522:第七次露土戦争
「あの救世ロシア神国が戦争を始めただと……それもクリミア半島にか?」
「はい、アゾフ海方面からもロシア神国軍が侵攻したとの情報が入って来ております。現在までに入ってきている情報では、救世ロシア神国軍は各地で勝利を収めているとのことです」
「詳しい資料があるかね?」
「はい、こちらに持ってきております」
デオンは現在までに判明している救世ロシア神国とオスマン帝国との戦況報告をまとめたファイルを渡してきてくれた。
大量生産が可能になった用紙に、一定距離に穴を開けてしっかりとした木製のクリアファイルに挟む方式を採用して移行、だいぶ資料が見やすくなった。
(やはりクリアファイル方式にするだけで見やすいし、やりやすいなぁ……特許取って良かったわ)
そう、これは前世の知識を使って俺が出願したものである。
クリアファイル自体も20世紀初頭までには普及していたらしいのだが、この時代で調べた限り資料は無かったので『これ俺が特許出願して作らせたらいいんじゃね?』と思い、おぼろげな知識で文具職人さんに依頼してクリアファイルを作ってもらい、特許を取ったというわけだ。
「この資料をまとめるクリアファイルは大変読みやすいですよ。我々としても助かっております」
「資料を入れ替えたりするもの容易だからね。ただ、その分資料を抜き取られる可能性もあるから、取り扱いにはくれぐれも注意してほしい」
「はい、これらのクリアファイルに関する資料は厳重に保管庫に入っております。許可された人間しか閲覧できない仕組みとなっております故……」
「うむ、いずれこれが各省庁でも普及していくとはおもうけど、従来の本とは違うから、資料の紛失などに気を付けるように改めて徹底させておくか……」
さて、クリアファイルの話はここまでにして、渡された資料に目を移す。
そこには現在の救世ロシア神国とオスマン帝国が戦争を起こしているクリミア半島や、アゾフ海方面の状況を地図で示したものまで添付されている。
(そうか……この歴史だと、第6次露土戦争の時はロシア帝国とオスマン帝国は白紙講和で手を打っていたのか……だからオスマン帝国側の領土も広かったんだ)
そう、史実であれば第6次露土戦争はロシアの勝利に終わったのだが、プガチョフの反乱が予想以上に拡大したこともあり、ロシア側は戦争継続が困難になってオスマン帝国と白紙講和をしているのだ。
オスマン帝国の属国であったクリミア・ハン国に関しても、領土を失われずに済んでいた。
救世ロシア神国とオスマン帝国との間で対立があったのは知っている。
ただ、当初はオスマン帝国との関係は良好であった。
元々救世ロシア神国が建国される以前は、ロシア帝国を崩壊させるために、オスマン帝国も宗教関係者などを派遣していたのだから。
そんな自称ピョートル大帝を名乗っているプガチョフは、神秘主義などのスピリチュアル方面でも才能があった人物であったらしく、結果的にこれまでのロシア正教会とは違った宗教国家の建国に尽力することになった。
オスマン帝国側も利益になると思ってそのまま関係を続けていたらしいのだが、救世ロシア神国というプガチョフ自身を降臨神とする宗教国家の誕生には、流石にオスマン帝国いえども許容できない相手となる。
オスマン帝国が建国した当初から信仰しているイスラム教の教えを否定し、絶対的な降臨神として全ての個人財産などを全て国家財産に転換し、神の子として阿片を使って集団交配を行うというとんでもない国家には流石に許容できるものではない。
俺だってこんなカルト宗教国家が隣国にあったら「もう(倫理的に)終わりだよこの国」と嘆くレベルだ。
阿片などを服用し、国民のほぼ全てがハイになっている状態だと、どんな事になるのか……。
「天国救済教の母体になった独自の宗教国家だな……それだけに、反発も大きかっただろう」
「そうですね、従来のロシア正教会などとは逸脱した独自の宗教概念を掲げたのが、オスマン帝国からして受け入れがたい存在になってしまいました。自分自身を降臨神と名乗っているぐらいですから」
「何をどうしたら降臨神と名乗れるのかは分からないがね……」
「しかしながら、救世ロシア神国軍は破竹の勢いでクリミア半島を攻略しております。兵士たちはオスマン帝国側から砲撃や銃撃を浴びても、怯むことなく屍を踏み越えて全身していくそうです」
「つまり、攻撃が意味を成していないというわけか?」
「はい、彼らは死を恐れていないそうです。やはり阿片の影響が大きいかと……」
「とんでもない軍隊だな……」
資料にも書かれているが、救世ロシア神国軍の兵士は全くといっていいほど恐怖というものを感じていないらしい。
阿片を服用している影響なのかもしれないが、オスマン帝国側がどれだけ銃や大砲で攻撃してきたとしても、農具などで武装した者達が波のように押し寄せてきているという。
「農具で武装……?彼らは正規兵ではないのかね?」
「正規兵は重武装をしているそうですが、大半が徴兵された農民を使っております。優先的に食料の配布などが受けられるとのことですので、多くの農民が参加しております」
「農奴であった者も解放されたからな……曲がりなりにも、彼に忠誠を誓っている兵士も多そうだ」
「それに加えて……男性だけではなく女性も多く参加しているそうです」
「何?女性もだと?」
「はい、彼女たちも戦闘に参加して戦うのだそうです。それに戦闘が終わった後は集団交配を行い、何時でも出産が出来るようにしているのだそうです」
「……民族大移動かな?」
この時代でも女性が自らの意志で、それも大勢で戦うのは異質だ。
一揆であればまだ分かるが、それでも女性が大量に戦地の前線でやってくるのは異質だ。
特に、資料でも書かれていたのだが……救世ロシア神国軍の女性兵士は捕虜に対しても見せしめとして集団交配を行い、それを敵の前で見せつけるという事をしているという。
これはおそらくイスラムにおける法律として機能しているシャリーアにおける厳格化された性行為犯罪を逆手にとった作戦なのかもしれない。
異教徒、それも大多数がいる前で、オスマン帝国側の兵士が生きたまま捕らえられると集団交配という名の暴力を受けるのだ。
捕らえられた兵士が集団交配に入れられてしまえば、必ず処罰されてしまうし、尚且つ女性側も容赦なくこうした兵士に対して激しく力を振るうのだ。
これにはクリミア・ハン国だけでなく、オスマン帝国側の兵士はその光景を見て常軌を逸した行為であるとして恐怖し、撤退を余儀なくされているという。
「救世ロシア神国軍が破竹の勢いで進軍しているのも分かる気がするよ……」
いずれにしても、ロシア神国軍はとどまることを知らずに進軍していく。
このままクリミア半島が攻略された場合、おそらく史実よりも早くにクリミア・ハン国は滅亡する。
そして飢えた狼のように、集団交配を行う者達の餌食になるだろう。