503:ヴェルヘルム2世
「何……フリードリヒ2世が崩御なされたのか……」
「はい、たった今入ってきた情報です。フリードリヒ2世は先月27日にサンスーシー宮殿にて老衰の為、崩御なされました……」
「ふむ……政治的にはプロイセン王国とは対立関係ではあったが、大王と名乗るに相応しい人だったな……もし、会談が出来ていたら一度じっくりとお会いしたかったな……」
プロイセン王国を牽引してきたフリードリヒ2世崩御。
近世において、彼は軍事的才能もさることながら、美術や音楽などの芸術などにも長けていた人物だ。
その人物が先月の末に息を引き取ったそうだ。
彼を一言で表すならば文武両道だ。
軍事的才能にも恵まれており、芸術や音楽の知識も豊富。
本当に隙が無いほどに強い人だった。
彼がいたからこそ、プロイセン王国やその後のドイツ帝国の礎が築かれたといっても過言ではない。
現代ドイツでも彼の事をフリードリヒ大王という尊称が使われるのも、そうした偉大な功績があるからだ。
(いや……ホント、会おうと思えば会えたかもしれない人物だった……惜しい人を亡くしてしまった……彼に会えばまた違ったかもしれないな……)
……史実より一年ほど早い崩御となったわけだが、彼には子供がいない。
王位継承権がある息子のヴィルヘルム2世が次の王になるはずなのだが……。
少々彼の経歴が厄介なのだ。
とにかく女性関係が派手で、平民の娘とできちゃった婚ならぬ、子供できちゃったから平民だと釣り合わないので爵位あげるわ!をやったせいで物凄く国民から不興を買っている人物である。
「彼の後任はヴィルヘルム2世のはずだが……。彼について女性関係以外で何か情報は入ってきているか?」
「はい、神秘主義に傾倒しており……特に、政治顧問に薔薇十字団のトップの人物を置いていることから、事実上これらの薔薇十字団による政治的・文化的影響を強く受けているものと推測されます。近年莫大な予算を編成して、プロイセン王国や領邦各地に城壁を作り上げているのも、薔薇十字団による『賢者の帰還』を実現するために行っている一環だとしています」
「……薔薇十字団かぁ……確かにヴィルヘルム2世は女性関係も派手なのは知っているけど、その薔薇十字団にのめり込んでいるのは少々厄介だな……」
「ええ、現在プロイセン王国や各地の領邦は閉鎖的な国家になりつつあります。軍事的に対立していることもそうですが……かの薔薇十字団がプロイセン王国で堂々と権力を振るっており、教義なども”従来のキリスト教の価値観の打開、及び教皇制の廃止”を訴えておりますので……宗教的な問題なども絡んでおり、現在情報収集を急いでおります」
元々、薔薇十字団というのは近世頃に生まれた哲学を重視した秘密結社の集まりであることは知っている。
錬金術師を多く輩出し、その多くが裏社会……ひいては第二次世界大戦頃まで暗躍しており、第二次世界大戦時にはフリーメーソンとも協力体制にあったのではないか?と噂されている組織だ。
詳しい実態までは分からないが、フリーメーソンが石工職人達の作ったギルドが元になったとすれば、薔薇十字団に関しては当時の科学研究を担っていた錬金術師たちが、不老不死の研究を実施するために秘密裏に作られた会員制クラブだったのではないかと言われている。
そして、キリスト教の中でもプロテスタント系に分離したとされる為、教皇制を廃止にしてプロテスタント系のキリスト教教義を重んじるヨーロッパの体制づくりを目指しているのではないかとされている。
未だに存在そのものが実在したのか謎に包まれている秘密結社のうちの一つである。
「薔薇十字団の活動としてはどんな事をしているのかね?」
「手元にある情報では、主にプロイセン王国内における蒸気機関の促進と、全国土の城塞化による徹底した防衛線の構築を掲げているそうです。既にプロイセン王国には新規に多くの蒸気機関製造工場が建設され、その多くが軍用として動員されているそうです」
