581:大戦争への予兆
陸軍大臣と海軍大臣が戻ってくるまでの間、俺はデオンに取り次いでもらい、現状の国土管理局が把握している各国の情勢を伺ってみることにした。
デオンには沢山の資料を持ち運んでいる関係で、すぐに俺が尋ねた事案や状況について報告する事が出来るのだ。
とても頼りにしている。
最近はデオンの情報がかなり正確になってきており、国土管理局における情報伝達及び収集が格段に向上しているのが手に取るように分かる。
理由を聞いてみたところ、情報部の管理と教育を執り行い、元々行っていた20代の頃に築き上げたスパイ時代の人脈を使い、情報を集めることが容易になったとか……。
電信システムもそうだが、デオンの場合は人脈が幅広く、グレートブリテン王国内戦時には、的確な指示によって多くの技術者や科学者を避難することが出来た。
それに、恐らく俺でも知らないような情報を知っているので、詳しい話は彼女に聞くのが一番だ。
「北海方面の情報はどうなっている?スウェーデンとノルウェー辺りが気になるが……」
「現状としては欧州協定機構加盟国として万が一に備えて待機してもらっている状況です。例のプロイセン王国が起こした運搬船の事件を巡り、スウェーデン海軍も巡回警備を周辺諸国と協力して行動しているとのことです」
「我が国における嗜好品の販売をする上で重要な海路でもあるからな……それに関しては海軍と協力して執り行う感じか?」
「はい、フランス海軍もこれに賛同してネーデルラントやフランス国籍の船舶の護衛任務を行っているとのことです。フリゲート艦を中心とした中規模艦隊を同行させておりますが、これらの行動次第ではプロイセン王国の挑発行為なども考慮し、国土管理局としてはプロイセン王国の主要な港に現地調査員を派遣して、情報収集を行っているところです」
スウェーデンやノルウェーといった北欧諸国も、プロイセン王国の問題行動によってかなりピリピリと神経をとがらせているのは間違いないようで、現在までに西ヨーロッパ向けに海上輸送されている貿易船や運搬船の多くがプロイセン王国側ではない海域を通りながら、海軍護衛の元で海上輸送を行っている状況のようだ。
これは我が国も同様であるが、ネーデルラントで発生した運搬船での一件を巡ってはかなり危機感を強く表していることもあり、欧州協定機構加盟国は北海を中心に護衛任務を行う艦隊を編成して行動している。
特に、金銀などの財産になるような硬貨や、骨董品等で総額50万ルーブル以上の貨物を積載する輸送船や運搬船に関しては、国への航海への届出の義務化と、護衛に伴う海軍出動費用なども嵩むようになったそうだ。
「流石に今後も同じような事件が起こってしまうと、保険会社をはじめ各海運業者が北海を大幅に迂回してしまうため、北欧諸国に対する貿易が大幅に赤字になってしまいます。ですので、海軍が自ら出動して護衛の任に就く必要があるのです。これに関しては先週陛下にもご説明したと思いますが、あれからまた更に進展がありました」
「進展というと……?」
「はっ、まず民間では各保険会社が加入している組合との協議により、北海でのプロイセン王国軍による略奪行為が正当化されるものではなく、必ず数隻以上で北海を航海し、自衛用としての武器の所持を認めるとのことです。有事の際に徴収される私掠船のような役割も非常時に認可される武装船の投入も随時行うとのことです」
聞けば、思っていた以上に北海方面の情勢は悪くなっているらしい。
ネーデルラントの一件によって、積み荷を運搬する船舶が航行を大幅に迂回するようになってしまっているため、輸送費用のコストが物凄く掛かっているとのこと。
これに対応するべく、民間船の中から海軍と同じような役割を行い、超法規的措置として船の臨検や接収、場合によっては没収などを執り行う私掠船を動員することが決定されたとのこと。
私掠船を動員したのはネーデルラントとノルウェーであり、このうちノルウェーの私掠船に至っては海軍から艦砲を無償供与してもらい、輸送船の護衛任務を行うことになったという。
事実上の軍艦と同じ扱いを受ける船を民間人から動員するのだという。
これは、ノルウェー側からの通達と、ネーデルラントにおける民間の保険会社がノルウェー政府との交渉で決定されたものであると、デオンから告げられたのだ。
「私掠船はノルウェーとネーデルラント側の了承によって執り行われており、今後状況によっては我が国でも実施されると思います。海軍だけの艦艇では足りないので、私掠船の動員も検討すべきかと……」
「カリブ海戦争の時のように武器や兵器を民間人に供与するのか?戦時中や遠海貿易ならともかく、一応ヨーロッパ圏内では……?それに、まだプロイセン王国とは戦争をしていないぞ?」
「ええ、だからこそです。今回のプロイセン王国の暴挙によって、軍ではなく民間人に被害が生じています。今後このような行為が続くようであれば、我が国としても嗜好品の輸出に大きく影響が出てしまいます。ですので、プロイセン王国側による問題行動が生じた場合には各自で最低でも自衛できるだけの対策が求められるのです」
デオン曰く、相当今回の一件でフランス以上にネーデルラントとノルウェーがプロイセン王国とバチバチに揉めている現状を踏まえると、ここまで徹底してやらないといけないようだ。
フランスも、緊張が続くようであれば来月までには私掠船を動員してフランス海軍の部隊として北海での活動を執り行うという。
……俺が思っていた以上に、どうやらプロイセン王国の行動によって国家間の緊張が拡大しているようだ。
「では、今後国土管理局としてはノルウェーやスウェーデンと協力して事態に対応するという事かね?」
「はい、それと……外務省からも情報が入っているかと思いますが、ネーデルラントでの反プロイセン感情は日に日に増しており、政府でも抑えきれない程にプロイセン人に対する暴力などが行われているとのことです」
「そんなにひどいことになっているのか……商人が帰国したというニュースは耳にしているが……」
「ネーデルラントの人々からしてみれば、今そこにある脅威となる国の人間は信用ならないという意味合いにも受け取ったのでしょう……国土管理局と外務省が確認しただけでも、プロイセン出身の男女6人が集団暴行を受けて死亡しており、このうち1人はまだ十歳にも満たない少女もいたとのことです……ネーデルラントの警察は犯人を追っているそうですが、反プロイセン王国感情に蠢いている状態で、捜査は難航しているのです」
プロイセン出身という理由でかなり酷い事件も発生してしまっているという。
まだフランスでは、そうした出生や出身による差別や偏見を公の場で行ったりする事に対しては「差別行為」に当たる為、法律で厳重に管理されている。
フランスで同様のことが起きる可能性は低いが、今後プロイセンの行動がエスカレーションした際にはどうなるか分からない。
ただ、ここで言えることは、事態が最悪の展開を迎えた時に備えて、準備を済ませておくことが最優先だろう。陸軍大臣と海軍大臣が資料を持ってきて席に戻ったので、会議を続ける手筈となった。




