523:地中海
「それで……現在までにオスマン帝国の方からは何かコンタクトはあったのか?」
「はい、オスマン帝国の次期皇帝候補であるセリム3世から、武器などの支援要請がありました」
「セリム3世……?ああっ、確か年始めに手紙を送ってきてくれたな……」
「現在のオスマン帝国ではやはり太刀打ちできない程に、救世ロシア神国軍は人間の波となって押し寄せているとのことです。如何いたしましょうか?」
「うむ……長年オスマン帝国とは対峙する関係だったが、このような状況だと地中海方面も危うい状況だな……ただ、まだオスマン帝国との対立が無くなったわけじゃない。セリム3世には武官の派遣を行う用意をして欲しい。陸軍と海軍からそれぞれ2名、派遣を行える者をリストアップしてくれ」
「畏まりました」
オスマン帝国のセリム3世……。
軍の西洋化による近代化の必要性をいち早く痛感して、改革を行おうとした人物として有名な人だ。
しかしながら、史実では如何せんタイミングが悪すぎた。
オスマン帝国の軍隊は既存の利権を手放したくないという理由でセリム3世に楯突いた上に、ルイ16世とも少なからず交流を持っていたものの、フランス革命後に発生したエジプト遠征によって西洋化を推し進めようとする改革は頓挫。
最終的に、彼は政治的謀略に巻き込まれて先代皇帝の息子に地位を簒奪されて幽閉される。
そしてその事に激怒したセリム3世に忠誠を誓っていた者達が反乱を起こすと、反乱軍によって復位されることを恐れた皇帝により、幽閉中に暗殺されるという悲しい末路を遂げたことでも知られているのだ。
(もし、彼の改革が成功していたらオスマン帝国も存続できただろうに……なにせ19世紀頃にはロシアやフランスやイギリスといった欧米列強からボコボコに殴られたり、反乱や改革・経済が失敗するという立て続けに貧乏くじを引きすぎたせいで瀕死の病人と揶揄されるぐらいだしなぁ……)
そう、オスマン帝国の歴史というのは16世紀頃までは欧米列強とタイマンで殴り合いをしても勝てるぐらいには強い国家だったのだ。
ルネサンス期に至っては、オスマン帝国の国内情勢も比較的安定しており、黄金期を迎えるぐらいには強かった。
ただ、こうした黄金期を経験すると、自分達は強いので軍隊は改革せずに給料だけ貰っていればいいやという慢心的な風潮が浸透し、オスマン帝国が瀕死の病人と揶揄される19世紀半ばぐらいには、軍の汚職問題は根深い問題になり、皇帝自身の手で改革を行おうとしても、どうしようもないほどに拡大してしまったのだ。
バブル期のイケイケ時代が抜け出せない日本の中年層が「若い時(バブル期)は頑張ったんだだからお前も頑張れ(バブル期とは違って給料は安い)」と若年層を叱咤して経済成長が伸び悩んでいる以上に、オスマン帝国での経済的・軍事的停滞は既に広がっているのだ。
(そんな停滞した帝国を何とかしようとしたセリム3世ほど、先見の明を持っていたのに……保守派から顰蹙を買っただけじゃなくて政治的謀略に巻き込まれた末に暗殺されたのは気の毒すぎる。彼は絶対に殺してはいけない人だった。彼が生きていればなぁ……ほんと、非常理な世の中だよな……)
HOBFでは、悲運の皇帝であると説明書きがあり、同時にかなりの確率で史実同様に暗殺されてしまう。
国家AI操作だと、ほぼ100%暗殺されてしまう。
しかし、幽閉と暗殺を生き延びる隠しイベント「復活のオスマン帝国」が発生し、外交力と内政に強大なバフが10年間付与される。
これにより、オスマン帝国は欧米列強諸国と対等の軍事力を保持する事が出来るのだが、慣れたプレイヤーでも取得が難しく、隠しイベントというだけあって発生確率は3%未満だ。
攻略wikiを読んでもこれを実現できたのは2回だけだったな。
「まてよ……セリム3世は少なくともあの時代からしたらかなりの改革派の人間だ。きっとブルボンの改革について耳にしているはずだな……手紙にも改革について詳しく書かれていたし……」
そう思いだした俺は、セリム3世から受け取った手紙を読み返す。
丁度戸棚の一角に入れていたので、探し出すのにそこまで苦労はしなかった。
手紙の内容を再度読み返すと、そこには改革に必要な事や、国内での経済情勢を学ぶべく人を派遣したい事などが書かれていた。
内容としては至ってオーソドックスな内容かもしれないが、こうして見てみると改革に熱心な質問がいくつも書かれていた。
例えば、工場の設置や建設すべき港湾都市としての機能の話、さらに税制に関するものまで、手紙の中には恐らく自身が皇帝になった際に、どのような改革を行うべきか……。
きっと、将来行うべき改革を実行に移す為に、事前に聞くために書いたのだろう。
その時は、俺はアドバイスとして機密に触れない範囲で回答し、人材派遣に関する事には二つ返事で了承したのだが、今となっては状況がまるで違う。
オスマン帝国の属国が崩壊寸前であり、さらにこのままのペースで救世ロシア神国軍がオスマン帝国になだれ込んだ場合、改革が全然進んでいないオスマン帝国の軍隊は、野獣の群れの如く襲い掛かってくる救世ロシア神国軍の猛攻に耐えられないだろう。
(どうする……?仮想敵国ではあるが、セリム3世は惜しい人物だ。彼は俺を信頼して手紙をこうして寄越してくれているし、何よりも改革を志す者……)
もし、このまま見殺しにしてオスマン帝国が完全に救世ロシア神国軍に下ってしまったと仮定しよう。
彼らがアナトリア半島を制圧すれば、西はギリシャ・ブルガリア方面に向かって進軍し、将来石油の産地となるサウジアラビアやイラン方面にも進出する事が出来る。
それに、地図を照らし合わせてみれば分かるが、将来スエズ運河が開通した場合。
必然的にエジプト周辺を通る際に、かの国が陣取ってしまえば紅海への進入ルートが遮断され、これまで通りアフリカ大陸を遠回りするルートしかない。
そうなると、日本や青龍、マイソール王国との貿易網にも多大な影響が出る上に、将来石油資源を元にエネルギー革命が発生した場合、この救世ロシア神国から購入ないし融通してもらわないといけない事態が発生しうる!
なんてこった!
これじゃあいけない。
地理学的にもあの地域が不安定化すれば北はロシア、西はヨーロッパ、東はアジア、南はアフリカに影響を及ぼす!
ただ、やはりここで援軍を送ったとしても、せいぜい見物していろと言われるのがオチだ。
「とはいえ、援軍を送ったとしてもかの軍隊の保守派が許さないだろうし、如何なものかなぁ……」
如何にセリム3世が改革派の人間だったとしても、肝心の軍隊がガチガチの保守派思想なので、送れるとしてもせいぜい旧式のお古の武器が関の山だろう。
それに、仮想敵国であり特にアントワネットの生まれ故郷であるオーストリアは、16世紀に一時期首都のウィーンが包囲されるまでオスマン帝国に追い詰められた歴史もある。
国王であるルイ16世の俺が援軍送りたいんだと……いいかな?といえば、絶対軍部とアントワネット、さらに同盟国のオーストリアから反対されるだろう。
歴史の問題が深ければ、それだけいざという時でも協力体制を構築することは難しいのだ。




