704:独
傷痍軍人への演説を終えた後、退役軍人との間にも話し合いの場を設けて話し合いが行われた。
「陛下、ようこそいらっしゃいました……ささっ、席はこちらにございます」
「ありがとう。この場を借りて会談をする機会を設けてくれて礼を言いたい」
「いえいえ、お忙しい中お越しくださったのですから、陛下にご足労おかけいたしますが、何卒ご了承ください」
フランス退役軍人会に所属しているメンバーの多くが陸軍で従軍した者が多く、その中には七年戦争で戦った者も少なからずいた。
彼らの多くが50歳以上の男性であり、階級も尉官以上の部隊指揮官クラスの軍人が多く在籍しているのだ。
今回招かれたのには理由があり、一つは傷痍軍人だけではなく退役軍人の方々にも今後の社会生活復帰に関するアドバイスを貰う事だ。
彼らも軍人を退役してから多くが自営業であったり農園を経営している者が多いのだ。
社会的に成功している者が多い一方で、一兵卒で退役した者の中には問題を起こして辞めてしまった不名誉除隊した者も少なくないという。
それは七年戦争時において、海軍に従軍していた者の中には私掠船に乗って海上で大暴れする人間がいたのだが、これらの私掠船の船長が戦争終結後もイギリス国籍の船を襲撃したり、港に寄港した際に船員が暴れたりしたせいで、水兵のイメージがダウンして大変だった時期があったのだそうだ。
退役軍人の中には、海軍の私掠船の動員に関して快く思っていない者もいるため、こうした軍の間にある溝を埋めるために、国王として俺が仲裁も兼ねて参加する必要があるという事。
もう一つ……これが本命と言っても過言ではないが、退役軍人の中でも軍務に復帰して今回の戦争に参加している者もいるということだ。
退役軍人の中でも、50歳未満で健康に問題のない軍務経験者は復帰する例が多く、退役軍人でもその例外ではない。
今でも戦場に立つこともある者もいるそうで、今回の戦争では復員して戦場に赴いている兵士も少なくないようだ。
退役軍人の代表者がおもむろに、今回の戦争で退役した軍人でも復員した者が多くいることを話してくれたのだ。
「プロイセン王国との戦争では、今回多くの者達が復員して軍に動員されております。陛下もご覧になられたとは思いますが、我が軍の陸軍中隊の多くが、元退役軍人で復員した者が部隊指揮官として赴任しているのです」
「ああ、それは聞いている。直接余に報告書を送ってきてくれた者もいたが、七年戦争時にプロイセン王国との戦闘経験のあった人物からの報告書だったから、当時と今を比較した内容で分かりやすかったよ」
「今回の戦争では、過去の教訓を生かして従来の戦術に捉われないような柔軟な発想を元に軍事作戦と戦略を展開しております。実にこれまでにない戦い方となっているのです」
「戦い方……」
「マイソールロケット砲です。あの兵器が登場した辺りから戦いは大きく変わりました。我々の常識を覆す戦場になっていったのです」
退役軍人が驚愕していたのは、連携した野砲とマイソールロケット砲による波状攻撃。
それから、遠距離からの撃ち合いに特化した銃の開発など、七年戦争時と比べたら格段に戦略面・技術面で進化しているのだ。
それまでの戦い方といえば、マスケット銃を構えて歩兵が一列ずつに並んで撃ち合う戦列歩兵という方式を採用していた。
これは七年戦争でも採用されており、ハッキリ申し上げれば戦死するか生存するかは運ゲーに近い様相でもあった。
というのも、密集体系で銃を一斉射撃すれば前方の敵を倒すことができるが、次に敵が銃を構えて発射すれば、味方や自分が死傷する。
そんな撃ち合いの末に戦列を突破出来た者が勝者となる戦い方であった。
そんな戦い方を変えたのがマイソールロケット砲である。
元々マイソール王国で開発されていたロケット推進兵器を、この時代でも既に実用化しているという点に目を付けて、陸軍に依頼して購入をしたのである。
この兵器が遺憾なく効果を発揮したのがグレートブリテン王国内戦である。
内戦時に建物や面制圧を実施する上で、このマイソールロケットを相手側の射程圏外から一方的に砲撃を行い、ロンドンを文字通り火の海にした兵器である。
「これまでの互いに軍隊同士が撃ち合って勝敗を決するのではなく、如何にして都市部を攻略して占拠している敵軍を制圧するかに焦点を絞った兵器ですので、この兵器の出現は戦争を大きく変えました……ただ戦場で戦うのではなく、如何なる場所も戦場となり、戦場において歩兵との連携が重要になったのです」
「これまでの戦いと大きく変わった点はあるか?」
「戦列歩兵の意義が大きく変わりました。戦列をしていても面制圧をされるようになれば、一か所に集中するよりも分散して遮蔽物となる建物等に隠れて行動するようになります。今回の戦争ではそれが顕著に現れております。プロイセン王国内の混乱が起こる前は、かの軍隊は分散しつつも各個撃破されないようにマイソールロケット砲よりも射程の長い蒸気野砲によって牽制をしておりました。この牽制によって、初めて面制圧の兵器と対峙する戦術が編み出されました」
退役軍人は戦術の変化、それに伴う軍人からの視点も謙遜なく言ってくれた。
そして、マイソールロケット砲の実用化と制式化によってフランスの軍事ドクトリンを大きく変化を遂げて、軍の基本方針も長距離砲撃による火力支援を前提とした『集中火砲ドクトリン』を編み出し、マイソールロケット砲やグリボーバル砲の援護砲撃を行いつつ、敵陣に斬り込みを入れる歩兵を援護する役割を担うようになった。
これは、第一次世界大戦時の戦術ドクトリンでもあり、これまでの常識を覆した兵器の影響によって技術だけではなく戦略の面でも大幅に変化が訪れているのだ。
本来であれば、もうじきフランス革命の機運が高まって王室の権威も低下する時期ではあるが、その気配もないし、今は世論は戦争支持で固まっている。
それに、現在までにマイソールロケットは複数の改良型が開発・生産されており、城砦攻略のために開発された重マイソールロケット砲に至っては最前線で配備が開始されている代物だ。
軍事教練だけではななく、今のロケット推進技術に関しては20世紀初頭レベルにまで追いついているかもしれない。
七年戦争終結から現在までの28年の間に、この世界における戦争は最低でも半世紀……早ければ一世紀近く進化してしまった。
俺が前世の知識があったとはいえ、ロケット推進技術の進歩によって、既に50kg近くある爆薬を数キロ先の標的に着弾する能力を持っている重マイソールロケット砲の実戦配備が始まっており、数か月以内に行われるベルリンでの決戦に向けてオーストリア・スペイン・スウェーデンでのライセンス生産も開始されているので、ベルリンで保有されている新型蒸気兵器との対決にも使われる予定だ。
きっと、この判断によって目の前にいる彼らにとっても異次元の戦いを目の当たりにしているのだろう……。




