716:専従
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1791年10月21日
フランス ヴェルサイユ宮殿
「そうか……たった今からベルリンへの総攻撃が開始されたか……」
「はっ、最新鋭の重マイソールロケットによる一斉攻撃を合図として、ベルリンを包囲している欧州協定機構軍による攻撃が開始されました。攻略には年内まで掛かるかと……」
「市街地戦闘になれば建物を一つ一つ虱潰しの如く調べなければならないからな……これで宮殿や文化財に指定されている建物も幾つか消失は免れないだろうな……」
たった今、デオンからベルリンの戦いが始まったことを告げられた。
いよいよこの時がやってきたのだ。
ベルリンを守る50万人以上の人間と戦う時が来たのかと……。
攻撃側は三倍の戦力を有すると、かのソ連元帥が言っていたけど……。
150万人以上もの兵力を動員するとなれば、この世界での国境警備隊とか警察官、憲兵隊を全動員しても足りない。
それこそ根こそぎ動員を行って、子供から老人まで……武器を手に取れる人間を動員するしか方法がないのだ。
ロンドン革命政府がやったやり方を模して、ベルリンに残っているプロイセン王国軍と薔薇十字団の者達は徹底抗戦をするかもしれない。
彼らに賛同ないし、元々ベルリンに住んでいた者の多くがこれに参加することだろう。
その一方で、ベルリン以外の地域にいるプロイセン王国の士気は「最低」の一声で済んでしまう。
「ベルリン以外の地域で徹底抗戦している地域はあるかね?」
「もうほとんどの地域は降伏しておりますね……ベルリンやその周辺地域はまだ強固に抵抗を続けておりますが……各地で連絡網を寸断された地域は、早々と投降しております」
「守備隊の多くが新兵だったと聞くが……本当かね?」
「ええ、徴兵されて基礎訓練も受けていない素人が大勢いたという事に間違いないはありません。その多くはマスケット銃だけでなく、鎌や斧といった農林業で使う道具で武装していたとされておりますから、実質的に農民兵と同じ扱いでしたよ」
「そうか……つまり、ベルリンでの守備を固めるための時間稼ぎというわけか……」
「その扱いで間違いないでしょう。何と言っても農民兵の多くが使い捨ての扱いを受けておりましたので、彼らも徴兵されて都市部の防衛を任されても、どのように対応していいのか分からず多くの農村部では村長の説得に応じて投降しております」
多くの兵士が徴兵されたようだが、そのいずれも士気が低く、故郷を灰にしてでも死守しろと命じた王国政府の命令に背く形で村長らが白旗を掲げて投降する場面が前線では多くみられたそうだ。
中には、村内に防衛陣地を築いていたプロイセン王国軍と対立し、これに激怒した農民が軍を追い出して欧州協定機構の軍隊を受け入れる村まであった程である。
既に国土の大部分は欧州協定機構軍の統治下に置かれており、地方貴族や一部地域で孤立していたプロイセン王国軍も離反してベルリンへの攻撃に参加しない代わりに、我々の配下に下ることを決定した。
「投降した者達は今後どうするのかね?」
「農民兵に関しては、村々に返した上で彼らに必要な物資の提供を行う予定です。それに、すでに欧州協定機構側に情報提供を行ってくれる者達も大勢おります」
「それは有り難い。今の現状からしてプロイセン王国はベルリンでの決戦に望みを賭けている状態であるからな……これから忙しくなるな……」
特に、開戦当初は快進撃を続けていたプロイセン王国だったが、国内での経済悪化と食糧事情の問題によって逆侵攻を受けるようになると、王国は中央の防衛に専念するようになり、それ以外の地域では各個で時間稼ぎ程度の兵力しか送らなかったのだ。
これにより、王国政府の命令を素直に従って全滅するまで戦った部隊もあれば、これ以上戦うことは無益な犠牲に繋がると判断した部隊長によって、戦わずして降伏する者も出てきた。
特にミュンヘンに至っては、それが顕著になって現れた。
防衛を任されていたプロイセン王国軍兵士の大半がミュンヘン出身者であった事と、今の王国政府のやり方に異議を唱える者が多かった為、事前に国土管理局の職員と接触して降伏の意志を示し、そのまま進駐してきたオーストリアとフランスの両軍に無抵抗で投降したのである。
このため、ミュンヘン市内は大荒れにならず、軍が配給している食糧においても秩序が保たれた状態となっているのだ。
さらに嬉しいニュースにもなるが、このミュンヘンで活動している商会の多くが欧州協定機構に対して、内部情報などを提供してくれたこともあり、プロイセン王国への攻略を進ませる要因の一つとなったのだ。
バイエルン大公領でもあった地域なのだが現地住民の独立意識が高く、また今から百年以上前に建国されていたバイエルン公国時代の首都でもあったことから、地方における自主独立精神が根深い地域でもある。
「……ミュンヘンだが、あの地域に自治政府を作るという話は進んでいるのかね?」
「ええ、既に大学の教授や政治家の多くがこの話に乗り気のようですし、何よりもオーストリアとフランスの影響力を高めるのと同時に、オーストリア政府としても影響下に置くことを条件に政府を作って従わせる案には賛成しております。狙いとしては悪くないでしょう」
「そうか……自治政府の建設には余個人としても賛成ではあるが、独立となれば流石に話は別だ。あの地域が独立してしまうと、周囲に波及して問題が起きる可能性があるな……」
「そうです。そのため、完全なる独立ではなくあくまでもミュンヘン一帯の地方政府機構としての政府を作り上げた上で、我々の意図を無視することなく動けるようにするべきかと……」
「成程、つまりは傀儡に近いが、ある程度の自由を与えるということだね」
それ故に独立都市国家になる草案が模索されているほどであり、流石に独立されると混乱が生じるという理由で、オーストリアとフランスからそれぞれ外交官を派遣して宥めた後、ミュンヘン地域における一定の自治権を有する『バイエルン自治政府』の創設を認める方向に調整を進めている。
自治政府ということもあって、その自治政府の代表者をどうするか?という話になった際に、バイエルン公国の血筋を引く人物をトップに据え置くか、もしくは市民による選挙を行って執り行うかという議論に発展しており、部分的ではあるが議会制民主主義の基礎が築かれようとしているのだ。
「重マイソールロケット砲の攻撃目標は城砦かね?」
「はい、まずはポツダム方面より重マイソールロケットによる攻撃を実施します。アンソニーとジャンヌが持ち帰った資料によれば、このポツダム方面の城壁は建設途中であり、脆い箇所が複数あった模様です。その箇所を集中して壊してポツダム方面より進軍することを決定いたしました」
「やはり、彼らが持ち帰った情報が役に立ったか……」
アンソニーとジャンヌがスパイとして行った最期の仕事である工作活動と、それに伴うプロイセン王国の内情を示す重要な資料を持ち出してくれたのだ。




