689:うなぎのぼり
さて、プロイセン王国がベルリンでの決戦に備えて準備をしているといっても、経済は待ってはくれない。
多くの国民は戦争報道を通じて、フランスが勝利できると思っているのか、かなり明るく街中でも都市部を奪還しただけではなく、プロイセン王国への逆侵攻を開始するとお祭り騒ぎであった。
報道なども過熱しすぎないように、ある程度控えるように命じてはいたものの、やはりフランス人としての気質もあるのか、プロイセン王国のケルンやデュッセルドルフといった大都市が陥落した報道を聞くや否や、街中で花火が連射し、街全体が狂乱したかのような騒ぎとなっていたのだ。
「とはいえ、確かに戦争に勝つのは良い事ではあるが……少し複雑でもあるな……」
「陛下、少なくとも国民の多くが今回の戦争においては陛下を支持しております。何か気になることがあるのですか?」
「いや、今の経済状況を見ると戦争継続に向けた体制になっているからな。つまるところ、戦争重視のために民生品なども軍需品に変えている状況だ。好景気に沸いているとはいえ、それはあくまでも戦争特需のようなもの……戦争が終わった後の事を考えたら、経済を如何に維持するかと考えると悩んでしまうからな」
そう、問題なのは我が国の経済が戦争経済体制になっていることから、野戦砲や小銃、砲弾や弾薬といった軍事物資を民間の工房でも生産できるようにしているため、仕事が彼らに大量に舞い込んでいる状況だ。
勿論、戦争に必要な物資などは全て国が発注している関係で、国庫から支出されているものだ。
すでにこのような体制が3年程続いているが、戦時国債の発行や、黒字化していた部門などの利益分から支出しているので経済にダメージが無い状況となっている。
しかし、この体制が一気にストップしてしまうと困ったことになる。
まず、仕事にありついていた人でも国から依頼を受けていた仕事が無くなってしまうことで、大きな経済の歪みが発生してしまうのだ。
これは史実日本も第一次世界大戦で経験している事だ。
この歪みが大きくなればなるほど、戦争が終わった後に経済不況に陥るケースが多く、第一次世界大戦時には主戦場となった欧州向けに加工した繊維や物資などの発注が大量に舞い込んだことから空前の好景気に沸き立ち、多くの成金が誕生する程の好景気であった。
だが、戦争が終わった後にこれらの需要が無くなったことで戦後恐慌が発生し、財閥企業などが躍進して農村部を中心に貧しい生活を送る者が増えて、格差社会が広がってしまう。
これが後に社会的な歪みを齎して成功者を妬んだ一般人による政治家や企業家への暗殺やテロ事件を引き起こす引き金になったともされている。
言わば、大正デモクラシーが栄えていた文化的価値が一気に縮小していき、関東大震災と復興の最中に起こった世界恐慌、満州事変を経て、軍部による政治介入を許すきっかけになってしまった。
戦後の事を考慮すると、戦後恐慌が起きないようにするために生産量を調整したり、戦争遂行のために協力をしてくれた零細工房などを救済する必要がある。
「してネッケル……戦争が終わった際の経済活動についてはどのように推し進めていくのか、方針は決まったのか?」
「はい、まずプロイセン王国の占領地域であったネーデルラント方面への復興支援に必要な機材や木材などの輸出が進められております。これらの資材加工を行う工場の増産や、戦後の復興に欠かせない物資の生産を優先して行うべきでしょう」
「成程、それに関しては財務省として、経済的な効果が期待できるというわけか」
「経済的な効果もさることながら……ネーデルラントは今回の戦争で都市部の大部分が損傷してしまいました。ロッテルダムに至っては、都市の60%近くが損傷を受け、大勢の死傷者を出す結果となっています。ネーデルラント単独で復興を行うには、人手も予算も足りない状況なのです」
「ふむ……ここでフランスが支援を行い、かつその復興に必要な資材などを生産すれば、その分の利益が入ると言うわけだな」
「現在は戦争遂行のために、武器や兵器が多く生産されている状況ですので、これらの武器や兵器を生産しない代わりに、新しく工具や道具、それに加工に必要な機材を使用した建設関係の物資を生産する方針というわけだな」
戦後復興に向けて、ネーデルラント向けの物資を生産・輸送する方向であるとネッケルが語り、財務省が中心となって復興に必要な物を生産できるようにしているようだ。
これから更に、占領下においたプロイセン王国の地域や、国土の90%が占領されたクラクフ共和国への復興や修繕に関する仕事の依頼が既に多く寄せられているようだ。
最も、フランスだけではとてもじゃないが回らない為、サルデーニャ王国等を含めたイタリア半島地域や、スペインやポルトガル、それに北欧諸国もこれらの地域に向けて建設資材の搬入や、物資の生産調整を行い緩やかに戦争特需を終わらせる方針であるという事も確認を行った。
「過剰生産された軍事物資などが値崩れを起こしたりしないように、各国と連携して戦争終結後も当面の間は価格統制を行い、緩やかに解除する方針です。また既に軍需品の生産に特化した工場などに関しては、国が軍需品を買い取り、納入などを今後任せる方針です」
「つまるところ、各国で執り行われている物資の価格統制に関しては、戦争が終わった直後に辞めるのではなく、緩やかに停止するということだな?」
「その通りです。一気に止めてしまうと他の産業などにも価格崩落が起こし、戦後恐慌になる恐れがございます。生活必需品などに関しては砂糖や小麦などは適正価格を維持するように通達を出し、食料品の急速なインフレーションを抑える目的もございます」
「食料費が高騰してしまうと、国民は飢えてしまうからな……特に、貧困層にとっては大打撃な上に食料費の高騰は大規模な暴動を引き起こす引き金にもなりかねない……引き続き、注視してくれ」
「はっ!」
急激な変化によって、経済恐慌が起きないように緩やかに段階的に物資統制などを引き上げる代わりに、値段の変動による急激なインフレーションを抑えるように、食品価格の高騰が起きないように全国に指示を出すことを改めてネッケルに指示した。
彼も経済学に関してはスペシャリストであり、史実の改革がうまくいかなかったのも貴族や聖職者が改革に妨害しまくった結果、中途半端な政策しか打ち出せなかったというのもある。
この世界では、フランスは貴族や聖職者の無税制度の廃止や、特権階級による税制優遇の廃止など、赤字続きであった国庫を黒字に転換する改革を成し遂げることが出来たのも、彼のお陰だ。
少なくとも、ネッケルの後継者もこの方針を維持するだろうし、フランスの経済が安定していれば欧州の経済も安定するようになる。
戦後の様子を見据えた上で、色々と行動するようにしよう。
そして、必要な事は全てやり遂げる。
それが俺が目指すフランスが欧州随一の大国として君臨し、欧州をまとめ上げる唯一の方法でもあるのだ。




