597:フォアンツ作戦A
フランス陸海軍の参謀及び、作戦司令官は俺の前に大きな地図を持ってきてくれた。
「お待たせ致しました。こちらが西ヨーロッパ地域を網羅した地図になります」
「おお、かなり大きいが……それ以上に細かな街や村、さらに要塞の位置情報まで記載されているのだな……」
「これは国土管理局が去年10月に作成した『西欧大地図』であります。ほぼほぼ現在調査が完了している地域の詳細な位置情報が記載されているため、政府の最高機密情報の一つとなっております」
「おお……すごいな……では、始めてくれ」
西ヨーロッパ地域の位置情報などを正確に記した地図であり、この時代においてはかなり精度の高いものになっている。
街まではどのくらいの距離なのか、それから各地域の要塞や駐屯地の位置に至っても、かなりきめ細かく詳細が描かれており、このために国土管理局を設置したのが報われると思われる程に活躍している。
内情調査及び地理に関する情報収集機関として国土管理局を設立したのだが、その国土管理局の名前にふさわしい仕事っぷりをしてくれたことは大いに評価するべきだろう。
また、国土管理局はフランス国内だけではなく、各国に国土管理局の支局や地方管理を行う部署を一般の工務店や青果店等の商店のメンバーに偽装して地図を計測。
この時代の正確な地図情報は、都市部などにおいて限定されていたものが多く、森林地帯や山岳地帯などはスルーされていた場合が多かったのも、そうした地域の情報が戦略上重要視されなかったことが挙げられる。
むしろ、大半の場合は市街地よりも平原や要塞を重視しており、その理由としては平原での合戦や、要塞攻略のための攻撃戦などを行って、敵の戦意を挫くという方法を長年にわたって採用してきたからである。
その戦術が変化をし、敵国の都市を攻略するに当たって、都市部の詳細な情報が有するようになり、人口や重要拠点などの確認が尚更重要視されるようになったのが、ロンドンの戦いで顕著になった。
市街地に立てこもった革命政府軍は、ありとあらゆる場所に潜んでフランス軍をはじめとしたヨーロッパの軍勢を迎え撃った。
大人だけではなく、老人や子供までも動ける人間は全て動員した狂気の戦闘において、重要視されたのは武器の製造拠点や、人の集まりそうな場所を記した詳細な地図であった。
地図の重要性を再認識させられた国土管理局は、それまで比較的大まかな地図だったのを、さらに詳細に書き上げることとなり、今日までに各国の得られている情報や、内通者及び現地協力者の元で国土管理局がかなり精度の高い地図の記録を記すことが出来たのである。
これにより発足してから17年目になってようやく西ヨーロッパ地域を網羅する高精度の大地図が完成したのである。
残念ながら一般公開できないのが残念ではあるが、それでも軍事上の機密事項も含まれているので止む終えない。
今後の軍事作戦を行う上で重要な地域の情報などを選定し、攻略目標を取り決めることがよりやりやすくなったとも言える。
「では、陸軍から作戦説明をさせていただきます。まず陸軍はプロイセン王国との国境に接している複数の村や町に対して退避勧告を行い、村役場や教会などを臨時の陸軍前哨基地として借り上げることにしました」
「借上げか……例の戦時特措法に則って土地や建物を政府や軍が接収するやつか……」
「ええ、最前線に近い村や町には少なくとも合わせて10万人規模の人口を有しております。これらの市街地が戦場になって、大勢の民間人が巻き込まれないようにするための措置でもあります」
有事の際に、土地や建物を国が借り上げる戦時特措法が成立して以来、初の適用となった。
これにより、教会や役場などがフランス政府の直接的な管轄下となり、事実上の臨時軍事司令部として機能をしているところも多い。
病院などはまだこの時代には限られた数しかないのと、教会に関しては街の中央に位置している事が多く、防衛拠点の司令部を設置する上では重要な場所でもある。
現代では、教会施設への攻撃はジュネーブ条約等で禁止されているものの、そんなことを知ったことではないとして平気で爆撃したり攻撃したりする国家があるので、実際に現代でもこれが守られる保障もない。
むしろ、大きな建物であり、有事の際には避難民を収容したり拠点をおいて指示を出す場所としては最適なので、教会はこうした面では最も役立つ施設でもある。
「既存の要塞にも準戦時体制における臨戦状態を維持するように命じた他、現在までに展開している部隊を中心に、13万人を国境の防衛に当たらせております」
「その13万人は全員正規軍の兵士かね?」
「いえ、5万人は正規軍ですが、残りの8万人は予備役を動員しております。国境線沿いの防衛には人数も多く必要ですが、複数ある要塞の防衛にも人数を回さないといけない関係上は、どうしても予備役も動員しなければならないのです」
プロイセン王国と国境を接しているフランスは、少なくない兵力を張り付かせておく必要がある。
その為に、現在のフランス軍総兵力の実に半数近くがこの国境線に集まっており、防衛任務に就いている。
現在までに、プロイセン王国は正式な宣戦布告を出しておらず、ネーデルラント連邦に関しては『外交官暗殺の犯人の身柄引き渡しと、賠償責任任務を怠った事に対する懲罰戦争』という趣旨の内容を国民に説明しているという。
バイエルン政府に対しても『オーストリア大公国との密約を交わして、我が国に攻撃を実行するための軍事部隊を配備した事に対する自衛的措置』という名目で軍事侵攻を行ったことを正当化しているそうなので……うん、プロイセン王国側も相当やる気なのだろう。
「では、重マイソールロケット等の最新鋭兵器はもう既に運用はする予定なのかね?」
「ネーデルラント連邦防衛のために運用を行う予定です。早ければ二週間以内には重マイソールロケットの実戦投入が始まりますが……まだ生産を始めたばかりなので、数があまりないのが欠点です」
「というと、使えるのは限られた数というわけか……」
「プロイセンの蒸気野砲よりも威力は上だと考えられますが、数としては重マイソールロケットを発射する設置台が60門程度しか生産できていないのです。現在、パリの工房に対して生産を依頼しておりますが、設置台の生産には日で5台から6台が限度です……」
「6台か……いや、それでも全く作れないよりはずっといい。パリだけじゃなくてリヨンやル・マンといった地方にも生産するように指示を出すのはどうか?重マイソールロケットの生産は大事だからな」
蒸気野砲に対する切り札として重マイソールロケットがあるが、これはマイソールロケットの数よりも重マイソールロケットを発射する設置台が足りないらしい。
やはり、まだまだフランス軍は足りないものがある。
今後のフランス軍をどうしていくべきか、ネーデルラント連邦防衛のために切り札ともいえるもう一つの部隊の存在を彼らは明かしたのだ。




