591:鉄
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1788年6月17日
パリでは未だに熱気球の飛行に関する話題が止まりませんの。
何処に行っても熱気球、熱気球、熱気球……。
それだけ皆さんが夢中になれるモノがある事は良いことかもしれません。
こんな暗い時代だからこそ、何かに熱中したり、楽しんだりすることが気分転換になりますし、人々の心に少しでもゆとりが持てるようにしなければなりません。
テュイルリー宮殿で行われている改革派婦人会議に参加しているのですが、プロイセン王国やクラクフ共和国からの避難民の受け入れについて、パリの市長やリヨンの行政副代表等、各都市の責任者と共に話し合っている最中です。
グレートブリテン王国内戦時にもイギリス人の難民を多く受け入れてきた我が国ですが、既にプロイセン王国から迫害されたプロテスタント系の方や、クラクフ共和国からの避難民が多くやって来ているのが現状です。
オーストリアでも受け入れはしているのですが、それでもカバーしきれない程の避難民が発生してしまい、欧州協定機構加盟国内で避難民の受け入れを行うことが取り決めとなったのです。
我が国は最大で10万人、イタリア半島は全域で8万人、スペインやポルトガルはそれぞれ4万人規模で避難民の受け入れを行うことになったのですが、既に行政側にもキャパシティーの問題で、受け入れが困難になりつつあるようなのです。
「……我々といたしましては、今のペースで避難民の受け入れを行うと郊外に元々移住を希望していた人達が入居できなくなるという問題が発生してしまうので、受け入れたとしてもあと500人が関の山です」
「今回の紛争や一部のプロテスタント派の迫害によって発生した難民・避難民の数は確認されているだけで30万人を超えており、このうちフランスへの避難・難民申請を希望したのが15万人、うちすでに入国審査を経てフランス国内にいるのが5万人ですわ」
「ええ、その5万人の方々を各地方都市や農村部にも分散する方法を採用はしているのですが、未だに居住地の選定が間に合っていないのです。都市部では出稼ぎ労働者が来ている時期であり、アパートやホテルにも空きがなく、地方都市や農村部でも既に働き手は少ないのですが、地方における労働環境があまりよくないのが実情なのです」
困ったことに、難民として既に我が国に入国したクラクフ市民や、プロイセン王国の人にとって立ちはだかる最大の問題が、労働問題です。
当初は農村部での作物の収穫や、工場での労働力不足を補うことに役立つのではないかと言われていましたが、労働力が解決したとしても彼らを住まわせる住居が圧倒的に不足しているのです。
また、賃金格差是正にも取り組んでいるとはいえ、大都市圏と違って地方都市や農村部は賃金が低く設定されている事もある上に、難民としてやってきた彼らに対して、最低賃金よりもはるかに低賃金で雇って違法労働させようとする悪徳業者がいるのも現実で起こっていることなのです。
リヨンで摘発された悪徳業者は、三つの繊維工場でイギリス人難民を不当に働かせておりました。
この時、悪徳業者は採用した難民が逃げないように、不名誉除隊された軍人を雇って部屋の出入口を見張らせており、二交代制で14歳未満の子供までも動員して違法に長時間労働をさせていたことが知られています。
「以前でもお話したと思いますが、避難民の方々への支援と偽って、違法労働をする事業者がいるのも事実です。大抵は強制労働に近い形で拘束されていた人が脱出して近隣の民家に助けを求めたり、内部告発という形で露呈することがほとんどです」
「行政側も国に支援を求めるのはいかがでしょうか?そうした案件は憲兵隊や警察の捜査対象ですし、今後も避難民の数は増えていきますので、上層部と掛け合うべきかと……」
「それは十分に承知しております。ただ、今後そういった事案が増えれば、行政としても捜査への負担も増えますし、何よりも現在は有事に備えて憲兵隊も警察も国内の治安維持を優先しており、王妃様がおっしゃったような案件については、優先順位が低いのが現状なのです」
やはり、戦争が起こる可能性が極めて高まっている現状では、治安維持を優先的に考慮しており、難民申請などに関しては行政側が解決することになってしまっているそうです。
そんな避難民の数は日に日に増してきている現状としては、少しでも多くの自治体や都市部で受け入れをして欲しいのですが、現実はそこまで甘くはありませんでした。
「5万人とはいえ、実際に移住先が決まった人は1万5千人……全体の三割しか決まっておりません。残りの3万人以上の人は国境付近にキャンプや仮設住宅などを建てたり、農村の小屋を間借りして住んでいる状況であり、すでに数百人程が行方をくらまして問題になっているのです」
「婦人会といたしましても、こうした人達を路頭に迷わせないように、支援を行いますので行政の方々はなるべく受け入れをして頂きたいのです」
今現在進行形で問題となっているのが、こうした避難民・難民となった人達がフランスに押し寄せているのです。
多くの人が欧州協定機構加盟国の盟主として避難民の受け入れを表明したフランスに希望しているのですが、その希望者の数が行政側が受け入れるキャパシティーを大幅に上回ってしまい、今後の行政負担の重荷になっているのもまた事実です。
大西洋側への港湾都市開発計画などに、こうした避難民の方を動員して雇用を生み出す案もありますが、それは大規模かつ国政に深く関わる事もであるので、行政側がどのくらいの規模の受け入れを行えるか、もしくは彼らを収容できる建物を確保できるかが課題であり、未だに解決策がないのが実情です。
そこで、私はオーギュスト様と相談した上で、一つの提案を行ったのです。
「婦人会としては、共済基金を通じて彼らが宿泊できる場所を確保してあげたいのです。共済基金は少なく見積もっても5万人が一時的に避難できる住居や施設の確保を行えるはずですわ。まだまだ開発途中であるフランス西部地方を中心に、国が主導する農園の開発や公共事業への参入等で、彼らを雇い入れることはできるはずです」
「避難民への風当たりも強くなるかもしれませんが……国が彼らを雇い入れという形でしたら、恐らく可能でしょう。行政側が雇ったという風になれば、市民からの反発も強くなってしまいます。あくまでも国が行ったことにすれば、我々としても彼らを雇い入れという形で受け入れることは出来ると思います」
「既に国王陛下からの承認も取り付けてあります。私も王妃として雇入れで発生した費用等については国が負担することを確約するのはどうでしょうか?そうすれば、お互いに支援をすることができますし、損はないはずです」
「そうですな……それならば問題ないでしょう……」
その後、各行政の代表者と話し合いの末、避難民の受け入れ先が決まることになりました。
大半が公共事業や政府主導で開拓を推し進めている国内の大規模農園が中心となって彼らを雇い入れ、そして住居に関しても建設などを急ぎ、執り行うことが決定されました。
もっとも……戦争が起これば、この規模では済まない数の人達が押し寄せてくるのは確実ですが……。




