604:支援
さて、ここまで大臣や長官の話を聞いていたが、我が国は戦争に巻き込まれているとはいえ、今のところプロイセン王国側からの直接的な侵略行為は受けていない。
それでも、戦争が始まったという共通認識を持っているのは確かであり、皆それに合わせて動いているというのが現状である。
少しばかり休息も兼ねて紅茶を淹れてもらい休憩を取っている間にも、ネッケルやデオンの下には複数の報告員がやって来て、様々な資料を受け渡している。
「今回の戦争に伴う経済的損失についてまとめた資料ですが……これには農産物に関する記載が漏れていますよ。すぐに記載をした訂正版を持って来なさい」
「はっ!只今すぐにお持ちいたします!」
「今後の方針はまだまだ簡単に決められるものではないわ。それでも各地に点在している国土管理局の事務所には最大限の警戒に当たるように伝えて。それから、プロイセン王国各地に潜入させている職員には、必ず情報を持ち帰ることを優先するように……」
「はい、既にその指示を徹底しております。現在の情勢では事務所そのものが破壊される可能性も否定出来ませんからね……」
それぞれ、指示を出しながらどんなものが必要なのかを指摘したり、指示を出しながら部下たちに指令を出す。
財務省や国土管理局は、戦争を継続する上でなくてはならない組織となっている。
よく戦争が始まると軍隊の質や量などに注目されがちではあるが、一番神経を使って計算したりするのは、財務と諜報なのだ。
「ネッケル、今回の戦争でネーデルラントはどのくらいの経済損失を被ったか予想は出来るのか?」
「ええ、現在までに国内外に退避した北部の住民の数……それから北部地域で徴収されていた税と取引されていた各商会の帳簿を照らし合わせれば、実質的な経済の成り行きが把握できますからね。今回の戦争で北部地域の被害は甚大です……」
「今後、ネーデルラントが現在の戦況を押し戻したとして……どのくらいの被害がもたらされているのか分かるか?」
「そうですね……まだ農産物に関する情報は入って来ていないのですが……例えばアーペルドールンの主要産業である製紙産業は、装置品などは全て占領したプロイセン王国の私有物となってしまいました。ここではフランスへの輸出用として作られていた製紙も含まれているので、これだけで年間50万リーブル以上もの損失が見込まれます」
「その街の主要産業だけでそれだけの被害か……北部地域全体では更に増えるだろうな……」
「ええ、全てが把握できるまでにはまだ少し時間が掛かりますが、今回の戦争で生じた中長期的経済的損失は、少なく見積もっても20億リーブルは下らないかと……」
ネーデルラントの経済的損失はかなり大きい。
かの国の通貨保証を行ったのも、将来的に経済的損失によって国家が経済破綻した際に、その影響が欧州全土に及んでしまうと我が国にも甚大な影響が出てしまうからだ。
戦時国債なども発行した上で、ネーデルラントの将来的な復興及び、現在の占領地域で行われている事を逐一把握するために、国土管理局を使っている。
これは財務とは関係ないような話に思えるかもしれないが、実際には密接に関わっており、国土管理局によってもたらされた内部情報により、プロイセン王国の経済情勢を把握することも出来るのだ。
「ネーデルラント北部地域の大部分を占領したプロイセン王国ですが、かの国の経済情勢は思っていた以上によろしくないのかもしれません……」
「何か情報を掴んだのかね?」
「かの国では他国からの侵略行為に備えて、領邦地域などにも長い壁を作っておりました。その壁の建設費用だけでも国家予算10年分という巨額の資金が使われていたこともあり、国内の経済も悪化していたという証言が出てきたのです」
「なるほど……デオン、その話を詳しく聞かせてくれ」
壁の建設費用もどうやらバカにならなかったようで、プロイセン王国全体で石材の値段が跳ね上がり、国内の物価上昇を招いてしまったようだ。
それに伴い、当初建設する予定だった壁の高さを修正する羽目になったという。
「プロイセン王国が周辺国からの脅威に備えて、大規模な壁の建設をした事により、プロイセン王国内では深刻な石材不足を招きました。これにより、プロイセン王国が当初建設予定であった高さ40メートル越えの壁の建設が頓挫し、代わりに15メートルから20メートル程度のサイズに変更されたのです」
「当初はかなり高い壁を作っていたって聞くからな……でも、ベルリンは40メートルに匹敵する壁を作ったと聞くが……」
「それはベルリン王宮の周辺を取り囲んでいる壁でしょう。ベルリンに関しては首都防衛のために複数の城塞ともいえる防御用蒸気機関兵器が鎮座している情報が入ってきております。この兵器の建造費用だけでベルリンから徴収される税金のほぼ全てが投入されたという資料も入手しております」
「そんなに多額の資金を投じて税政は大丈夫なのか?」
「無理をして建設していると思われます。蒸気野砲や新型の連射式銃に関しても言えることですが、プロイセン王国は莫大な予算を投じて武器・兵器の開発に勤しんでおり、これらの装備品を整えるまでに、それ相応の費用が掛かっています……それを税収で賄おうとしているために、プロイセン王国の経済成長は鈍化しているのです」
国の防衛目的とはいえ、壁の建設は政府ではなく国王の鶴の一声で決めてしまったという。
それも、ちゃんとした手続きではなく、現在のプロイセン王国内で絶大な権力を誇っている薔薇十字団による意見を加えた上で取り決めてしまっているというから、基本的に国王ですら薔薇十字団の傀儡と化している状態でもあるのだ。
「今回のプロイセン王国の暴走は……薔薇十字団の入れ知恵という事は考えられるか?」
「恐らく、彼らが嗾けたのは間違いないでしょうね……彼らは平和と友愛を重んじているようですが、実態として自分達の平和と友愛を重んじるのであり、脅威と見なす国家や団体に関しては容赦ない弾圧を加えるようです」
「それでプロイセン王国のプロテスタント系の一派に属している教会関係者が迫害されたのか……」
「それだけにとどまりません。現在占領下に置かれているユトレヒトのカトリック教会に至っては、プロイセン王国への忠誠を誓うのと同時に、薔薇十字団による教会シンボルの変更なども行われている情報が入ってきております」
「そこまで酷いことになっているとはな……宗教戦争としての見方もできるが、やはり薔薇十字団のプロイセン王国内での確固たる地位の確立と、絶対的な服従を示す為に行っているという事か……」
「それもありますが、やはり財政難に陥っている状態でもあるので、その財政難を解決するために戦争を仕掛けた見方も強いのです。自国内の経済情勢を解決するための戦争行為である可能性が高いのです」
戦争が始まれば、当然戦争を行う上で必要なのは人的資源だけではなく、武器や兵器を製造したり購入したりする資金だ。
その資金を確保するために戦争を仕掛けてきたのが事実であれば、なんと愚かなことをしてくれたのだと、嘆きと怒りが湧きおこる程であった……。




