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663:グリボーバル砲(下)

アントウェルペンにおいて、市民による虐殺行為が行われたのはプロイセン王国軍が占領して一か月ほど経ってから発生したという。

事の発端は、アントウェルペンにてプロイセン王国軍に占領された街中で、取引のためにフランス語を喋っていた商人たちにスパイ容疑がかけられたことだ。


彼らはかつてフランスから移民してきたユグノー派であり、ルイ16世によるユグノー派迫害への謝罪と、フランスへの帰還を望むのであれば、その帰還に必要な資金を受け取る権利を持っていた。

とはいえ、既にアントウェルペンにて生活に困っていなかったかれらは、その権利を保留にした状態のまま住んでおり、フランス政府もネーデルラント政府も彼らについては特に口を出すことは無かった。


しかし、占領軍であるプロイセン王国軍は違っていた。

まずアントウェルペンではなく、先に制圧をしたロッテルダムで反プロイセン王国派による兵士襲撃事件が多発し、大勢の守備隊が襲撃事件の首謀者たちの鎮圧に躍起になっていた。


彼らはロッテルダムで事件を起こしている者たちは別の都市で指令を受けた者たちが行動しているという風に考えており、アントウェルペンはその最前線司令部が存在すると考えていたようだ。


「ロッテルダムで多発したプロイセン王国軍兵士襲撃事件に関して……我々ユグノー派が行っているのではないかと疑われました……勿論、そのようなことはしておりません。恐らく自発的に住民が立ち上がった抵抗組織でしょう」

「その抵抗組織に関与している疑いがあったからユグノー派の商人たちが吊し上げを食らっていたのですか……?」

「いえ、吊し上げだけでしたらまだマシです……問題なのは、ユグノー派だけではなくユダヤ系商人に関しても同様の疑惑がかけられた上に、アントウェルペンでのスパイ疑惑をかけられました……」

「つまり、無実を証明したければ他の人間の犯罪を暴くようにと言われたのですか……?」

「その通りです……我々が殺されるか、それとも相手が殺されるか……そんな日々が続いた後、占領軍の尋問官がユグノー派を集めて、各個に尋問を始めたのです……」


尋問は三日三晩続き、トイレをするにも監視がいる中で行われるなどのプライバシーがない状況に置かれるようになる。

机を殴ったり、威圧的な態度で協力者を自白させるように取り調べが行われた上に、答えない場合は拷問器具を使って反プロイセン的行動をしている人物を言うように執り行われたという。


宝石商人は全て「知らない」と答えていたものの、態度が反抗的であると言い掛かりを付けられて尋問官から顔を殴られた上に、奥歯を工具を使って強引に抜かれてしまう。

そして、尋問官から答えなければ次に目玉をくり抜くと脅された結果、宝石商人は頭を巡らせた末に、プロイセン王国に対する『愚痴』をこぼしていた人物の情報を話してしまったという。


「尋問は次第に拷問の様相を呈していき、私は奥歯を強引に引き抜かれてしまいました……次に答えなければ目玉をくり抜くと言われたため……私は反プロイセン王国的な愚痴をこぼしていた顧客の情報を尋問官に話しました……」

「顧客の情報を……?」

「ええ、我々の取引相手は同じユグノー派やユダヤ系の方が中心となっておりました……ですので、そうした顧客情報は多く持っていたことに目を付けられたのでしょう……私はこれ以上の苦痛を味わいたくないのと、一刻も早く逃げ出したい気持ちから、彼らに協力してしまったのです……」


宝石商人は顧客の情報を教えたのだ。

情報を教えたら、プロイセン王国の尋問官は彼を解放したようだ。

ただし、次の日から宝石商人が教えた顧客は姿を見せなくなったという。

宝石商人は知り合いに尋ねたところ、愚痴をこぼしていた顧客は『反プロイセン王国活動』を行っていたとして、広場で絞首刑に処されたという。


こうして、宝石商人は自分の命と引き換えに大切な顧客の一人を間接的に殺してしまったのだ。

さらに、悪夢だったのはこれで終わりではなかった。

尋問官は宝石商という職業を目を付けて、月に一回呼び出しを受けてプロイセン王国に対して愚痴ないし不満を述べている人間がいないか尋ねてきたのだ。


宝石商人に拒否権は無かった。

拒否をすれば自分が処刑される対象なのだ。

彼はひたすらに顧客の中から『愚痴』をこぼしていた人間を証言することになったのだ。

フランスとネーデルラント軍によって解放されるまでの間、彼は18人もの人間をプロイセン王国に売ったのだ。


話を聞いていたナポレオンは彼の話を聞いていた。

そして、彼の凄惨な話は続いていく。


「私だけではありません。他の方も尋問官からの拷問を恐れて、密告を行っておりました。それも一人や二人ではなく、私の知っているだけでも20人程の商人が協力者としてプロイセン王国に密告することを強制されました……」

「待ってくれ、他にも密告者は大勢いるのですか?」

「はい……密告者には食料や水などの優先配給を貰える上に、たとえ真実でなかったとしても気に食わない相手やライバルを蹴り落とすためにワザと密告をした例も聞いたことがあります。プロイセン王国軍はそうした一般市民からの通報を元に、逮捕をして処刑をしていたのです……」

「では……墓地に多く遺棄されていた遺体というのは……」

「処刑された市民がそれだけ多くいるということなのです……」


最初は厭々ながらも密告をした者の中には、次第に食料の優先配給や、気に食わない相手を密告して処刑できるという事を見出し、以前からの私恨のあった人物が中心となってアントウェルペンでは密告が流行した。


そして、その情報を元にプロイセン王国軍の尋問官は密告された者を拷問した上で罪を『自白』させて、プロイセン王国に対する反逆者として処刑したのである。

処刑を執り行った広場には銃声や絞首刑によってロープで首を吊るされた死体がぶら下がる日が途絶えることは無かった。


密告されたらほぼほぼ命はない。

かといって密告をしなければ尋問官に反プロイセン王国的な行為を行ったとして処刑される。

人々は、互いに信じることが出来なくなり、時には家族でさえも食料のために密告を行う程であったという。


そして、こうしたことが宝石商人だけではなく、多くのユグノー派やユダヤ系の住民に対して行われた為、身内同士ですら処刑を免れるために兄弟や両親を密告する社会が出来上がってしまったのだ。

ナポレオンは一旦取り調べを終えてから、宝石商人が自殺しないように見張りを付けた上で、軍団長に報告を執り行う手筈を整えている。


「厄介なことになったな……侵略者に加担せざるを得ない状況に追い込まれた人達の事についても考えなければならないとは……」


プロイセン王国軍を追い出したら、今度は密告者の摘発をしなければならなくなった。

言い出しっぺである自分自身が執り行う必要があるが、いずれこのことが公に出れば、証言をした宝石商人もタダでは済まされないだろう。


組織的ではなく、一般市民が疑心暗鬼になった末に知り合いや隣人……さらに家族を告発して処刑を免れていたとなれば、プロイセン王国軍による戦争犯罪を立証できる証言となり得るのだ。

彼らの摘発と同時に、他の一般大衆からリンチを受けないように()()する必要も生じているのだ。


「さて……忙しくなるぞ」


ナポレオンは部下を引き連れて、今回得られた証言を元に密告者の摘発に乗り出した。

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