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713:終局に向けて(上)

★ ★ ★


1791年9月30日


プロイセン王国 ベルリン


ベルリン市内の空模様はどんよりとしており、まるで街中にいる人々の心境を示しているようであった。

すでにプロイセン王国軍は各地で敗走しており、残っているのは辛うじて精鋭集団としての秩序を守っている薔薇十字団の兵士と、それに付き従う者達……。


すでにベルリン郊外まで欧州協定機構軍が接近しており、散発的ながらも偵察部隊との戦闘も起こっている。

ベルリンに立てこもる兵士や一般市民を合わせれば60万人以上もの人間が集まっており、彼らは薔薇十字団から発せられる命令に従い、備蓄されていた食糧を使って農耕をしたり、地区や建物ごとに代表者と管理責任者を決めて密告者となり、不平不満を言っている者を探し出す様に命じていた。


今、ベルリンの西部に位置するヴェステントの代表者が、薔薇十字団のメンバーに経過報告を行っているところであった。


「ヴェステントのほうでは不平不満を言っている連中は見つかったか?」

「3名ほどおりました。うち1名は明確に反プロイセン王国への言動を行っております」

「よし、3名を連行させろ。不平不満の言動を明確に言っている者に関しては、こちらで処分を行う」

「かしこまりました、残り2名は如何致しますか?」

「残りは再教育をさせるだけだ。連行は明日までに行うように」

「はい……」


代表者は薔薇十字団のメンバーに報告を終えると、金一封の入った袋を受け取りその場を去る。

薔薇十字団が諸外国に侵攻した際に実施した密告制度は、国内においても有効的な手段となっていた。

もはや、国内の治安と秩序を維持していく上では欠かせない常套手段と化しており、国民の多くが彼らによる恐怖政治体制に怯えなければならなくなった。


薔薇十字団のメンバーが要職についている『プロイセン王国治安警察隊』において、不平不満を言う者を一人でも多く摘むのが仕事となっていた。

最新鋭の武装で固められた彼らにとって、この戦争における一発逆転の望みを掛けて戦力をかき集めていた真っ最中である。


その状況下においても、不穏分子の排除というのは目下の課題であり、スパイや反政府的言動を行う者達の排除は当たり前のように行われていたのだ。


『このような戦況であれば、敵が流言飛語を流して我が軍を混乱させようとしてくるに違いない。まず責任者は不平不満を言って士気を下げる言動をしている者を捕まえるように。流言飛語が広がればすぐに混乱が起こってしまうだろう。特に、宣教師であったり教会関係者の監視の目を緩めるな』


連帯責任を伴う問題でもあったため、代表者や管理責任者は必死になって政府の不満を言っている人間がいないかどうか調べる必要があった。


薔薇十字団は規則に厳しく、これは友愛の精神がなければならないと決めているのと同時に、自分達の教義を信じない者達には友愛の精神がなく、そうした者に対しては無慈悲であれという考え方になっていたからだ。


「今月だけでプロテスタント系の関係者が150人以上も捕まっているからな……我々の考え方に賛同しないが故に起こっているのだよ」

「彼らの前では不満を口にする者も多くいますからね……十分な証拠を集めてから乗り込んで制圧する……上から報奨金も出るので一石二鳥ですね」

「ああ、不平不満を言うだけでなく、反プロイセン的な言動を言っている時点で我が国への反攻でもあるのだ」

「軍事的に劣っていても、精神的にこちらが上回っていれば勝てる戦いだ。何としてでもベルリンでの決戦に備えなければ……」


50万人もの市民から選出された代表者と責任者はそれぞれ100名、管理責任者は建物のオーナーや大家を含めて4000人以上にも及び、彼らは住居で、職場でも不平不満も漏らしている人間がいないかチェックする必要があったのだ。


食糧は配給制となっているが、この食糧の多くが周辺地域から接収したものであり、50万以上の大人数でも最低1年程は自給していける計算である。

それでも備蓄されている食糧には限りがあるため、市場での食糧の取引は原則配給されたもの以外を制限することになったのだ。


これは食糧の流れを制限することにより、密輸されるリスクを減らす事と、市民の胃袋を抑えることで反抗心を無くす目論見もあったのだ。


ベルリン市内には至る所で検問所や農作物の取引を厳しく制限している状態であり、密輸を行った者は例え子供であっても死罪になる程であった。

現に、親子がジャガイモを密輸しようとして捕まり、街の広場で絞首刑に晒されている光景はもはや日常茶飯事となっている。


「くそっ……また一家を吊るしているな……」

「そう嘆いていても始まらん。早期に戦争を終わらせなければ犠牲は増えるだけだ。俺たちがこの書類を持ってここを出るまでは我慢するんだ」

「はっ、アンソニー隊長……」


そんな光景を目の当たりにしながらも、フランスから派遣された諜報員であるアンソニーとジャンヌは、ベルリン宮殿を含めた政府関係施設の調査を終えて、最終的な報告書を一室で書き上げている最中であった。


一室は、6年前に国土管理局がベルリンでの外交工作用に確保していた集合住宅の部屋であり、すでにここで働いている職員もアンソニーとジャンヌを含めて10名程おり、現地協力者を含めれば18名にも及んでいる。


ベルリンでの決戦に備えて物流の流れが悪くなっている事に加えて、ここが戦場になった際のリスクを踏まえて撤収準備に入ろうとしていた……。


すでに多くの情報の詰まった資料が集まっており、プロイセン王国の保有している最新鋭の蒸気機関を使った兵器群に関する重要報告書も詰め込んでいた。


「巨大蒸気野砲に関する情報……それから、固定兵器に関する記載……問題ない、これで全て揃ったな」

「思っていたよりも時間が掛かったわね……賄賂もそうだけど、監視の目が厳しくなっていることも要因の一つね」

「あれを決戦兵器として使うために情報を秘匿しているからね、牧師のフリをして懺悔してきた兵士から情報を聞きだすのも苦労したよ……まさかプロテスタント系を迫害するなんてな……」

「元々薔薇十字団の教義に反対していたから、早いうちから目を付けられていたのよね。モグリの牧師として貴方が軍関係者を……私が政府関係者から情報を聞きだすのも、ひと手間掛かったわね」

「それもそうだが、やはり今回の戦争においては陛下も本気になって取り組んでいるからな。この戦争が終わったら、陛下は欧州協定機構において絶対的なフランスの地位の確立を望んでおられる。俺たちがこの報告書を前線基地まで届けるまでが仕事だ……気を抜かないようにな……」


アンソニーとジャンヌにとっても、このミッションが自分達が最後に前線で暗躍する機会となっていた。

二人とも既に子供を授かった身であり、国土管理局の局長であるデオンや、副長のサン=ジョルジュから前線から身を引くことを勧められたのだ。


二人としてもフランスの安泰を望んでおりこのミッションを最後に前線から退いて、国土管理局本部での内勤になる手筈となっている。

最終チェックを終えてこの集合住宅から出ようとした際に、突如として集合住宅に薔薇十字団の戦闘員が突入してきたのだ。

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