678:誇り(下)
「「新秩序構想……?」」
その言葉に、思わずレオポルドとフランツは顔を見合わせる。
欧州協定機構という組織を立ち上げてからは、欧州内での協力体制が必要不可欠となり、それまでの対立や宗教関係の違いなどに関わらず、王室の維持を図るために組織されたものである。
一件すれば、フランス主導の経済・軍事同盟という事ではあったのだが、実際には今後予測されるであろう市民の台頭や、先進的な考えが普及していくにつれて、王室に対する考え方が変化していく事が必然だ。
そこで、王政政治から議会制民主主義に移行する際に、王室の影響力を如何にして残すか、もしくは立憲君主制として法律で王族や皇族の血筋を守れるように取り残すことが重要であると、ルイ16世はヨーゼフ2世に手紙で残している。
「この手紙が届いてな……彼が送ってくれたのだよ……」
「彼……ルイ16世ですね……読んでもよろしいでしょうか?」
「構わん。これは私ではなくお前たちが読むべき代物だ」
「分かりました。読ませて頂きます……」
レオポルドは兄に断りを入れてから手紙を広げる。
そこには、びっしりと書き込まれたルイ16世の執筆された文章が書き記されていた。
中身に関しては将来に関する事として、王族や皇族が如何にして生き残るべきかを記した内容であった。
『ヨーゼフ2世陛下へ、ご機嫌いかがでしょうか。ルイ16世です、戦争の推移は我が欧州協定機構軍優位に進んでおり、近い将来プロイセン王国とポーランドや旧ロシア帝国を下すのは時間の問題でしょう。そこで、一つお願いがございます。プロイセン王国やポーランドを下した際には、一年以内に憲法策定を行って議会における政治政策に関する取り決めてなどを法律で整えてください。グレートブリテン王国内戦や、ロシア内戦……さらに今回のプロイセン王国の暴走を機に、民衆には王政政治よりも議会共和政治を望む声が多く聞かれることでしょう』
すでに、グレートブリテン王国やロシアでは、王政に対するネガティブなイメージが強く浮き彫りになっていた。
如何せん、国王がしっかりと対策を講じなかったことも相まって、内戦状態へと発展してしまったこともあり、これらの国々の間では君主制に対して否定的な見解を述べる市民も多い。
また、表向きは国王に従属していても、一般大衆に対して抑圧的な考え方をしている政治家たちによって、政治が不安定化しやすいのだ。
現にグレートブリテン王国の後釜として産まれたスコットランド政府も、統治機構としては脆弱であり、汚職や腐敗が進んでしまった結果、フランスが間接的統治を行い、事実上の傀儡国家となったのは記憶に新しい。
政治腐敗を起こさないために、法律を作り、たとえ王族や皇族であっても法を守り尊重する風潮を基礎から作らなければならないと語った。
『開明的とはいえ、共和政治はいずれ王族ではなく個人の独裁を優先する恐怖政治へと変貌する恐れがあるため、オススメはできません。共和政治の弱点は周囲からの意見に振り回された末に、意思決定権が一部の者達だけに委ねられて、民衆の意見を聴かなくなる点です。ロンドン革命政府がいい例でしょう。共和政治を行うつもりが、いつの間にかトップの独裁体制へとすぐに変貌し、多くの富裕層や中産階級を『富を独占した』として一方的に虐殺行為を働きましたから……議会を作るにしても政治家が法律を守り、政治議会の承認を国王や皇帝が承認を行う君主制機能を備えた議会政治を導入すべきです……』
その内容とは、転生者であったルイ16世であったからこそ、史実のようなフランス革命やオーストリア=ハンガリー二重帝国の末路を辿った場合、国家が悲惨な状態になることを知っている為に、絶対王政ないし君主制と議会制のメリットとデメリットを挙げた上で、議会制を導入する際には憲法を作った上で国王や皇帝の権利を明記した上で実施すべきという立憲君主制度の導入を強く勧めることが記されていた。
「ふふっ、驚いただろう……彼はこの戦争が終わった後の政治的な事までも既に道筋を立てておったわ……領土の賠償や分割案もあったが、それ以上に議会政治と君主政治の長所を生かした国づくりを目指してみたいとな……」
