541:指令第89号作戦
全軍における戦闘準備計画……。
戦時体制には移行しないものの、いつでも即応的に対応可能にする準戦時体制へと移行する時がきてしまったのだ。
もうシチリア王国に軍事支援と称して過激派の制圧をしているから、実質的に準戦時体制ではないのかという質問もあるかもしれないが、実は民間に関しては完全に移行できるような状態ではない。
我が国における経済は、完全に民間経済によって成り立っている状況であり、輸入する際に厳重な積み荷のチェックが行われている以外は、至って普通なのだ。
これを準戦時体制下に置くことにより、部分動員が可能となり徴兵に関しても制限を緩和して、愛国心の高い者や、短期兵役としてアルバイトのような感覚で任務に努める兵士の採用が可能になる。
年齢制限や性別に関しても、様々な緩和策が練られており、特に準戦時体制に移行すると公的機関の手続きを経て、女性でも志願すれば兵士になれることが可能だ。
女性に関しては改革派が中心になってアイデアを出してくれた。
その中でも、マダム・ドミニクが提案してくれた『婦人国防会』という組織の設立を本格的に始動できるようになるだろう。
この婦人国防会は、旧大日本帝国が戦争末期に設立した国民義勇隊のような組織ではなく、地域ごとに正規軍の補助や担当地区の防衛を行う戦闘部隊である郷土防衛隊とは別に、主に支援系の役割を担っている。
主に都市部に敵軍が侵攻してきた際に避難民の誘導、負傷兵の看護といった後方支援系を任されることになっており、婦人国防会は男性主軸の郷土防衛隊とは一線を画す仕組みになっているのだ。
(いよいよ……このフランスも大きな戦乱に巻き込まれるかもしれないな……であれば、抜本的な対策が行えるように国王の勅命を使って執り行うしかないようだ)
もはや待ってはいられないのだ。
いざという時の為に、フランス全土で警戒し、有事が起こった際に迅速な対応が出来るようにしなければならないのだ。
深呼吸をしてから、会議において手を挙げて発言した。
「グレートブリテン内戦、サン=ドマングにおけるカリブ海戦争以来、我が国を取り巻く国際情勢は極めて緊迫化してきている。余は平和を望んでいるが……残念ながら、世界はそうそう平和は訪れん……むしろ、我が国以外で戦争や内乱、そして狂気的な主義思想を当たり散らす者達が暴れておる……遺憾ながら、我が国は本格的な戦争準備をしなければ、フランスを守れない……。余はこの会議において、かねてより計画されていた【国家防衛構想】及び、指令第89号作戦の発動を要請する」
「「「!!??」」」
一斉に視線が俺の方に向かう。
国家防衛構想は、以前より陸軍大臣や国土管理局の間で取り交わされた議題であると同時に、戦時体制に向けた国内の引き締めを執り行う措置でもある。
その中でも「指令第89号作戦」は、国内の治安維持と有事防衛の為に軍隊と警察組織に対して、司法権の一部権限を与えて独自の捜査・逮捕令状の発効を有効化するものである。
早い話が、軍隊の権限を強化して憲兵隊や特高警察のような方法で、過激な連中を片っ端から取り締まる事を主軸としている。
平時でやれば反発を招くかもしれないが、世界情勢は既に戦時体制下のような情勢を呈しており、このフランスでもいつまで安全かは不透明だ。
それにパリ爆発事件でもそうだったが、過激派思想が規制の目を掻い潜って潜入している事が実証されてしまっている以上は、今まで以上に厳しく取り締まるしかないのだ。
それに、このような国際情勢下では、いつ宣戦布告されたり、攻撃されるか分からない。
グレートブリテン王国は没落し、北米連合は滅茶苦茶になり、ロシアは三つに分裂し、日本は浅間山破滅噴火によって関東より北が壊滅的打撃を受けてしまった。
もはや今まで俺が培ってきた歴史の内容とは、大きくズレた世界線になってしまったのだ。
今後の歴史を予測してみろと言われても、それは無理だ。
自分達の安全は、自分達で守る。
その為に、準戦時体制に速やかに移行可能にする法案審議を早速執り行うのだ。
「では、国王陛下より我が国の戦時体制下における取り決め、及び軍事・経済の両立を考慮して、国是となる防衛体制の構築に向けた国家防衛構想並びに指令第89号作戦の発動が要請されました。これにより、今から一週間以内にフランス本土、三ヶ月以内に外地のフランス領において、戦争に備えた軍事行動及び、防衛体制の強化が行われます。賛成の方はご起立願います」
会議において司会進行役の者が発言すると、一斉に閣僚の皆が席を立った。
国土管理局、軍務省、財務省、内務省、建設省、衛生保健省……各大臣に首相も起立したことにより、全会一致で賛成となり、準戦時体制となる国家防衛構想が可決した。
国家防衛構想には、複数の項目があるが、例を挙げると軍隊、民間人に向けたマニュアルが策定されており、その中で軍事面では戦略上重要な拠点の都市部に対し、建物の接収や必要な物資の徴用が許可されるようになるのだ。
勿論、軍が独断でタダでやるわけではない。
民間施設や国民の所有物であれば、時価レート換算で建物の接収や、物資の徴用が行われる際には借用費用として小切手で必要分の経費を支払い、万が一戦争やテロ工作等で建物が被害を受けたりした場合には、国が責任を持って賠償責任を負うことが記されている。
「ネッケル、万が一戦争が発生した際に、防衛戦に有利な建物を優先的に買い取ることが出来るように、現行法でも対処か?」
「はい、指令第89号作戦では現行法でも十分に対応可能とされております。特に、防衛用に必要な建物の購入や補償内容に関しましても、財務省から申し上げまして、十分に対応可能です。ただし、局地戦闘であればまだいいですが、パリやリヨンといった大都市圏にまで戦火が拡大した場合は、些か補償に年数が掛かる場合がございます」
「うむ、あくまでも我々は防衛に徹する。そして、相手の攻勢限界を迎えた時に反転攻勢を行うように各部隊にも今一度徹底させるようにな。深追いして大損害を食らってしまったというのはあり得る話だからな」
十分な部隊編成と、軍の補給状態を整えた上で反転攻勢に転じるように今のうちに王としてしっかり守るように命令しておこう。
でないと独断専行で軍部が勝手にやってしまいましたという判断になりかねない。
政府よりも軍部が独断でやらかすのが一番恐ろしい事なのだ。
これは史実でも満州事変を関東軍が独断でやってしまい、結果的に日本政府が尻拭いをする羽目になり、国際連盟の脱退という国際的な孤立を招いた原因を作ってしまった事でも有名だ。
そうした事態が起こらないように、今一度徹底しておかないと……。
「先にマダム・ドミニクが提案してくれた婦人国防会の設立と……それから、プロイセン王国との戦闘になった際に、被害を受けることが予想されている国境線沿いの街についても、詳しく決めておこう」
ある程度の予測が出来るのであれば、備えておいて憂いは無い。
残りの会議において、プロイセン王国の侵攻に備えと、万が一友好国と同盟国に侵攻してきた場合に備えて、派遣軍の編成を何時でも行えるように指示を出したのであった。




