699:栄進(上)
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1791年4月1日
ブラウンシュヴァイク=リューネブルク領 ハノーファー
現在、ここにはフランス軍が占領しており、順調にベルリンに向かって進軍を続けている。
完全制圧が完了したのが3月26日であり、残存していたプロイセン王国軍並びにプロイセン王国側に付いたブラウンシュヴァイク軍は、ルター派が保有していた教会とそのに立てこもって抵抗を続けていたものの、マイソールロケットによる砲撃で彼らは一気に消し飛んでしまった。
警備を担当している兵士二人が、マスケット銃を持った状態で教会前で立ち止まった。
「教会がものの見事に吹き飛びましたね……」
「ああ、ここで立てこもっていたプロイセン王国軍も、ブラウンシュヴァイクの兵隊も一気にあの世逝きだ……結局のところ、意地になって戦争を続けようとするからこういう悲惨な結末を迎えることになるんだ」
「それにしても、このままのペースでいけば9月までにはベルリン決戦ですか」
「ああ、ウチらの大佐が言うには火砲で徹底して砲撃するつもりのようだ……」
ここを砲撃したフランス軍兵士は焼け落ちた教会を見て、戦闘の凄まじさを把握しつつ、兵士達はこのまま敵国の首都であるベルリンを目指すことを確認していた。
抵抗の象徴であった教会は焼け落ち、代わりに街の中心部にある建物にはフランスの国旗が靡いている。
欧州協定機構軍の主力部隊である第4軍は、ハノーファーを中継拠点とするべく、補給基地の整備に取り組んでいる最中でもあった。
「それにしても、これからプロイセン王国ってどうなるんですかね……?」
「さぁな……ただ、もうプロイセン王国と縁を切ると宣言している領邦や関係国も増えているって話だ。オーストリア方面だと、地方貴族が挙って投降してきたって言われているし、いずれにしてもベルリン決戦で挽回しようとしているって話だよ」
「そりゃ……困りましたね……なるべく早く戦争が終わって欲しいもんですよ。一応私も商売をしている柄ですので……」
「そういえばお前はウーブリ屋やっていたんだってな……」
「ええ、あまり儲けはありませんでしたが、今では代わりにパリ大火で怪我をした旦那にやってもらっているんでさぁ……国に帰ったら腕が上がっているか見てみたいもんですわ」
「そうか……早く戦争が終われるように、ちゃんと任務をしておくか……」
兵士は巡回を続けながら、ハノーファーの街中を歩く。
すでにハノーファーを抑え込んでいたプロイセン王国軍はもういない。
いるのは欧州協定機構軍の一員として進駐してきたフランス軍だけだ。
「兵隊さん!この間配給でくれた小麦粉でクッキーを焼いたのよ!後で食べで頂戴!」
「兵隊さん!このお茶を飲んでみない?」
「兵隊さん!!お花を持っていってくださる?」
フランスの兵士が道をあるけば、多くの現地民に歓迎され、様々な貰い物を貰うこともある。
とはいえ、現物の中に劇物が混入しているケースもあり、中には道行く人から贈り物として貰ったクッキーを食したところ、毒を盛られて一時的に視力を失ってしまった事件も発生しているため、基本として贈り物を貰ってもその場では食べないようにとの指針が出されたほどである。
それでも、兵士からしてみればこうして明るく歓迎されるのは悪い気分ではなかった。
そんな兵士達の様子を見ていたのは、第四軍の野戦部隊指揮官を務めているナポレオン大佐であった。
怒涛の勢いで昇給こそしているが、彼の内心としてはこの戦争で彼にとって、軍学校で学んだ教練などとはかけ離れた異質な戦いをしていることを実感してしまう。
「互いに砲撃をしあい、そして市街地戦闘に持ち込むか……これまでもそうだったな……それでも、今までは平原などの戦いを中心に、戦列歩兵が銃で撃つという方式だったのが、ここ数年で一気にそれが廃れてしまったな……」
戦列歩兵は、18世紀まではポピュラーなやり方であった。
マスケット銃を持った兵士が前進をして銃を撃つ。
相手も同じように前進をして銃を撃つ。
これで前衛が倒れたら後続が銃を撃つ……といったやり方が有名であり、アメリカ独立戦争時にはこうした手法が多く取られた。
銃で撃たれら後続の者が撃つ、斃れたらそれで終わりではあるが、戦列で戦うことこそ歩兵の誉れとも言われていた時代で軍事教練を受けていた。
しかし、この戦争はとても流動的であり、平原での戦いよりも市街地での戦いが主軸になっていると確信しているのだ。
市街地であれば、遮蔽物となる建物も多い上に、狙撃に適した住居もおおく存在している。
それ故に、立てこもっている敵を制圧するには焼夷弾のように可燃性の液体を満載したマイソールロケットの5号弾で砲撃を行い、建物を燃やしたり破壊したりして逃げ場を無くした方が手っ取り早いのだ。
これまでに戦場で華々しく戦果をあげてきていた戦いから、血みどろの市街地での戦いは苛烈さという意味では平原での戦いよりも一層強く、恐ろしいまでに冷酷なやり方を持って戦わなければいけないのだ。
そして、その影響は市民にも波及している。
住民たちの表情は明るいが、同時にブランデンブルクの中心部には無数の死刑執行の跡が残されており、プロイセン王国の中でも反抗的な態度を示した者が首に縄を掛けられて絞首刑を受けていたのだ。
それも、一人や二人ではなく直近一か月だけでも29人もの人達が首に縄を掛けられており、その多くが聖職者であった。
いずれもルター派の牧師であり、彼らはプロイセン王国軍が抵抗して犠牲者が増えることを咎めたようであり、これに反発した兵士達が牧師を捕まえて処刑を実行したのだと言う。
この街にあるルター派の教会も、牧師たちから接収したものであり、軍は抵抗を拒否する者を『裏切り者』として次々と処刑していたようである。
「ルター派の聖職者を迫害したり処刑したりして……結局、今度は自分達が墓標となってしまったというわけか……ロッテルダムの時と同じだ……結果として、皆が狂ってしまっているのか……」
ナポレオンは平然となっている戦場において、プロイセン王国軍の指揮系統に混乱ではなく『不穏分子殺害命令』が下されているのではないかと疑っている。
それも、実行を行うのは普通の軍隊ではなく、薔薇十字団に属している部隊だ。
彼らが戦場で最新鋭の武器や兵器を使えるのも、国王の命令で優先配備がされている。
そして、徹底抗戦を命じられている部隊には脱走すれば裁判なしに銃殺されたり絞首刑が待っている。
自軍兵士を殺害する部隊が構成されているという話は捕虜から聞いているが、その数は決して少なくないだろう。
「いずれにしても……この戦争で皆がおかしくなる前に決着をつけるべく行動しなければならないな……」
ナポレオンは不気味とも思える感覚に襲われる。
新大陸動乱、グレートブリテン王国内戦、カリブ海戦争を経て、今回の戦争ではそれまでの軍の常識を覆すやり方が多く登場している。
それは彼にとって、拭うことのできない違和感としてゆっくりと身体の中に蓄積していくのであった。