「うむ……教皇制の廃止を訴えているのであれば……最終的にはカトリック系の国家への侵略なども考えているかもしれないな……いずれにしても、このまま放置しておくわけにもいかないな……」
もし、ヴィルヘルム2世が薔薇十字団の言いなりになっていた場合、薔薇十字団の目標である『賢者の帰還』を実行しようとするだろう。
今すぐというわけではないにしても、彼らの言う賢者の帰還が戦争によるリセットを強引に引き起こす可能性もゼロではない。
(どの道、対立は避けられないだろうな……それにしても、かのヴィルヘルム2世がここまで傾倒していたとはな……史実でもあの人薔薇十字団のメンバーじゃなかったっけ?フリーメーソンと違って資料がないから殆ど分からず仕舞いなのが厄介だな……参考資料が無いんだよ……マジでない)
フリーメーソンが現代で知名度が高いのも、友愛や社会奉仕活動として表立って活動していたからであり、アメリカの大統領や、日本の財政界を牽引してきた人物も、こうしたフリーメーソンとの繋がりがあった為、知名度が高く、歴史も長いので記録が多いのだが……秘密結社として地下に潜っていたとされる薔薇十字団を知っている人はこの時代を含めてもかなり少ない。
相当情報通であったり、オカルトなどの怪しい情報からしか入手できないのだ。
ましてやこの時代ですら、薔薇十字団の存在はほぼ『都市伝説』と化していた存在なので、この都市伝説であったはずの神秘主義の秘密結社が実在し、且つ政府の中枢にいることが判明したとしても、どんな事をやっていた人物なのかが特定するのが難しいのだ。
いずれにしても俺のいた世界では、薔薇十字団とはフィクションに多く登場する組織であり、小説やアニメ、ゲームなどにも時折、チラリと登場する程度だ。
転生前の記憶などをチェックしているが生憎フィクション関連でしかヒットしないのだ。
「デオン……彼らの主張している『賢者の帰還』は、ヨーロッパの地図を塗り替えることを目的としているのかね?」
「賢者の帰還は、あくまでも国内の世論をまとめ上げるためのブラフかもしれません。賢者といっても、薔薇十字団の創設者の所在は不明ですし、フリーメーソン関係者に問い合わせをしましたが、確かにその団体が活動を行っている事は認知されてはいるものの、活動内容までは具体的に明らかになっていないのです。徹底した秘密管理の元でやっているのでしょう」
「そうか……フリーメーソン関係者ですら、彼らの深い実態についてまでは不明か……」
「はい……ですが、救世ロシア神国や、平等統一主義者のような極端な教義でもないですし、かの狂信的な教義に比べたらまだ、フランスとしては『話し合い』が出来る相手であると考えます。まだ、麻薬を使って人々を溺れさせたり、過激な思想主義に則って階級制度の廃止を訴えているわけではないので、ヴィルヘルム2世がその思想に傾倒していても、我々としてはまだ『交渉』が出来る相手であると見込んでおります」
「ふむ……あの狂信的な宗教や思想家連中に比べたらまだマシというわけか……一度彼らとの交渉をしてみるのも考えておくべきかな」
そして何よりも恐ろしいのが、神秘主義結社であったとしても、狂信的な宗教国家や、暴力的な平等主義思想よりも、まだ対話が可能な理性的な国家であるという事だ。
つまりは、彼らはまだ話し合いが可能な相手であり、戦争を起こす前に十分に話し合いの場を設けることが出来れば、戦争が回避できるかもしれないというわけだ。
秘密結社のほうが前者の二つの過激派よりもマシという、少々頭を抱えるようなシチュエーションではあるが、かのプロイセン王国との首脳クラスの対談の実現に向けて、少しずつではあるが水面下で行うようにとデオンに指示を出したのであった。