「しかし、憲法を制定すると仰いましても、どのようなものを導入するべきなのでしょうか?」
「真っ先に君主が憲法を作るのが良いとされておるな……先に作っておけば、後から変える際にも君主の承認が必要であるからな……戦争で敗れたり内戦に陥らない限りは、この憲法を作ったものを大きく変えることは様々な制約や反発を招く……つまるところ、共和主義者が政権を握ったとしても、最終的には承認は君主が行うので、君主から許可をもらわない限りは彼らは議会運営すら出来ぬというわけだ……」
「とはいえ、君主制を支持している者が大多数であれば問題はないでしょうが、共和主義者が一定数の議席を有する事態になれば、それはそれで問題になると思いますよ。議会の審議を妨害するような者が政治家になって議会運営を妨害するかもしれません」
「そうならないようにするためにも、ここに解決方法が書いてある」
手紙の続きには、国王や皇帝になれる際の条件や取決めなどを徹する事。
そして、常に国民から慕われるように努力を怠らないように家族についても帝王学などを学ばせた上で、国王になる資格のある者は、男女問わず幅広く受け入れる体制を整えることが重要であるとも書かれている。
『今までのように年功序列で誰でも簡単に国王になってしまえば、暴君や暗君の出現が予想されます。そうなってしまったら、これまで築き上げてきた王族や皇族への信頼も損なわれてしまいます。二十五歳を超えても女癖が悪かったり、暴力を振るうなどの他人に対して素行の悪い者、日常的に癇癪を起こすような者は矯正が難しいので、これらの条件に当てはまる者は国王や皇帝になる資格を剥奪するように厳命すべきでしょう。これは如何なる理由であっても、新聞の発達で内情が国民の手に届くようになれば、人々は王族や皇族への信頼を無くしてしまいます。その事を防ぐために条件を設けるべきです』
農民や町民であっても王室への支持が厚ければ、時の政権は王室への信頼を保持できることを挙げた。
国民の大多数である彼らの支持が厚ければ、それだけ貴族や富裕層が反発しても彼らの意見を無視したり無碍に扱う事は出来ないからだ。
逆に国民が王室を見放してしまう原因の一つとして、庶民から反感を買うようなやり方を行ったり、素行が悪い王族が一般大衆に迷惑をかけたり……また、スキャンダルの多い人間との交際関係が露呈してしまうことが挙げられている。
古今東西、王室として相応しい人間ではない人物が即位したり、王や皇帝の身近な存在であった場合はそれだけで王室や皇室への信頼が揺らいでしまう。
特に、金銭問題や女性関係のスキャンダルでは尚更問題として取り上げられることが多く、これは現代でも様々な王族や皇族にとって悩みの種となっているのも事実だ。
「これからは、このフランス式の立憲君主制がヨーロッパでは主流になるだろうな……これまでの絶対王政や君主制ではなくなったとしても、時代に合わせて王族や皇族を生き残るための術というものだ……レオポルド……私はもう長くはない。このルイ16世のアドバイスを元に、憲法を制定した君主制の導入を行う事は出来そうか?」
「……戦争が終わってから一年以内には導入が出来ると思います」
「分かった。これは遺言であり、フランツ……お前が見届け人だ……余、オーストリア大公ヨーゼフ2世が勅命をもって命ずる。現在の戦争が終結を迎え次第、国民の権利や人権に関する事を保証する憲法を制定し、国家の発展を執り行うべく階級や身分を問わず代表者で選定した議会を作り、君主はその議会の最終承認を行う者としての責務を全うするようにするのだ……よいな?」
「はっ、勅命を謹んでお受けいたします……」
ヨーゼフ2世がレオポルドに勅命を命じ、フランツはその見届け人としての責務を全うする。
これを聞いて安心したヨーゼフ2世は眠りにつき、その日の晩に安らかな顔で息を引き取った。
史実よりも9か月程長生きをした彼は誰よりも民衆の事を考え、改革を執り行ったことから「改革王」として名君としての地位を獲得したのであった。




