533:躍進する音
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1786年10月7日
プロイセン王国 サンスーシ宮殿
サンスーシー宮殿を取り囲んでいる巨大な城壁は、見るものを圧倒している。
中国で築かれた万里の長城をモデルとし、王国から諸邦連合に対しても、高さ9メートル以上の城壁を築き上げることを目標としたヴェルヘルム2世。
国土の全域を、鉄壁の守りをすることを目指した結果、その目標は概ね達成されつつあった。
「まさに我々が目指している世界に一歩近づいたようだな……カリオストロ」
「はい、ここまでの道のりは大変険しいものでしたが、目標まであと一歩です。これで万が一救世ロシア神国の野獣共が襲い掛かってきても、我が国は城壁によって跳ね返すことが出来るでしょう。中世中国で蛮族を追い出す為に作りあげた万里の長城のように、国土全域を覆いつくしている鉄壁の城壁によって、蛮族の手から偉大なプロイセン王国と、その諸邦民族を守るためなのです」
ヴェルヘルム2世は、自身が支援している薔薇十字団のトップであるカリオストロに尋ねる。
薔薇十字団は、ヴェルヘルム2世の支援によってついにプロイセン王国公認の団体となり、特に薔薇十字団のトップに君臨したアレッサンドロ・デイ・カリオストロは、事実上国のトップであるヴェルヘルム2世に助言という形で国政に介入することが可能になったのである。
「こうして国の政治に、君が助言をしてくれたお陰でここまでやってこれたのだ。本当に感謝している」
「いえ、感謝しているのは私の方ですよ陛下。こうして陛下と談話する機会があるお陰で、私の危機を救って下さったのですから」
「いや、当然のことをしたまでだ。カリオストロがいなければ、我々は野獣の群れに食い殺されていたことだろう……むしろ、君の人徳の高さを改めて認識する良い機会になったよ」
ただ、カリオストロが国政に関与することを快く思っていない者も少なからずいた。
特に、彼が薔薇十字団に入る前の詐欺行為に関しては、知っている者であれば自ずと悪行に関して知っていたからだ。
行政機関と法務機関は、それぞれカリオストロの行ってきた悪行に関して、ヴェルヘルム2世と対立関係にあった貴族を頼り、密かに失脚する準備を整えようとしていた。
薔薇十字団に懐疑的な貴族に、ルター派のプロテスタント教会の一部が、失脚のためにカリオストロの政治的なスキャンダルを引き起こそうと計画するも、実行一歩手前の段階になって情報が漏洩してしまい、カリオストロを失脚しようとした者たちが逆に失脚したり、国外追放される事態になったのである。
「それにしても、陛下の大胆な作戦には驚かされましたよ……よく思い切った判断をしましたね……」
「貴族たちや聖職者いえど、上を目指そうとして近い人物を利用したがる……夜の蝋燭の灯りに集う蛾のように、そうした習性を利用したに過ぎない」
「しかし、こうした事になるとは向こうも想定外でしたでしょうね」
「ああ、精度の高い情報を何度も持って来れば信頼する。おまけに異性であれば尚更信頼しようとするものだよ。特に男はそういった生き物なのだからな」
この時に暗躍したのがヴェルヘルム2世が忍び込ませていた愛人の一人であり、史実では名前も登場する機会の無かったマリアンネ・アルセンであった。
偶々妻が妊娠していた時に、どうしても行為がしたかった為に呼んだ庶民の女性である。
口外しないことを条件に、彼女は老後になっても困る事のないだけの金銭を得ることが出来たが、その代わりに一時の関係として、行為が終わった後にはヴェルヘルム2世は距離を置いていたのだ。
「どうか……どうかヴェルヘルム2世陛下ともう一度会うことはできないのですか!?お願いです!私はもう一度、あの人に抱かれたいのです!」
しかし、マリアンネは純粋にヴェルヘルム2世に対して好意まで抱いてしまったため、ヴェルヘルム2世の役に立てることは他にないか尋ねたところ、ヴェルヘルム2世は仲介人を通じて、自分の関係を利用して反カリオストロ派の貴族たちと面会し、反カリオストロ派が企んでいる陰謀に関する情報を盗むように指示を出した。
マリアンネはヴェルヘルム2世に惹かれたい一心で反カリオストロ派のグループと接触し、政権内部の情報を意図的に流していた。
勿論、ヴェルヘルム2世が彼らに流しても問題ない情報をマリアンネが流したことにより、必然的に信憑性の高い情報源が反カリオストロ派に流れていく。
反カリオストロ派も最初は警戒こそしていたが、次第にマリアンネの話を信じ彼女に計画の内容などを少しずつ話すようになっていく。
これにより、着々と反カリオストロ派による失脚計画の情報が逐一ヴェルヘルム2世に報告された。
反カリオストロ派は貴族や聖職者だけではなく、石工ギルドなども加わっており、プロイセン王国の経済に大きく関わっている者も、少なからずいることが判明する。
(思っていたよりもカリオストロを潰そうとする勢力は大きいな……全員が集まっているところを一気に叩いたほうが良さそうだ)
ヴェルヘルム2世はマリアンネから受け取った情報を元に、反カリオストロ派の代表者たちが集まって集会に、兵士を突入させて一気に捕縛したのである。
その場で取り押さえられたのが18名、さらにその後に証言等で芋づる式に捕縛されたのは実に65名にも及び、中には王国の政務官や佐官クラスの高級軍人の姿もあったのだ。
反カリオストロ派はヴェルヘルム2世の殺害や追放までは企んでいなかったものの、彼に信頼の置いていたカリオストロを失脚するための具体的な情報が記された計画書を策定していたことが決定打となり、65名のうち、カリオストロ失脚に深く関わっていた実行者18名は、ヴェルヘルム2世から直々に国外追放等の処分を下したのだ。
彼らを処刑しなかったのは、なんとカリオストロが自ら彼らに慈悲を与えるべきだとヴェルヘルム2世に進言したのだ。
当初は処刑案も浮上したのだが、カリオストロはヴェルヘルム2世に対し、彼らにも利用価値があり、我が国で追放処分を下したほうが、他の国に亡命した際にもスキャンダルや噂などを流言させておいたほうが、評判を落とすのに便利であること。
また、将来プロイセン王国と敵対関係が決定的になった際には、堂々とプロパガンダを流して戦争の正当化工作の一つにする事が出来ることを力説して説得したのである。
「おかげで、我が国は終末戦争が起こったとしても、これで背後の心配をすることなく、堂々と戦えるわけだ」
「その通りでございます。我々は進んでいるのです。このまま陛下の導く友愛と平和によってプロイセン王国は栄えていくのです」
「そうだな、ではもっと進めていくとしようか」
今のプロイセン王国では、薔薇十字団を批判する者はいない。
少なくとも薔薇十字団のメンバーの大半は友愛精神を持って行動しており、慈善事業などにも積極的に行動していることもあり、悪く言う者は殆どいない。
そして、ヴェルヘルム2世とカリオストロを止める者はいなくなった。




