562:束の間
「それにしても、随分と久しぶりではありませんか?」
「ん?」
「こうしてゆっくりとお食事をなさるのは……子供達も今日に関しては別でお食事をしておりますし……」
「言われてみればそうだね……」
そう、こうしてアントワネットやランバル公妃と一緒に食事をするのは随分と久しぶりの気がしてきた。
あと、各国への対応等で食事の時間が短かったり、会話なども行っていたとはいえ、それでも時間にしてみれば5分程度であっただろう。
今は食事を食べ始めて30分ぐらい経っているが、俺とアントワネット、そしてランバル公妃との食事は続いている。
子供達との食事も楽しみではあるが、今日はテレーズとジョセフに関しては学校に通っている上に、シャルルに関しては別室で保母さんが対応して食事をしている。
シャルルは全くといっていいほど手が掛からないのだが、それでもなおシャルルに完全に付きっきりになってしまうとアントワネットのメンタルも持たない。
「最近は色々と大変でしたからね……こうしてゆっくりとお休みすることも大事なことですわね」
なので、今日は羽を伸ばす日として俺もアントワネットもランバル公妃も休みとなっているのだ。
育児や公務をお休み……完全にオフにして休む。
これはとっても大事なことだ。
家族の事が嫌いになったわけではないが、休むことは身体と心をリフレッシュしておくには必要なことでもある。
「最近はオーギュスト様もしっかりとお休みをとるようになってからお体の調子も良いのではありませんか?」
「ははは……アントワネットがしっかりと見てくれているお陰さ、ありがとう」
「ふふっ、私が見ていないとオーギュスト様は働きすぎてしまいますからね!これからもビシッと休ませてあげますわよ!」
「ははは、それは頼もしいよ!」
休息は最低でも週に一日は執っているが、それでもなおここ最近はイタリア半島の統一化に向けた準備を進めていた関係もあって、資料などを制作してプレゼンしたり調べたりする日も多かった。
とはいえ、これまで数えるだけでも三回ぐらいは徹夜続きで体調不良を起こしてしまったこともあり、アントワネットだけではなく閣僚からも批判されたことがある。
二回目までは仕方ないと言われていたが、三回目からはアントワネットも加勢して説教されたため、流石にこれ以上の迷惑をかけないためにも午後11時以降は休むようにしている。
身体を壊すような深夜まで仕事はしていなかったが、それでも時間ぎりぎりの午後11時ちょっと前までデスクに座って資料を作っていると、後ろからアントワネットに肩を掴まれて「そろそろお休みを取って休みましょう(声が低い)」と言われたことがあったので、休みを入れたのである。
彼女は怒らせてはいけない。
本当にアントワネットが怒ると怖いのだ。
なので、ここは素直にアントワネットに従って午後11時を過ぎたら寝床で一緒に寝る生活をしている。
出来れば、そうした生活が続いてほしいものだ。
戦争などが発生したら、こうした生活は続けられない。
王としても、戦況の状況把握などを受けなければならない上に、国家の最高責任者として国民を鼓舞するような演説をしたり、励ましたりしなければならない。
それが国王に課せられた使命……いや、義務であるのだ。
「イタリア半島の問題が片付いたら、我々としてもこれからはゆっくりと時間を過ごすことが出来そうですね」
「そうだね……後はプロイセン王国や救世ロシア神国、それに北米複合産業共同体の動きが気になるけど……しばらくの間は軍事行動はしないと言われているから、このまま様子見をするのは確実だね」
「様子見ですか……それでも、戦争が起きなければ平和な世の中になるのは間違いないですね」
「ああ、そうだね……このまま平和な時代が続くといいね……」
「大丈夫ですよ、少なくとも今のところはプロイセン王国軍も大きな動きはありませんし、仮に行動が起こった場合にはすぐに国土管理局を経由してお伝え致しますわ」
「……ありがとう、二人とも」
平和な時代が長く続いてほしい。
それは俺の本心から思っている言葉である。
今のフランスは戦争こそしていないものの、治安維持のためにグレートブリテン王国や、シチリア島などに進駐している状態であり、実質的には準戦時体制のまま行動できるようにしているのだ。
いざ戦時が勃発すれば、民間資産を管理できるように法改正を行い、戦時体制時におけるフランスの準備を着々と水面下で進めている。
公布人などを動員して、有事になれば『国が国民の資産である家などの建築物を接収し、接収している間は一定の金額支払います』というものを取り決めている。
実際に有事が発生した際への対象を行うためにも軍民が合同で行って主催している国境線沿いの町や村についても、スムーズな避難ができるように自治体の長などを集めて避難経路図の作成や、戦争時における避難誘導、軍による避難指示とそれに合わせる形で、避難するべき方法なども冊子やイラストにまとめて各世帯に配布をしている。
文字が読めない人も多くいることから、そうした人が情報弱者として避難できずに孤立してしまう事態を防ぐためにも、イラストで有事の際に避難するべきルートなどをイラストで描いて、視覚的に分かりやすく説明しているのだ。
平和な時代というのは、そう長くは続かないのだ。
戦争と戦争の間ともいえる戦間期こそが、平和な時代と呼ばれているのかもしれない。
アントワネットはそんな重苦しい空気を吹き飛ばすかの如く、次の話題に切り替えてくれた。
「ワイン農家の人達を呼んで、王家で生産されたブランド品のワインを作るとかはいかがでしょうか?」
「王家のブランドワインかい?でも、どうやって作るつもりだい?」
「ええ、今日頂いたボルドーワインみたいに、高級ワインというのは品種的にもその地域に特化したものを使用しているのが多いみたいなのです。ただ、私が作るのは高級ワインではありません」
「すると……庶民向けの安価なワインを作るのか?」
「いいえ、こう贅沢な言い方かもしれないですが、ボルドーワインに匹敵するような品質のワインを庶民の方々にも提供できるような価格で販売するブランドを作ってみたいのです」
「おお、随分と思い切ったことを言ったね……」
アントワネットは、主に貧困層を中心に広がっている密造酒に近いような酷い品質の酒よりも、高品質で王家お墨付きのブランドとしてのワインの生産を提案してきたのだ。
勿論、安価なワインもそれ相応の会社や農園が存在しており、彼らとの競合になってしまうのは必須ではあるが、決定的に違うのは安かろう悪かろうなワインではなく、安くて美味しいワインを作ろうとしている点だ。
「もしやるとしたらどのくらい初期投資が必要なんだろうか……」
「いえ、既に競馬で利益を上げているので、その利益からワインに使うぶどう農園を整備しようと考えております、いかがでしょうか?」
「ああ、俺からは問題ないと思うよ。アントワネットに任せよう」
「ありがとうございます!では、このワインを飲んでから早速手配いたしますわ!」
最近のアントワネットは実に積極的だ。
そして、あっという間に農園の設備投資などの手続きをしようとしている。
その姿はとても生き生きとしていた。




