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677:誇り(上)

★ ★ ★


1790年11月30日


オーストリア大公国 ウィーン


プロイセン王国やポーランド=リトアニア共和国の戦線が後退したことで、オーストリアの戦意は非常に高まっている。

各地の戦線で勝利が重なり、国民の熱意と愛国心はうなぎ登りであった。


その反面、彼らが支持をしている大公の命が尽きようとしていた。


これまでに、改革を行って国を引っ張ってきたオーストリア大公国の君主であるヨーゼフ2世は、自分自身の意識が薄れていくのを感じ取っていた。

今年の6月初旬ごろから胸の辺りに痛みが生じるようになり、医師からは心臓が弱っているので安静にするように注意を受けていた。


11月初旬に入ってからは症状が一気に悪化しており、ヨーゼフ2世は自分の寿命がそこまで長くはないことを悟り、弟であるレオポルド2世に皇帝の継承権を与えており、自分の死後は彼に政務を引き継がせる手続きも全て完了した。


ヨーゼフ2世の身体を蝕んでいた心臓病に、追い打ちをかけたのはウィーンを中心に流行をしていた季節性インフルエンザである。


彼の母であるテレジア女大公の死因も、外を出歩いた際にインフルエンザウイルスに感染したことによる合併症が原因であった。


フランスのルイ16世からの親書からは、寒い日は布製のマスクを付けて出歩いたほうがいいと進言があったものの、布製マスクを付けた際に息苦しさが抜けなかったことから、ヨーゼフ2世は着用をあまりしていなかった。


そして、偶々ヨーゼフ2世の身の周りの世話をしている係りの者がインフルエンザを患い、彼の着替えの服にくしゃみの飛沫が付着した事で、ヨーゼフ2世は感染・発症してしまったのである。


「ゲホゲホ……い、息が苦しいな……」

「兄さん、あまり無理はしないで……ほら、薬と水があるからゆっくり飲んでくれ」

「悪いな……」

「レオポルド兄さん、薬と水……用意できたよ」

「分かった。さっ、兄さん……苦いかもしれんが飲んでくれ」


慣れ親しんだ宮殿のベッドの上で、やっと呼吸と会話が出来る状態を維持しながら天井を見つめている。

身体を少し起こした上で、弟のレオポルド2世やマクシミリアン・フランツなど家族が駆けつけて、弱っている彼を介抱しているのだ。


医師からは「体調が奇跡的に持ち直したとしても、皇帝陛下の心臓はもう弱りきってしまっているので、年を越すことはできないでしょう」と宣言されているからだ。

特に、兄弟の中でも親しかったレオポルド2世は、苦しそうな表情を浮かべながらも必死に病と戦っている兄を救いたかった。


フランスでインフルエンザ処方薬として高額ながらも貿易商を通じて取引されている漢方薬である「麻黄湯まおうとう」を買い付けて、レオポルドはヨーゼフに飲ませる。

巷ではこの麻黄湯を飲むと、子供や大人でもある程度症状を緩和させる効果があると宣伝されており、医師も何もしないよりは効力があると認めているお墨付きの薬であった。


だが「麻黄湯」は身体の弱っている人に対しては服用して良い薬ではない。

麻黄湯はある程度、病気を患っても重症化していない人向けに処方される薬であり、また現代ではクリニックやドラックストアで処方されたとしても、複数の相互作用があるため取り扱いには慎重を要する薬である。


とはいえ、ヨーゼフの身体を蝕んでいる心臓病とインフルエンザウイルスに対して、一時的ながらも症状が緩和されていき、先程よりは苦痛も減った様子でレオポルド2世やフランツの顔を見て、自分の事を語り始めた。


「いよいよ、私の統治も終わりか……長いようで、短い人生だったな……」

「何を言っているんだ兄さん。まだ貴方は国の為に頑張らないといけないでしょ?」

「ふふっ……確かにそれもそうだ……」

「大丈夫、薬も効いているし……それに、流感対策はしっかりやってきた。だから大丈夫なハズだよ」


弟のレオポルド2世も、兄の容態が急変したことを知って馬を飛ばして駆けつけてきたのだ。

トスカーナでの大公の仕事を一時的に息子であるフランツに任せており、今は兄弟としての時間を過ごすことに決めたのである。


ヨーゼフ2世は、弟たちの計らいと献身に感謝すると同時に、今までのことが走馬灯のように振り返ってきた。

当然家族の事などが眠っていた記憶の底から蘇ってくる。


「……母さんも言っていたが、この皇帝の仕事というのは決して楽なものではなかったが、達成した時のやりがいは素晴らしいな……お陰で、今日まで生きていることが楽しいよ」

「なんの、まだまだ兄さんの改革は沢山あるじゃないか」

「いや、どこかで母やフリードリヒ大王を超えたい気持ちが強かった……そしてイザベラをあの時救えたらどれだけよかったか……お陰で子供は死んでしまった。残ったものはない……ヨーゼファにもすまないことをしてしまった……あの時、母の忠告を聞いて子供を作っておけばよかったかもしれんな……」


彼が謝罪したのは最初の妻イザベラと、イザベラが天然痘に罹患して亡くなった後に再婚したマリア・ヨーゼファの事であった。


ヨーゼフ2世は最初の妻であるイザベラを愛していたが、天然痘に罹患してしまったことで死亡してしまう。それも、妊娠中での罹患だったこともあり、お腹の赤ちゃんも早産の末に亡くなってしまった。


この出来事はヨーゼフ2世のトラウマとなってしまい、愛妻家であった彼はこのショックに立ち直ることが出来ず、母であるテレジア女大公の勧めで二番目の妻であるマリア・ヨーゼファと再婚するも、彼女を冷遇して実の兄弟姉妹からも苦言を呈する程の扱いをしてしまう。


ヨーゼファも最初の妻と同じく天然痘に罹患して死亡し、その三年後にはイザベラの忘れ形見であった長女を病気で失い、それ以降は独身を貫き通した。


今になって、ヨーゼフ2世はその事を深く後悔してした。

せめて二番目の妻であるヨーゼファとの間に男子を一人でも授けていたら、子供がいたら少しは変わっていたかもしれない。

ただ、その事を悔やむには遅すぎたのだ。


「レオポルド……フランツ、俺みたいに意地になって子供を作らないようなヤツにはなってはならなん。子供達にはしっかり自分の子孫を残すことを忘れないようにな……」

「兄さん……」

「いや、これは教訓にしなければなるまい……それに、後悔をしたと理解するのが今になってとはな……全く、どうしようもないことだよ……ハハハ……」


ヨーゼフは少し笑いながら、やり残したことをレオポルドに伝える。


「まだ改革は道半ばだ。レオポルド……お前が改革を完遂させてくれ」

「でも、改革は殆どやったんじゃないか?」

「改革はやれるだけやったさ……お陰で平民や農民の地位向上と社会進出を進めることが出来た……反対されていた貴族や富裕層も説得して、ウィーン改革を実施できたのも、元はフランスにいる彼のお陰だ……」

「ルイ16世ですね……」

「そうだ……彼には最終的な目的がある。それは何か分かるか?」

「……方針からして、欧州の統一ですか?」

「それもあるが、彼の起こしたい事はな……新秩序の構想だよ……」


ヨーゼフは、レオポルドとフランツに語り始めた。

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