいと言っても、大半の人間からは「なにいってんだこいつ」という扱いを受ける可能性が高い。
特にペストともなれば、尚更避けようとするだろう。
親戚がベルリンに住んでいるとかそういった特段の事情が無い限りは、食糧どころかお金を出すことも拒否するのが通例だろう。
ただ、その状態で何もしない状態がつづけば……より一層ベルリンの混乱に拍車が掛かり、賠償金も取れなくなってしまう恐れがある。
であれば、こちら側からお金を出さずに相手側が利益を産み出す場所から得られたお金を使えばいい。
そのためにもルール炭田の収益が必要なのだ。
本年度もよろしくお願いいたします。




