518:大君主
「まず、私としては戦争という手段は最終段階……滅多な事に使うべきではないと考えているよ。無暗に乱用してしまうと、それは完全に侵略戦争だ。だから私の代では少なくとも、他国の利権簒奪や勢力圏拡大のために戦争をするつもりはない」
「では、お父様がシチリア王国の安定化に向けて兵士を派兵する方針を固めたと以前仰っておりましたけど、あれは普通の戦争とは違うのですか?」
「そうだね。シチリアに関しては難しい質問ではあるが領土拡大や支配権の確保が目的ではないのだよ」
侵略戦争と防衛戦争、そして内戦への介入に関しては戦争に関しても色々な呼び名が存在する。
戦争にも種類があるが、俺としては領土拡大と勢力圏拡大のために行う戦争に関しては行使をしないことにしている。
早い話が侵略戦争の放棄だ。
侵略戦争とは、例えばドイツがポーランドに侵攻した第二次世界大戦の事を示せば分かりやすいだろう。
領土拡大と資源と利権の獲得のために行われる事が多く、ポーランドに侵攻したドイツは、そのまま破竹の勢いでポーランドやオランダ、フランスを下し、ソ連のモスクワまであと一歩のところまで侵攻する事が出来た。
自国の勢力圏拡大を中心に行われるのが侵略戦争ならば、防衛戦争はどういう事を示すのだろうか?
それは、他国が侵略してきた際に自国内で防衛を貫くことであり、ソ連がフィンランドに侵攻した冬戦争が有名だろう。
そして今回……テレーズが指摘したシチリア半島やイタリア南部におけるフランス軍の派兵に関しては、代理戦争といっても差し支えないだろう。
内戦状態に陥っているシチリア王国側からの救援要請を受け取り、その過程で発生している治安維持を名目にした戦争だ。
あくまでも、フランス側が侵略をする意図はない。
友好国であり、欧州協定機構加盟国間で結ばれた外交条約の中に【加盟国が内戦状態になった際には、救援のために軍を派兵することが出来る】と定められている。
条約で結ばれた内容を通じ、さらにシチリア王国側からの要請を受けて行っているので、外交上ではフランスは軍を派兵してシチリア王国の救援をしているという形なのだ。
「シチリア王国政府からの要請に応えて、治安維持出動という目的のために内戦に関して、王国側を援助している。それは分かるかい?」
「ええ、欧州協定機構加盟国内でそういった条約が結ばれているのは知っております」
「あくまでも、国内で革命勢力と過激派の宗教勢力が内紛を起こし、その影響でシチリア王国内でも安全な場所は限られている。シチリア王国側が救援要請をしてきたから、フランスとしては自分達の利権を確保するのではなく、同盟国の防衛という形で介入しているのだよ。そこが侵略戦争とは違うところだ」
「つまり、自国内や同盟国の防衛を主体として行うのが防衛戦争であり、今回のシチリアは内戦となった王国を防衛する目的で派兵している……という事になるのですね」
「そうだ。あくまでも防衛であって侵略ではない。それに、テレーズが嫌っている革命主義思想を持った者達がシチリア島内に潜伏して思想を焚きつけているからね……恐ろしい事だよ」
戦争といっても一括りされるものではない。
特に厄介なのが、侵略されている側は防衛のために兵士を嫌でもリソースを割けなければならない。
一点集中であればそれに越したことはないが、大半の場合は横に伸びきった戦線を縫うようにしているので、突破されないように防衛し、突破されてしまった場合には早急に防衛線の再構築をしなければならない。
「もしも、イタリア半島で革命勢力が権力を掌握してしまったと仮定すると、我が国は二正面作戦を強いられることになる。北のプロイセンに東のイタリア半島……これらの国の国境に張り付かせる兵士だけでも数十万人規模に膨れ上がるんだ」
「物凄い数になりますね……」
「そうだ。まだ半年から一年間であれば軍隊を維持することは可能だけど、あくまでもその規模まで徴兵するとなれば、財政的にも苦しくなるし、賠償金目当てで戦争を起こせばたちまち経済的な打撃が大きすぎる。早い話がこれだけの規模の大国が軍隊を動かすということは、それだけ膨大な軍事費と食費、兵士への給料を毎日支払う必要があるんだ」
軍隊というのは国家の暴力装置であると同時に、防衛力としての国防戦力である。
現在のフランスでは正規軍における常備兵が7万人、予備役軍人を30万人に拡大しているが、それでも人手不足なのが現状だ。
何度か軍大臣や将校の人たちを呼んで兵棋演習を実施したのだが、フランス側の士気や兵器の質が高くても、最低50万人規模の兵士を確保しないと防衛線は維持できないという結論に至ったのだ。
これは地理的要因が大きく関係しているのだ。
「いいかいテレーズ……フランスという国は立地からして攻められやすいのだ……国土の大半が平地であり、森や山もあるけど……一度戦争で防衛線を突破されたら、それを補うために膨大な人的資源を必要とする国でもあるのさ……」
「つまり、フランスは守る上では不利な地形というわけですか?」
「そう言うことになるね。丁度ここに地図があるから開いてみようか……これがフランス、南にはスペインが、東にはイタリア半島にオーストリア、北にはネーデルラントとプロイセン王国に囲まれている。そしてドーバー海峡の向かい側にはグレートブリテン王国がある。我が国は四方向に囲まれており、外交上でも軍事上でも、これらの四方向をカバーしなければならないのだよ」
よく、インターネット上のミームで、フランス軍は弱いカエルの軍隊だとヤジられることがある。
しかし、その要因がフランスという国が四方向に囲まれており、海上から接近する敵を防衛するためには大西洋側、地中海沿岸までを防衛しなければならないし、ネーデルラント方面からプロイセン軍が侵攻してきた場合には、パリまで一直線で攻撃可能なのだ。
特に、フランスが第一次世界大戦の時にパリ寸前まで侵攻され、第二次世界大戦の時には強固な要塞として名高かったマジノ線を突破されてしまったのも、中立国であったベルギーを経由して防衛線の薄かった地域を攻略されたからだ。
それ以前の戦争に関してもフランスは侵略戦争はともかく、防衛戦争では負けることが多かったこともあり、フランスにとって防衛線の重要性は課題ともいえる案件なのだ。
今のフランスに必要なのは人と、多くの味方だ。
「いずれにしても、私はテレーズが大人になるまでには……ヨーロッパから革命と狂信的な宗教を追い出せるようにしないといけない。テレーズ、勉学も大事だが……やはり、信頼できる人を多く頼りなさい。いずれ、私も老いて権力を譲る時が来る。その時までに、テレーズは学友を含めて……沢山人と交流をしておきなさい」
史実では頼れる人が殆どいなかったこともあって、政治の都合で振り回された人生を歩んだテレーズ。
俺の発言に、ピンとくるものがあったのか、深く頷いたのであった。




