625:工場
ベルティエ少将とは、その後列車に関する意見を交換した後、今後のネーデルラント方面にはこうした最新鋭の武器・兵器が投入される予定であることを聞かされた。
今後、さらに多くの新兵器が実戦投入されることも明かされた上で、フランスが科学技術における最先端国家としての道を歩むことが、ほぼほぼ確定したのだ。
「科学分野の躍進か……俺の思っていたよりもはるかに進んでしまったな……」
陸軍兵器開発局での会談を終えて、新兵器の増産体制を指示した後に馬車に乗り込んで、次の目的地へと行く際に、今後の世界が見えてしまったのだ。
史実よりも逸脱するであろう世界の常識。
そして、飛躍を遂げるように発展していく科学分野。
積み上がっていく高層建築物……。
蒸気機関で出来た乗り物が街中を走り回り、大勢の人達が似たような服を着て歩き回る。
奴隷や農奴を廃止にしたことにより、多種多様な人種がやってくる。
(フランスであって、フランスでは無くなる世界か……俺の知っているフランスではなくなったな。これも歴史を改変した世界か……)
蒸気機関は、今では人々の生活に欠かせないものになってしまった。
掘削工事でも、工場の生産でも、街の小さな工房でも蒸気機関を使って物を加工する生産体制が確立されたのだ。
どこかの学者が『パリ式蒸気生産体制』と提唱するほどに、蒸気機関の普及は急速に拡大していく。
その拡大した理由というのが、次に訪問した蒸気機関生産工場で明らかになる。
この蒸気機関の工場では、中小規模の事業者向けに蒸気機関を生産ないしリースを行っており、購入を行えば国から一台あたり最大250リーブルの補助金が出るということもあり、蒸気機関を購入して導入する場所が圧倒的に増えたのだ。
工場長と話をすることで、現在の蒸気機関による生産体制がどのくらい進んでいるのか尋ねた。
「ここではどのくらい蒸気機関を生産しているのかね?」
「もう最近では注文がひっきりなしにやってきますよ!修理依頼を含めても、この工場では一日に100台近くの蒸気機関を見ております!」
「100台か……それはスゴイな」
「ええ、確かにスゴイですし大変ですよ。部品や歯車のメンテナンス作業も行わないといけませんからね」
「軍への納品も進んでいるのか?」
「勿論、軍の依頼が全体の三分の一を占めていますよ。戦争特需というやつかもしれませんが、人員を増やしても追いつけない程ですよ」
工場内部では、大勢の作業員が蒸気機関の生産に携わっていた。
皆、統一された服装を身に纏っており、しっかりと手袋を身に着けて作業に挑んでいる。
軍から蒸気機関の生産を委託されている分を踏まえたとしても、一日に70台近くが民間用として出荷ないし修理をされて送られていくのだ。
「ここで必要な部品を次の工程を行う場所にまとめて持っていきます。それぞれ出来上がった部品は箱に詰め込んだ上で、一定のまとまった数量を確保する事に重点を置いています」
「なる程……これで作業効率を高めているというわけか」
「はい、一人が一度に全て行うような事はせずに、予め決められた部品を製造する事に絞れば、その部品を作る事だけに集中することができます。一昔前の工房での作業とは違って、ここでは一人一人が決められた役割分担だけをすればよいことにしているのです」
「役割を一つに絞ることで、その分の労力を一部の工程に集中することで、生産性を高めるという事だな」
「その通りです陛下」
現代のようにロボットなどによるオートメーション化が進んでいるわけではないが、役割担当を決めた上で生産する部品に関しては型を既に抜いたうえで加工を施したり、研磨する部品があれば、研磨加工を施して部品の調整を行う。
それぞれの役割ごとに部品が完成すれば、次の加工を行う場所に送れる作業工程を完成させていたのだ。
これは現代の日本でも行われているような工場での作業工程にソックリだ。
流れ作業工程にも似た方式ではあるが、まだ全部の作業工程が機械化されているわけではない。
「部品の規格化については問題なく行われているかね?」
「はい、現在生産している部品に関してはネジに至るまで、全て基準を満たした物を生産しております。基準未満の場合は、溶かして別の部品の材料にしております」
「製品の規格統一化は、フランスの工業化を推し進める重要な役割だからね」
「それにしても、すべての部品を全国で統一された単位で生産するという試みは素晴らしいですね。お陰でそれまでバラバラであった単位もメートル法に則って生産できるので、修理部品などを取り寄せる際にも、ネジのサイズが違うといった事案がかなり少なくなりました」
「それはよかった。部品のサイズが異なっているだけでも削ったりしないと調整が出来なかったからな」
そう、やっとメートル法を施行したことにより、イギリス単位で賄っていた単位を全てメートル法に全国で統一することになったのだ。
新しい単位ということもあり、最初は物流の混乱なども起こってしまったが、このメートル法の執行を行ったことで、メートル法を元に統一された単位で部品の生産などをするようになり、全国で規格が同一のものを生産できるようになった。
よく現代ではメートル法とヤード・ポンド法の違いなどが挙げられることがあるが、これらの数値の単位が違うということは、メートル法で生産された工業製品をヤード・ポンド法が主流の国に持ち込む際には、単位に関しては数値を直して持っていかなければならないのだ。
こうした単位の違いを分かりやすい例を挙げれば、自動車の速度メーターが挙げられるだろう。
日本では自動車はキロメートル表示だが、アメリカの場合はマイルだ。
戦後、アメリカの航空産業が世界の主軸になったこともあり、航空機のメーター類は全てこのマイル表記になっているのも詳しい人は知っているかもしれない。
それだけに、長さや距離、速度の単位が統一されていないと、誤解や部品の製造で受注したものと長さが違うといった問題が生じやすい。
現に、未だに天秤等で銀貨を測っているケースも少なからず目立つ。
天秤によって違った重さや通貨などを計算し、そこから支払うというシステムを使っていた為、こうした手間を無くすために、単位を統一化して部品なども全国で決められた数値、決められた重さで生産できるように全国に通知と距離単位を測定する物差しなどを配って大正解だった。
工場長の説明を聞きながら、蒸気機関の製造過程を見学していくのであった。




