543:大戦前夜(上)
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1787年2月15日
北米複合産業共同体 ニューヨーク
ニューヨークの造船所では、多くの者達が汗水流して働いていた。
この造船所では民間船だけではなく、海上警備隊のフリゲート艦の建造も行っている。
フリゲート艦は、先の新大陸動乱や、カリブ海戦争において消失した旧北米連合軍の損失分を埋め直すべく、新装備を装着させたり、新型の野砲を搭載できるように工夫がこなされているのだ。
「これが新型の野砲か……艦船に取り付ける仕組みなんですか?」
「これはあまり詳しくは知らないが、従来の散弾よりも沢山の子弾が一斉に降りかかる仕組みらしいぞ。なんともすごい威力らしい」
「そりゃまた警備隊のほうもスゴイものを作ったもんだな……おっと、だべっていると社長に殴られるから、急いで設置しよう」
「そうだな、この野砲は六人で組み立てるから、班の中から作業員を集めてくれ」
グリボーバル砲とは別の、蒸気機関を応用して作られた新型野砲は、この時代に主流であった子弾がぶどうの房のように入ったぶどう弾のようなものではなく、現代の榴散弾のような細かい弾を敷き詰めて殺傷能力を高めた、ショットガンのような榴散弾を発射できるようにしたものである。
この榴散弾を開発したのはグレートブリテン内戦後、一家でニューヨークに移住したヘンリー・シュラプネルであり、史実でも榴散弾の生みの親としてシュラプネル弾の名前が残されている人物である。
シュラプネルは本来の歴史であればイギリス陸軍で榴散弾を開発したのだが、この世界では内戦によって一家は本国からの退避を余儀なくされ、ニューヨークへと移住したのである。
ニューヨークに移住したシュラプネルは、北米複合産業共同体軍事研究会に属し、そこで榴散弾の開発を行ったのである。
榴散弾の基礎設計図を見た担当者は大変驚き、その才能を認められて瞬く間に正式採用が決まったという経緯を持っている。
そして、この榴散弾は北米複合産業共同体の軍事力を担っている『武装警備隊』の主力兵器として生産が開始されているのである。
なお、北米複合産業共同体は軍隊を保持していないと明記している。
……が、この武装警備隊が事実上の軍隊であることには変わらない。
これは名目上は企業であるため、軍隊を保持しているのではなく会社の所有地や所有物を保護するために自分達の傘下である警備隊組織が防衛力を担当することを宣言している。
武装警備隊のほかにも、企業が警察・軍事組織を保持していることにより、名称などが異なっている。
消防や災害に対応するのは『防災即応隊』であったり、警察に関しては『保安組合』が担当している。
そして、一般市民の監視やスパイの取締を行っているのが『治安監査部』であり、グレートブリテン王国や旧北米連合で暗躍したスパイの人材をリクルートして、日々治安の安定と密告者による反企業思想家などを取り締まっているのだ。
「……例のスペインのスパイは監査部に引き渡したか?」
「ええ、幸いにも未遂だったこともあり、監査部も審査には影響しないと明言してくれました。なので、当社には大きな損失は無い見込みです」
「それはいいニュースだ!さぁさぁ!造船所も納期までに頑張るぞ!みんなも気合い入れて頑張ってほしい!」
大声を掛けて造船所の労働者に発破をかけているのは、この造船所の社長だ。
北米複合産業共同体が成立した当時から労働組合に参加していることもあり、優先的に仕事が回されてきている。
造船所の作業員は旧北米連合の南部地域出身の白人労働者が大半を占めており、彼らもまた出稼ぎ労働者として造船所で働いていたのである。
「社長、1番から3番までのフリゲート艦ですが、来週の木曜日までに完成できそうです。期限通りのノルマ達成できそうですね」
「ああ、正直このフリゲート艦が完成できなかったら俺もクビや降格処分にされるかもしれなかったから焦ったけどな……目標の75パーセント以上を達成できないといけないから、来週の木曜日まではフル稼働して完成にこぎつけるぞ」
「そうですね、ただフル稼働となると従業員の特別手当を出さないといけませんね」
「日雇い仕事の者も多くいるが、それでも給料はしっかりと出さないといけないのが国家の法律で定められているからな、下手な誤魔化しでお咎めを食らったらイカン。残業代と休日出勤時の給料はしっかり出す様に、絶対にそれだけは守るように各班の作業員に徹底させておいてくれ」
「畏まりました、各班にも徹底させておきます」
巨大企業国家である北米複合産業共同体には、労働組合や就業規則が存在しているが、その多くが国家の法律として組み込まれている。
一日12時間労働制の代わり、週休二日制が厳守されていたりと労働組合としても休みをしっかり取るように厳命したり、残業代手当ての支給などを行うことが義務化されていたりと、労働者目線で考えている法律も多くあった為、この企業国家は部分的にはホワイトな側面も見受けられるのだ。
「来週の木曜日までに完成にこぎつけるぞ!こなせなかった班はボーナス減給だ!ただし、しっかりと目標日までに達成できた班に関しては給料とボーナスをそれぞれ弾ませることを約束しよう!」
「いいか、無理というのは嘘つきと軟弱者が言う言葉だ!無理ではない!納期までにこの船を完成することが出来れば、俺たちは一人前だ!」
「完成させるぞ!完成させるぞ!完成させるぞ!完成させるぞ!」
「5分休憩したらすぐに作業再開だ!だらけている奴は叩き殴ってでも再開させてやるからな!」
しかし、企業国家は弱肉強食が常であり、そのノルマに合わせて生産をこなさないと、問答無用で降格処分は下される上に、酷い場合には部下の失態などを食らって左遷させられるのが日常茶飯事なのだ。
当然ながら、そうしたしわ寄せのはけ口として、パワーハラスメントなども常習化してしまっている影響もあり、北米複合産業共同体の各産業に蔓延ってしまっているのだ。
北米複合産業共同体は、各産業にそれぞれ担当大臣を配属しており、この大臣の命令によって各部門の生産ノルマや出荷目標などが決められるようになるのだ。
この造船所も海運担当大臣より、以下のノルマが課せられているのだ。
『今季の造船目標は150隻であり、うちニューヨークの造船所は小型船30隻と大型船10隻の建造を執り行い、目標の8月末までに完成するように』
ノルマ達成のためならば、労働者を酷使しても良い。
特に、北米連合からの出稼ぎ労働者たちに関しては、使い捨てにする勢いで酷使する例が多く、その中でも有色人種である黒人の労働者の多くは体力に優れていたことでインフラ整備に携わっており、彼らの多くはまだ白人労働者に比べてノルマ基準が厳しく、おまけに給料も安く設定されていたために、酷使のあまり過労死してしまう労働者が続出したのだ。
その分の出世競争は凄まじいものになっている。
まさに資本主義経済の縮図を現しているようであった。
ニューヨークの街の灯りは未明になっても消えることはない。
ここでは松明やランプの灯りと同じように、人々が働き、そして過労死すると同時に消えてしまうのだから。




