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620:勝てば官軍

★ ☆ ★


1789年5月16日


本日、私はパリ郊外のクレテイユ市場に来ております。

ここで改革派の人たちと改革派婦人会を開くことになっており、市場を貸し切った上で現在の物価の上昇具合や、市場において不足している物がないかチェックするのが仕事です。


市場で働いている方々にとっても、庶民層の生活が現在どのような状況なのか知ってもらうために、こうして王妃である私と一緒に見て回って、市場で取引されている野菜やお肉の価格が適正価格かどうか判断してもらっているのです。


「王妃様、ここではチーズや牛乳などの乳製品を取り扱っております……如何なさいましたか?」

「これを見て気になったけど……チーズ一片の価格としては、しっかりと決められた重さで測ってらっしゃるのかしら?」

「はい、去年から採用されたメートル法・キログラム法に則り、重さを視覚化しやすい秤を使っております。ここの市場では生鮮食品を含めて、食べ物を取り扱う際にはこれらの重さを測った上で金額を提示しております」

「しっかりとやっているわね。まだまだ慣れていない人もいるみたいだけど、統一化された度量衡どりょうこうであれば、それだけ不正行為も減るわ」


市場の至る所で、メートル法・キログラム法を使った計量が執り行われておりました。

私が今いる場所でも、チーズの大きさや長さなどは、去年から正式採用されたこのメートル法・キログラム法を使って計算されています。


料金に関しても戦争による物価上昇を考慮しても、政府が食料品と指定した医療品に関しては、価格上昇を抑える代わりに、販売した分に合わせて補助を行うこと約束しております。


つまり、今庶民の皆さんが食べている食料品の多くが、手に届かないような値段になるのを防ぐために、価格を政府が統制した値段になっているのです。


「それにしても、政府が補助を出してくれるお陰で我々としては大いに助かっております。この所小麦に関しては不作な地域もあったので、パンの価格も高くなっておりましたから……」

「小麦に関しては、生産量を減らす代わりにライ麦や大麦といった穀物の生産を増やすことにしました」

「では、今後も小麦に関しては増産をしないのですか?」

「最近の不作は気温の低下もありますが、農作物を自給して食糧難にならないようにするために、農村部でも生産量を管理した上で調整することで、著しい上昇を防ぐことに繋がっております」


私も詳しくは聞いたわけではありませんが、食を多様化した上で、パンに使われる小麦粉を減らした上でオーストリアで食べていたようなライ麦パンのように、小麦で作ったパンに比べたら多少味の質は落ちても、栄養がある食べ物を多く生産できるようになれば、庶民層で価格高騰によって食べ物が購入することが出来ずに餓死して亡くなってしまう事態を防ぐことが出来ます。


適正な値段で販売し、ある程度の物価上昇を考慮しても政府がパンの値段を管理できるようにしたのは、戦争に備えた物資統制の意味合いが強いのですが、そのおかげも甲斐あってか、この市場でいる人達から聞いた言葉では、不満などは無くむしろ感謝されるぐらいでした。


(オーギュスト様が物資の価格に関して気を遣っている理由も分かりますわ……これで価格がドンドン上がってしまえば庶民層の生活が苦しくなって、不満も溜まってしまいますもの……)


オーギュスト様が以前から力説しておりましたが、庶民層の不満が高まれば高まる程、その不満の矛先が爆発したさいに政府や王族といった者達に向けられてしまいやすいのです。


グレートブリテン内戦では、その傾向が顕著に現れました。


国王の精神がおかしくなり、国王の後任を巡って息子同士が対立。

さらに議会ですらも二分した対立によって政治が回らなくなり、ロンドンで革命主義者による大規模な内戦へと突入したのです。


結果どうなったかはお判りでしょう。


グレートブリテン王国は没落し、ロンドンは内戦によって完全に地域基盤ごと破壊され、今ではスコットランド復興政府が誕生して王政ではなく議会政治を中心とした地方国家へと転落したのです。


庶民層の不満を高めない事、王族間の問題が発生した際には、その問題を長く続かせない事が重要となるのです。


「物価も安定しておりますし、我々平民からしたら大変有り難いですよ。本当に王妃様をはじめとした方々のおかげです」

「いえ、私はそこまで大したことはしておりませんわ。物価対策は政府の方々が執り行って下さっていますし、こうして現在の市場の価格を直に見ておいて、確認をすることをしているだけですの」

「それでも、王妃様がこうして見てくださっているだけでも我々としては大いに助かっております。最近はまだそこまで深刻な物価上昇は起こっておりませんが、戦争が長引けば上昇するかもしれません」

「そうですね……戦争が続けばそれだけ国力が疲弊しますし、早期に決着がついてほしいですね」


戦争が長引けば、それだけ軍事費の支出も増えてしまいます。

現に、今のフランスは増税こそしておりませんが、黒字になった国庫から軍事費が多く支出されている状態なのです。


現在生産している銃や大砲だけではありません。

陸軍であれば騎兵隊、海軍であればフリゲート艦を生産する上で、それぞれ馬を飼育したり、フリゲート艦を建造する際には造船所を使います。


兵士達が携帯する食料を生産するには、大規模な食料生産工場から瓶詰や干し肉などを出荷し、兵士達に届けますし、また長期間従軍している兵士達に支払われる給料や、女性酒保商人で娯楽やタバコやワインといった嗜好品を販売するヴィヴァンディエールにも、軍事費が使われております。


さらに言えば従軍している基地で働く施設職員……従軍している兵士が戦死したり、身体に障害を負ってしまった際に家族に支給する戦死手当、傷痍軍人手当といった衛生保健省が管轄する費用なども、大まかな括りになりますが軍事費と言えるでしょう。


これらの軍事費は実に大きなものであり、平時であればそれほど財政には圧迫しませんが、有事となれば話は変わります。

砲弾は毎日大量に消費されますし、どれだけ生産しても消費が凄まじいので生産が追いつけない程に拡大しているのです。


(それに、こうした事態が続くと不正行為なども発生することがあり得ますからね……オーギュスト様が一番嫌っているのが不正行為ですし……)


本来であれば、省庁から派遣される役人が行う仕事ではありますが、役人達が嘘や誇張を交えて『数値上では問題ない値を出していないか』チェックしなければなりません。


これには前例があり、以前プロイセン王国が各国から石材を高値で買い付けて国内でも石材価格が高騰した際に、石材の卸売価格が記録的な高騰をしたにもかかわらず、一部の政府官僚が価格高騰の数値を過大に見積もって報告し、その一部を着服していた事が発覚した例があるのです。


このことを知ったオーギュスト様は、それはもう大変お怒りになりました。


普段の優しいオーギュスト様が本気になって激怒し、数値を過大に見積もって報告した官僚を逮捕させたうえで、事が事だけに裁判を行って【国家に対する信頼を著しく損ねる行為】として、官僚の財産を没収した上で、彼に懲役二十五年の判決を言い渡しました。


不正行為をすることは重罪であると世に知らしめた上で、政府内で汚職を撲滅するために取締を行う【公職不正対策課】を設置したのも、国民への配慮も含まれているのでしょう。


私は、クレテイユ市場でオーギュスト様の配慮と役人へのチェックを踏まえた上で、彼らの話を聞いたり物の値段がどれだけ変動しているのか調べることにしたのです。

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