707:決戦の時
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1791年9月10日
フランス パリ リュクサンブール宮殿
ここはスタニスラスが居住しているリューサンブルク宮殿だ。
この宮殿に呼び出されたのは他でもない、外務大臣を任せている彼からベルリンに関する重大な報告を受け取ったからだ。
ベルリン郊外まで進軍を行ったフランス軍を中心とした欧州協定機構軍は、現在ベルリンを半包囲をする形で攻勢を続けており、スペインとポルトガルの増援が到着する頃には、総勢50万人の兵士がベルリンを囲むようになっているだろう。
そして、この宮殿で執り行う理由の一つとして、各国の大使や弁務官も含めてベルリン占領後の基本方針を策定するためにフランスの意思を伝える為でもあった。
フランス外務大臣としての職務を全うしているスタニスラスは、自らの住まいで会談を行う……。
一見すれば宮殿自慢をしたいように思えるかもしれないが、これはこの時代の価値観でいえば、自宅に招いてもてなした上で、フランスの意思と意向を伝える事を国王から任されている事を示す上で重要な事でもあったのだ。
「お忙しいところ、集まっていただいて感謝する。現在行われているプロイセン王国との戦争についてだが、先ほど我が軍はベルリン郊外に到達し、オーストリア軍、ノルウェー・スウェーデン軍、ネーデルラント軍が郊外に集結しつつある。スペインとポルトガル軍もあと一週間以内に合流できるようになるだろう。これにより、ベルリン包囲作戦は大詰めを迎えることになる」
ベルリンが包囲されたことで、これから執り行うことはチェックメイトを行う寸前のゲームにおいて、敗者となった国家に対してどのような条件を突き付けるかの話し合いだ。
言うなれば、戦後の新秩序体制を話し合う会議でもあるのだ。
プロイセン王国が列強から脱落した後……。
ヨーロッパでの覇権を手にするのはフランスだ。
そして中欧地域はオーストリアが、北欧はスウェーデンがそれぞれ担当し、巨大ヨーロッパ経済圏が誕生することになるだろう。
フランス主導の経済圏構想……。
史実でいうところのヨーロッパ連合といったところだろうか。
EUの場合は、発足した当時はフランスなどが主導的立場であったが、数年後にはドイツが経済力にモノを言わせて主導権を握った歴史がある。
だが今回の欧州協定機構においては、権力や経済力のパワーバランスとしては経済力も軍事力もフランスが飛びぬけているものの、オーストリア・スウェーデンがその後を追っているという形だ。
転生者である俺が、ルイ16世の身体を使って行動し……物語としてはこのフランスの異常ともいえるような科学技術と政治的な改革の発展は結果論に過ぎない。
元のルイ16世にもそのポテンシャルはあったのだ。
あったけど、彼には不運が重なった結果、その実力を発揮することなくギロチン台の向こう側に消え去ってしまったのだ。
きっと、俺をこうした形で転生したのも、彼の無念を晴らしたかったのではないだろうか。
輪廻転生……いや、その枠を超えて憑依者として、未来技術・知識によって発展したフランスが、この世界における『覇権国』となることを願ったのか……。
西洋文化としては輪廻転生という概念よりも、死んだら地獄ないし天国に赴くという概念が強い為、2010年代から一世を風靡した転生小説等が日本で大ヒットした際には、欧米では宗教的な意味合いではかなり衝撃的な内容の話だったと聞いたことがある。
つまるところ……今回、こうして主導権を握って欧州の新秩序を構想し、かつそれを実施できることはアドバンテージが大きい。
こちら側の希望に沿って行えることができるというわけだ。
欧州協定機構においてフランスが主導であり、その次にオーストリア・スウェーデンからなる欧州において王族や皇族が支配する国家の集まりでもある為、各国と協定を結んで王族や皇族がこれからも存続していくために政治体制において不備や、素行不良があった際には指導や改善が行えるような国家づくりの構築も急務となっている。
グレートブリテン王国内戦時の時みたく、国王が精神的な問題によって政治指導が出来ない際に、その跡継ぎたちが権力闘争に明け暮れてしまい、結果として国民の不満を爆発させた事案のようなことはしたくはないのだ。
とはいえ、ここまできて欧州協定機構が瓦解する事態は避けたいので、フランス主導とはいえ今後我々が敵対するであろう国家との戦いに備えて準備を怠らないことだ。
「救世ロシア神国」それに「北米複合産業共同体」……この二カ国は将来我が国だけではなく、ヨーロッパ全体を脅かす国家となるのは疑いようがない。
前者はカルト宗教国家となっている上に、麻薬を使って兵士を動員している……。
後者は企業国家として拝金主義に傾倒しており、いずれ国力が力を大きく付けた際には、カリブ海諸島や南米地域への侵攻を開始するだろう。
スタニスラスは、プロイセン王国を倒した後の脅威について語った。
「しかし、プロイセン王国以外にも我々に敵対的な国家は多い……救世ロシア神国に北米複合産業共同体……いずれもヨーロッパに対して敵対的な野心を隠していない。次の戦争も近いうちにこれらの国や企業が仕掛けてくる可能性が大きいのだ。その為に、我々はプロイセン王国の今後を取り決めると同時に、今後について議論を重ねていく必要があるのだ」
そうなった際に、ヨーロッパで内輪揉めをしている場合ではないのだ。
確実に内輪揉めでもしていたら、我々は即座に握り潰されているだろう。
そうならないようにするために、戦後のヨーロッパの新秩序体制を構築した上で、新しい敵に備えなければならないのだ。
「そこで今回は、フランス側の意向を行うと同時に、各国から要請されるであろうプロイセン王国に対する賠償請求や、領地の請求に関する取り組みについて、各国の大使、弁務官が代表者として取り決めを行う旨を、ここにいるルイ16世陛下の下において承認するものである。ここまでに異議のある者はいるか?」
スタニスラスの問いに、異議を唱えるものはいない。
そう、これはベルリン戦後の事を見据えて行われているプロイセン王国のその後を決める会議なのだ。
すでにプロイセン王国は領土の八割以上を失っており、ポーランドや旧ロシア帝国は十字騎士盟友を離脱し、欧州協定機構との個別講和に応じている。
未だ戦いを続けているのは、プロイセン王国だけであり、今回はそのプロイセン王国の未来を決める会議でもあるのだ。
これを決めるために各国の大使・弁務官の隣には、書記係がついておりそれぞれが紙の最初にこのように綴っている。
「本戦後におけるプロイセン王国の占領・分割統治計画書……」
所謂、戦勝国に許された領土分割の特権を執り行うことができるのだ。
そして、如何にして敗戦国が分裂や分断を起こしていくのか、歴史の授業や教科書でしか見たことがない戦勝国による新しい国家秩序の取り決めを、当事者としての立場で目の当たりにすることができる。




