730:未来(下)
新ジャンルの小説を連載しました。
詳細はページ下部にあります。
お時間がありましたら是非とも手にとってお読みください。
1791年11月20日
午前0時……。
ベルリンの第5区画の第五防衛線から大きな花火が打ち上げられた。
それは遠くからでも視認できるほどの大きさであった。
これは、プロイセン王国側の守備隊が離反したことを告げる合図でもあったのだ。
仮眠を取っていたナポレオンの元にも、離反の合図である花火が打ち上げられたことを部下が告げに来た。
「ナポレオン大佐!第五防衛線から赤い花火が打ち上げられました!」
「何……確かに赤い花火だったんだな?!」
「間違いありません!赤い花火です!」
「そうか……いよいよ始まったか……分かった。すぐに休息を取っている者も起こせ。いよいよ内部からの瓦解が始まったぞ」
ナポレオンは寝ている一般兵士も起こすように命じると、グリボーバル砲と中マイソールロケット砲を武装した兵士達を第五防衛線に突入するように命じた。
当初、部下たちは敵の防衛線が硬い陣地に突っ込むのは危険だと話していたが、突入する直前に第五防衛線のほうから門が開いて、中の兵士達もフランス軍を招き入れる仕草をしていたのだ。
これは、プロイセン王国軍の守備隊が離反した証拠でもあったのだ。
「全員撃つな!発砲を禁ずる!絶対に撃つんじゃないぞ!!!」
「諸君、絶対に撃ってはならん!銃を下げるんだ!」
互いに銃を構えてはいたが、ナポレオンが銃で撃つなと厳命し、守備隊側も銃を下げるように命じられた為、各々が銃を下げて意思疎通を図ることになる。
その中から見るからに位の高い軍人が歩き出してきたため、ナポレオンも彼の元に歩みだす。
とはいえ、まだ本当に降伏したかは不明のため、高所に陣取っているフランス軍の狙撃兵がジッと睨み、プロイセン王国側の守備隊も、フランス軍からの発砲があった際に即座に反撃できるように、後方の部隊は連射式空気銃を構えている。
双方が睨み合いを続けていた位置まで歩くと、プロイセン側の将校は敬礼をした上で自身の名前と階級を告げた。
「プロイセン王国軍ベルリン南部区画守備隊司令官ヨアヒム・ベルンハルトだ……」
「フランス軍第3師団砲兵大隊指揮官のナポレオンです。ヨアヒム閣下、門を開けたということは御決心なさったと言う事ですね?」
「そうだ。ここにいる守備隊五千の将兵の命、どうか助けて欲しい……私の命は……」
「いえ、閣下の御命は頂戴することはございません。既に上層部も把握しております。それに、閣下がプロイセン王国内において戦争に反対していたことも十分に承知しております。閣下や守備隊の将兵に関しても命は確実に保証致します」
守備隊司令官であるヨアヒム・ベルンハルトはフリードリヒ大王が一番窮地に陥った戦いであるクーネルスドルフの戦いにおいて、フリードリヒ大王の危機を救った名将である。
ナポレオンも、軍学校において授業で習った上に、彼がベルリンの戦いに動員されている事を知り、また国土管理局に接触して反乱を起こすことを引き換えに将兵の命を助命する趣旨の嘆願を受け取っていることも把握した為、反乱を起こすと同時に彼の保護を最優先に行うことが必須でもあった。
ヨアヒムのような名将ですら、ベルリンの戦いで招集するまでは国内の閑職に追いやられており、軍の除隊まではいかなくても表立った指揮官の職を奪われた被害者の一人だ。
「しかし、閣下は守備隊の司令官に赴任されているということは、同期の将校も同じような状況という事ですか?」
「察しがいいな、その通りだ。フリードリヒ大王が亡きあと……この国は薔薇十字団によって支配されてしまったのだよ……我々みたいに反対を貫いたものは軒並み左遷させられたのだ。自分達の置かれている状況が危機的状況になってから呼び戻しておきながら、結局のところ薔薇十字団は友愛の精神と言って自分らの保身しか考えていない愚か者だよ……大王が生きておられたら、私はなんとご報告すればいいのやら……」
「閣下……」
「今の私は守備隊五千の兵士を指揮するのが精一杯だ……左遷させられて領地も押収され……それでも私のために付き従ってくれた者だけがここにいる五千名の兵士なのだ……ここにいる兵士全てが、今の私の持てる全戦力でもあるのだ」
ヨアヒムは、悲しそうな表情を浮かべて現状を悔いた。
フリードリヒ大王に信頼されていた軍人だけに、ヨアヒムもまた……生きていれば大王のために命を投げ捨てる覚悟であったと語る程に、敬愛していたのだ。
その関係も、大王が崩御した時から一気に崩れてしまったのである。
彼は当事者として、フリードリヒ大王の崩御に駆けつけた軍人の一人であり、同時にフリードリヒ大王から信頼されていただけに、彼の崩御後に自分が尊敬し、守ろうとしていた王国が内側から崩れていくのを黙って見ているしか出来なかった。
抗議を行っても、すでに薔薇十字団に政治の奥深くまで浸蝕してしまった結果、現在のプロイセン王国の政治中枢に居座っているのは彼らの手に従っているYESマンか、もしくは操り人形として最適な人間だけである。
プロイセン王国を心の底から良くしていこうとする者はいないのだ。
そう願っていた者は皆、左遷させられたり追放されたのだ。
その結果が、ベルリンの戦いによって具現化されているのだ。
ヨアヒムは嘆くように、その事を悔いている。
「私も若ければフランス側に立って参戦していたのだがな……やはりもう歳だ……そう身体が簡単に言う事を聞くような状態でもない。部隊の若い連中が檄をだしてくれなければ、こうして反乱することもなかった……」
「閣下を説得したのは守備隊部隊のメンバーだったというわけですね」
「そうだ。貴殿らの諜報員が接触を図った者達が説得してくれたおかげだ。私も無益な戦いをこれ以上続けることがないようにする決心がついたのだよ……本当にありがとう……」
「いえ、閣下の御決心があったからこそ守備隊の将兵の命が救われたのです。閣下の御決断に感謝致します」
ナポレオンは、ヨアヒムに最大限の敬意を払いながら第五防衛線を突破することに成功。
そして欧州協定機構軍側に願った守備隊部隊と共にベルリンの中枢にまで一気に進軍することになったのだ。
守備隊の多くが薔薇十字団から支給されたワッペンを脱ぎ捨て、欧州協定機構軍の公証のエンブレムを模った旗を高らかに掲げると、それに連動するように第五防衛線以降のプロイセン軍陣地で反乱が発生した。
「もう薔薇十字団に従う義理はないぞ!」
「そうだ!俺たちを虐げる秘密結社なんざいらない!俺たちに必要なのは自由だ!」
「国王陛下をたぶらかし、社会を混乱に導いた薔薇十字団を解体しろ!」
「これは義によって果たされる!国王陛下を薔薇十字団からお救いするのだ!」
反乱の波が止まらない。
各地区の守備を任されていた守備隊が一斉に反旗を翻したのだ。
もはや、所属している軍や部隊など関係なく、この戦争を終わらせるために立ち上がった者達の手によって、ベルリンは変わったのだ。
11月20日の午前6時から21日の午前3時までに、欧州協定機構軍は第七防衛線に到達、これによりベルリンの最後の砦である中心部を完全に包囲したのだ。




