684:参謀
★ ☆ ★
「ただいま」
「あら、おかえりなさいオーギュスト様、今日はお仕事は終わったのですか?」
「ああ、公務はこれで終わりだ。明日は元旦で休みだ……ここ最近は戦争の事ばかりで忙しかったからね……少し休むよ」
オーギュスト様は少し疲れた様子で部屋に入ってきました。
ここ最近はプロイセン王国への反撃と、かの国の主要都市を攻略するために多くの軍人の方と交流をしていたと聞きます。
曰く、この戦争が終わった際にはヨーロッパの覇権を実質的にフランスが掌握することになる戦いであるとも語っておりました。
フランスと相容れないプロイセン王国を下し、すでにグレートブリテン王国の後任国家であるスコットランド政府も傀儡化しており、西欧においてフランスを妨げる国家はありません。
私は、暖かい紅茶をティーカップに注いでからオーギュスト様にお渡ししました。
オーギュスト様はミルクを少し加えてから飲んで、美味しいと言いながら紅茶を味わっていました。
「やはりアントワネットが淹れてくれる紅茶は美味しいねぇ、こうして飲んでいると身体がポカポカしてくるよ」
「ふふっ、そう言ってくださると嬉しいですわ」
「あとはこうして暖かい紅茶をずーっと飲めるように努力していかないと……もうすぐ戦争が終わりそうだ」
オーギュスト様曰く、戦争はもうじき終わりそうだと語っておりました。
戦争が終われば、現在の軍に多額の予算を費やしている状況は終わりますし、きっと人々も平和になるのでしょうか?
「戦況はどんな状況でしょうか?」
「うーん、そうだねぇ……軍機に触れない範囲で答えると、フランスを中心とした欧州協定機構軍は優位に進めているよ。すでにプロイセン王国は大規模な通貨恐慌を受けて政治的・経済的にも追い込まれている。僅か半年の間に、戦線は大きく下がって占領していた地域を次々と手放している」
「それって……プロイセン王国の力が削がれているという事でしょうか?」
「そういうことになるね、国家の基礎が崩壊しつつある。彼らを支えていた地方貴族であるユンカーも、プロイセン王国を見限ってフランス側に付くことも確約が取れたよ……」
「では、来年には戦争が終わりそうということですね」
「そうなるね……とはいえ、すぐに平和は訪れないよ」
「……と申されますと?」
「亀裂が深いんだ。捕虜になったプロイセン王国軍兵士や、既に占領下に置かれているブレーメンの人達曰く、国王に対する忠誠心が無くなって、君主制に疑問を持っているんだ……つまり、新しい国王体制になっても、その体制を支持しない可能性があるんだ」
オーギュスト様によれば、すでに占領下においたプロイセン王国の都市や捕虜になった軍人からは、国王を含めた王族に対する忠誠心が薄れており、これらに対する支持層というのが無くなってしまっているというのです。
さらに、通貨恐慌が発生した影響も相まって、現地では物々交換であったり鉄で出来た通貨などが流通しており、すべての通貨に関するシステムなどを再構築する必要がある為、これらの地域での紙幣や貨幣の生産を復活させるためにも沢山のお金を支出する必要が生じているそうです。
「通貨に関してはフランス政府が中心になって価値の無くなった旧通貨の回収などを行うつもりだが、これらの地域においては今後フランスやオーストリアで開発が進められている共通通貨の流通を先導して行うつもりでもあったんだ」
「共通通貨ですか?」
「そうだとも、今はまだ実験段階ではあるけど、将来ヨーロッパがフランスを中心とした国家体制になった際には、各地でそれぞれ別の通貨を使用していると両替等で手間取るからね……これを無くすために各国で統一された通貨を使用できるようにすれば、両替をせずとも通貨が使えて利便性が向上するんだ」
「たしかに、共通通貨があれば取引もしやすいですね」
「とはいえ、それだと両替商にといって取引が減って打撃になる上に、今のプロイセン王国では新通貨を発行しても価値が無い扱いを受けてしまいやすい」
「となると、新通貨となる共通通貨の発行は停止するおつもりですか?」
「プロイセン王国には、今後10年以内までに旧通貨を全て回収し、オーストリア主導でマリア・テレジア・ターラを流通させて、オーストリア通貨を主軸にする。これでオーストリアの主導権を確立させ、フランスが実効支配する場所に関しては、リーブル通貨の流通を行うというわけだ」
戦後のフランスの権限や権力の拡大は必須ですが、同時に同盟国への配慮も行う必要があるということのようです。
オーストリアは確かにプロイセン王国や領邦の地域を巡って、これまでに何度も争いがありましたし、戦争も経験しております。
このことを踏まえても、今回の戦争によってプロイセン王国や領邦地域をオーストリア主導で管轄することにより、これらの地域の安定化と主導権を確立させることで、今後オーストリアが影響力を持たせることも可能になるという事のようです。
「あとは西欧諸国を安定化させたら、東欧やオスマン帝国をどうするかだな……」
「東欧やオスマン帝国ですか?」
「そうだ、東欧のバルカン半島はオスマン帝国の影響から抜けた国家体制が整っているけど、あの地域は人種の坩堝として、様々な人種や宗教が混在している地域でもあるんだ。今はまだ独立して浅いからそこまで国力は持っていないし、争っているという報告はないけど……近い将来にこれらの地域間で紛争が起こるリスクも高い」
「……そうですね、それにあの地域一帯には救世ロシア神国もありましたからね」
「ああ、オスマン帝国はイスタンブールの西側は制圧されたものの、多くの犠牲を払って東側への侵攻を食い止めたからね。今もアルマラ海を挟んで両軍が睨み合いを続けているそうだ……一部ではテッサロニキ近郊まで進軍を行ってから、侵攻ではなく守備に回ったと聞く、これらの地域において彼らは国としての基盤を作るつもりだろう」
東欧のバルカン半島に点在する独立政府に関しては、敵対しなければ攻撃はしないと銘打っていることもあり、フランス政府との仲はそこまで悪くはありません。
しかしながら、東欧の不安定化が起こると、多くの難民が発生してしまいますし、紛争がおこればその分不安定化に伴って犯罪なども増えていくでしょう。
何よりも、救世ロシア神国の動向が気掛かりです。
かの国では阿片を兵士に服用させてから、突撃などを繰り返していると言われておりますが、その阿片が無くなってしまった場合、これらの兵士達はどうなるのでしょうか?
今現在は救世ロシア神国の攻勢は止まっておりますが、再び新ロシア帝国などに攻撃を仕掛けてくる可能性もあり得ます。
プロイセン王国を倒した後は、この国が問題となるでしょう……。
来年はどのような事が起こるのか、私にも分かりません。
「さぁ、久しぶりに家族揃って食事といこうか……」
「はい!」
とにかく、今はオーギュスト様と一緒にご飯を食べて、難しい話は一旦置いておきましょう。
来年もまた、オーギュスト様や子供達が病気やけがなく安心して過ごせる年になりますように……。




