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714:終局に向けて(中)

「隊長、大変です!治安警察隊が建物に入ってきました!」

「なんだと?!……すぐに武装しろ。戦闘に備えろ……急げ!」


アンソニーは荷造りを中止して、各自に武器を取るように命令を出した。

これは誰かが裏切ったか、もしくは相手側が情報収集を終えて撤収するのを察知されたかの二通りのパターンが考えられる。


(風前の灯火であるプロイセン王国に恩義を感じている奴はいない……ここにいる連中はフランス出身者と、反薔薇十字団派の牧師、それから現地協力者だけだ……裏切りをするような真似はしないはずだが……)


もしかしたら、自分達ではなく別の階の人間が何かやらかしたのではないか?

そう思いたかったが、治安警察隊はアンソニーたちのいる部屋の前に集まり、ドアを激しくたたいた。


「開けろ!治安警察隊だ!貴様らに聞きたいことがある!今すぐドアを開けろ!」

「開けなければ抵抗の意思ありと見なし、処刑する!」

「すぐに開けろ!抵抗は無駄だ!」


複数人の治安警察隊を相手にして脱出しなければならない。

恐らく、革命政府の包囲下にあるロンドンでの破壊工作に従事した時や、サン=ドマングを占領していた北米連合での夜間偵察よりも厳しい状況である事に変わりはない。


あの時はまだ『こちら側が認知されていない』状態で執り行った行為であり、既に存在が発覚してしまっている今とは状況が丸っきり違うのだ。


「アンソニー……」

「恐らく、何処から情報が漏洩したかもしれんな……しかし、裏切り者がこの中にいるとは限らない……情報提供者の誰かが拷問をされて口を割った可能性もある」

「……という事は、治安警察隊がその情報を使ってここを確保する事にしたって事かしら?」

「恐らくな……今は外国人のスパイを発見もしくは逮捕した場合は、懸賞として一か月分の食糧と牛肉ないし豚肉を塊で渡してくれるからな……つまるところ、治安警察隊も食事事情は厳しいはずだ」


配給制に入ったとはいえ、ベルリンの食糧事情は悪化していた。

郊外から避難してきた大勢の避難民を受け入れた結果、当初配給する予定だった一日の食糧の半分程度しか配給されないのだ。


一年近く籠城しても戦い抜ける分の備蓄はあるものの、それだけでは物足りないのが実情であり、借金返済の一環として配給された食糧を金貸し屋に渡したり、逆に金貸し屋が闇市場に食糧を高値で売り渡す商売が成り立つほどに情勢が悪化している。


アンソニーやジャンヌが今日まできめ細かく記した機密情報を持っているのだ。


そして今、プロイセン王国の内情に関する情報をたんまりこさえた状態で、治安警察隊を招き入れてしまった場合……間違いなくスパイ容疑が確定して逮捕されてしまうだろう。


良くて外交の切り札であるカードとなって情報を吐き出された上でフランスに身柄引き渡しされるか……最悪の場合はスパイ行為を働いた者として、絞首刑に処された上で民衆による投石刑に処されて皮膚がボロボロの状態になるまで殴られ続けることになるだろう。


スパイというのは、発覚すれば二重スパイとなって役割が果たされるまで生きながらえるか、もしくはその場で殺されても文句は言えない役職でもあるのだ。


つまり、捕まったら最期……拷問を受けて死ぬこともあり得るのだ。


(ここにいる皆を……欧州協定機構軍の所まで脱出させないと……)


アンソニーは直ぐに行動を起こした。

部下に手早く必要なものを用意するように指示を出し、この場を切り抜けることにしたのだ。


「エミー、ソハン、お前たちは緊急用の非常用出口を確保しろ。ミハイル、5号弾に使われている混合可燃物を持ってこい。着火剤もだ」

「アンソニー、私は馬車を用意すればいいかしら?」

「ああ、この集合住宅の裏側に緊急用の馬車がある……それを遣え。それから……洋服類の入った荷物は捨てろ。だが書類は戦争終結後にも必要だ。これだけは何としてでも守り通すんだ。全員、ゆっくりと部屋から退避しろ。ただし武器を取り出せ、この混合可燃物を着火させてから戦闘に入ると思え」


久しぶりの戦闘であると同時に、この戦闘で敗北すれば待っているのは死のみだ。

可能な限り、全員で生きて味方がいるベルリン郊外まで脱出しなければならない。

ここを切り抜けたとしても、その次に待っているのは市外への脱出。

さらに、その周囲で防衛陣を展開しているプロイセン王国軍の突破だ。


たった20人にも満たない人数で突破できるとは思ってもいない。

現に、これは『賭け』でもあるのだ。

しかし、その賭けに乗ってみる価値はある。


「隊長、非常用出口の確保は問題ありません。このまま馬車に向かう事が出来ます」

「よし、良い知らせだ。俺が最後まで残ってから部屋に着火しておく……まず協力者を優先して退避させるぞ、今のうちに荷物を馬車に詰め込むんだ」

「アンソニー……」

「心配するなジャンヌ。それよりも今は任務を優先してくれ。これが終わるまでは俺は死なないよ」


今は夕刻であり、日も沈んでいる頃合いだ。

既に辺りの空は夕焼けに染まっており、周囲も暗くなっている。

完全に暗くなるまでには時間が掛かるが、同時に夕方から夜に移り行く時間でもあるのだ。

つまり、まだ夜に目が慣れない時間帯であるからこそ、逃げ切れる可能性があるのだ。


最も、あくまでも可能性であって確実なことはない。

全員を逃がすのは難しいだろう。

最低でも5人……下手をすれば3人程度しか脱出できないかもしれない。

それでも可能性に賭けて脱出するしかないのだ。


「おい、強引に開けるぞ!斧持ってこい!」

「全員抵抗の意志があると判断し、処刑する!」


治安警察隊は斧を使って強引に部屋に入ろうとしてきている。

ガンガンという音と共にドアが破られていく。


「そう簡単に捕まることは出来ないからな……悪いが、逃げさせてもらうぞ」


ドアに混合可燃物の液体をまき散らしたアンソニーは、部屋にいた全員が非常用出口から脱出したのを確認すると小型マスケット銃を取り出した。


彼は引き金を引くと同時に、飛び散った火花で混合可燃物に引火させたのだ。


あっという間にドア付近から大きな炎が立ち込めると同時に、アンソニーは全員が既に非常用出口として設定した階段に飛び移って退避を開始した。


ドアの合間から突然炎が沸き起こったことで、治安警察隊もパニック状態になり、慌てて火を消そうとしている。


「クソッ!部屋に火を付けやがった!」

「水!沢山水をもってこい!こいつら無理心中しようとしているぞ!」

「早く消せ!クソッ!これじゃあ突入も出来ない!」


アンソニーが非常用出口を使って降りて向かったのは緊急用の馬車であり、それぞれ2台置かれている。

既に部下を含めて荷物を詰め込みが完了しており、そこにアンソニーは飛び乗った。


「隊長、これから何処を経由して脱出しますか?!」

「ポツダムだ。警備が手薄なポツダム方面に向かうぞ」


馬車を使ってベルリン郊外への脱出を図った。

2台の馬車はベルリンに建設された壁の中でも、最も防衛が薄い箇所であるポツダム方面へと逃走した。

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