712:ストレンジ・ワイン
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1791年9月19日
「王妃様、よくお越し下さいました……」
「ワインの製造を今一度確認したいのよ。どう?しっかり製造に問題はない?」
「問題ございません。今のところブドウの実りもよく、この調子で生産が間に合えば前年比で2割ほどの増産が見込まれます」
「それは良い事ね。豊作であればワインを生産している人達にも収入になるし、凶作でなければその分を輸出用に出荷することもできる……早速だけど案内お願いしてもらってもいいかしら?」
「ええ、勿論でございます」
今日、私がやってきているのは王立ワイン生産所であり、ここで王室御用達のワインを生産する高級ブランド品としての地位を高めている生産所でもあります。
ここでは、パリやヴェルサイユ宮殿に近いということもあってか、大勢の労働者が詰めかけており、生産されたブドウを加工する工場も備わっております。
「ここには収穫されたブドウが山積みになっておりますが、これを茎取りを実施してから破砕を行い、圧縮機でワインの原液を搾り取ります」
「随分と大きな機械ね……破砕機にも安全装置が取り付けられているのね」
「ええ、怪我が発生してからでは遅いですので……最低でも必ず二人以上が破砕機と圧縮機の機械の周りで確認作業を行い、万が一事故が発生した場合に緊急停止が出来るようにレバーも設置されております。このレバーも一ヶ月に一度の定期点検で動作ができるかどうか確認をしております」
「しっかりと安全対策にも抜かりなく取り組んでいるようで安心したわ」
このワイン生産所が特徴的なのは、全国に先駆けてブドウの除梗を行った後に、蒸気機関を使って後に、破砕機に掛けて圧縮を行う工程を担っているのです。
破砕機と圧縮に関しては人力で大変な作業が掛かる上に、生産能力の意味合いでは工程の時間短縮と、蒸気機関の技術革新の一部として今回のワイン生産所が作られたのです。
蒸気機関の技術を使って、ワイン製造に新しい風を吹き入れるというやり方もさることながら、しっかりと製造されたワインの味を醸し出すために、貯蔵庫も一工夫しているそうです。
特に、破砕機と圧縮機を導入したことで、王室産のワインにおける製造時間は実に三割以上短縮できたそうです。
樽での貯蔵に代わりはありませんが、樽から取り出した瓶に関しても、瓶生産工場で作られている瓶を使っていることで、コストも削減に繋がっているそうです。
「王室ワインに関して、どのくらい収益はあったのかしら?」
「去年だけで収支は500万リーブルにのぼっております。そこから人件費や必要経費、設備工事費を差し引いても70万リーブルの黒字です。また、生産に必要な出荷本数は3万本にのぼっております」
「3万本……去年の出荷本数は確か2万5500本だったわね……」
「ええ、一昨年は豊作でした……それに破砕機と圧縮機の導入によって効率的に香りの良いワインが出来上がったので、出荷本数も多くなったのです」
「最安価で5リーブル……最高品質のものが1500リーブル……確かに、ここのワインは輸出向けね……輸出で儲けているようなものよ」
最安価が5リーブルと言いましたが、これはあくまでも製造過程の際に樽の蓋が壊れてしまっていたりして、半年程度しか熟成が不十分な状態のワインです。
マズいわけではないのですが……正直申し上げれば事故品扱いですので、本来であれば破棄するべきものですが……世の中には物好きな方もいるため、事故品と注意事項を銘打った上で飲みたがる人もいるのです。
特に、安酒場の中には事故品でもいいから王室のワインが飲みたいと仰っている方もいるので、そうした方には住所と連絡先、さらに『如何なる理由であっても、当ワインを別のワインに混ぜたり、1杯10スー以上の値段で売ってはいけない』と誓約させた上で、売る際にも【当ワインはあくまでも事故品であり、熟成が不十分な状態ですので美味しくはない上に、必ず事故品である事を銘打って販売すること】など、厳しい条件を提示させているのです。
これらの事故品は王室ワインという名称ではなく『取りこぼし』という名前で売っているそうです。
飲めない事はなく、高級ワインではなく安酒場向けのブランドとして販売しているのだそうです。
私としても、ワインが捨てられるよりは別のブランド品として出されるのであれば、王室に傷が付くわけではないので、ここの担当者の自由にやらせております。
樽一つで瓶のワインが300本生産できるので、ここで年間生産されているのは樽がちょうど百個ある計算になります。
また、新しくとりきめられたリットルで換算すれば2万2500リットル分に相当し、この中から取りこぼし扱いになるワインは全体の5~10%程度、多くても不良品は3000本程度出ており、これらは別ブランド名に変えて1本5リーブルの価格帯で販売しているということになります。
「ワインの貯蔵はどうなっているのかしら?」
「貯蔵に関しては拡張工事を進めております。現在だと最大で2万5000リットル分までの貯蔵しかできないので、来年までの収穫までに完成を目指しております。これで蒸気機関による効率を最大限利用すれば5万リットル分のワインを生産できるようになります」
「それはいいわね。今は多く取れた分はどうしているのかしら?」
「貯蔵しきれない分にかんしては、契約している別のワイン醸造所にて移送してもらっております。これを王室ブランドとして販売することはできませんが、その分高級ワインとして売り上げから30%を手数料として受け取っているので、無駄にはなっておりません」
「そうなのね……来年までに完成してロスをしている分も貯蔵できるようにしたいわね……」
貯蔵施設も、当初予定していたよりもワインの売れ行きが良かったこともあり、増設することが決定しました。
拡張工事といっても、実質的にワインを貯蔵できる施設を隣に新設するわけですから、工事費も30万リーブル程掛かっております。
とはいえ、現在無駄になっているワインを含めれば、再来年から3年後までにはこの分の支出を取り返せる形になるでしょう。
また、蒸気機関による製造技術の躍進によって手作業で行う工程よりも時間短縮に繋がっている面が大きいですが、流石に瓶詰を行ってから貯蔵をする際に貯蔵期間を短くすることは難しいです。
貯蔵に関しては、今後空気の温度を一定に保つ装置の開発が進められておりますので開発が完了すればきっと少しぐらいは貯蔵も楽になっていくでしょう。
それでも王室御用達のワインを自分達で生産するだけで王室の収入になるだけではなく、王室のブランドとして諸外国の富裕層向けにワインを生産できるということは、それだけ国の収入にも繋がりますので、オーギュスト様も推し進めているのでしょう。
私は、ここの最高責任者としてワインがしっかりと生産できるように見守っていくでしょう。




