501:電波
戦争に関する話題と並行して、実はフランスでもより高度的な技術革新に関する話題がもう一つ上がってきている。
それはライデン瓶を使ったパリ全域をカバーできる広域通信システムの構築計画である「ソレイユ計画」について、第一段階が完了してパリ市内での通信に成功したというニュースが入ってきているのだ。
勿論、これに関してはまだ機密情報に含まれている為、一般向けには『電流送電実験』という名目で行われたというだけであり、詳しい説明がされてないない代物となっている。
あくまでも送電実験であり、通信実験であることは伏せられているので、国土管理局や科学アカデミーと協議した結果、送電実験を行ったとする事に留めてあるのだ。
『パリ市内で1キロ間隔で設置された電流送電装置の稼働実験が行われ、フランス科学アカデミーでは送電に成功したと報じております。予め蓄電されていたライデン瓶から電力を送るこのシステムは、将来電力によって気温の調整や、ランプやロウソクなどの代わりになる照明器具、さらには病気などの治療に役立てるのではないかと科学者の間で議論されている技術だけに、今回の実験ではフランスの科学技術を象徴する偉大な実験になったとコメントを発表しております』
パリ大火によって焼けてしまった復興通り沿いに建設された建物で行われた今回の実験は、イタリア半島への支援という一大ニュースがメインとなってしまったため、そっちよりも話題にはならなかったようだが、それでも実験の一つである送電実験に関しては公表されていたこともあり、送電実験が成功したというニュースは報じられた。
送電実験に参加したのは摩擦力の研究を行っているガスパール・ド・プロニーや、世界初の二酸化硫黄の液化実験を成功させたガスパール・モンジュといった物理学者や工学者といった研究者が主導になり、遠距離向けの送電実験を行ったのだ。
遠距離といっても、パリ市内の区間程度であり、携帯電話みたいに数千キロ離れた場所から通話などをしたわけではない。
ライデン瓶に蓄電した充電器を使用し、予め定めていた電気信号を送信。
その送信された電気信号を、もう一か所市内に設置された受信所にて、発信された電気信号を読み解くというものであった。
現代のモールス符号のような方法で相手の信号を読み解くように作られているため、送電された電気信号から読み解くことが出来たのは「Bonjour」の最初の7文字だけであったが、それでも送電実験に関しては成功したと言っても過言ではない。
『現在フランス科学アカデミーではパリ大学を拠点に、多くの物理学研究の実験が行われております。ライデン瓶を改良した蓄電装置システムや、銅線を使った放電実験まで……様々な形で今後の市民生活に役立てるように日々、研究が進められております。国王陛下による主導の元、フランスの科学力増強に向けた研究開発はより一層進んでいくでしょう』
これは史実以上に技術革新が進んでいる証拠であり、史実での送電線構築が19世紀中頃であったので、今回の実験は実にそれよりも半世紀近く進んだわけだ。
フランスの科学技術もドンドンと進化している。
俺が関与しなくても、この時代のフランスの科学者は取り分け優秀な人材が多く揃っているので、その分掛かる実験や費用に関しては政府が出資しているという事もある。
「しっかりと投資を行い、実験に失敗しても責めずに開発を続けられる環境作りがやはり大事なんだよなぁ……かの発明王のエジソンも電球を完成させるのに2万回以上も実験を繰り返しているし……そうした探究心というべきか、実験をしてもプレッシャーを与えない環境が成功への一歩なんじゃないかな」
フランスの科学力は確実に上がってきている。
フランス科学アカデミーで出資されている資金の大半は、汚職を行った貴族や聖職者から没収した資金を使用しており、現在ではそうした没収資金の大半を使い込んだものの、税収が上がった上に国費に関してもゆとりが生まれたこともあり、今後もフランス科学アカデミーに投資と資金提供に関しては金額を上げていくつもりだ。
それまで宮廷内での権力闘争等に使われていた政治資金などは全て、こうした科学力の発展の為に莫大な金額を投じることになった。
国家予算で貴族などから課税した税金などを投じて実に5%近くを科学技術に貢献するために投資したのが功を奏したというわけだ。
基礎研究力が高ければ高いほど、その国が維持できる技術やノウハウが多く取得できる。
これを維持し続けることがフランスが将来でも栄える事が出来る方法でもあるのだ。
「これだけ技術革新が進めば、蒸気機関と組み合わさったスチームパンク風の世界へと変わっていくだろうなぁ……すでに基礎技術に関しては下地がある状態だし、恐らく史実とは違った技術の進み具合になっていくんだろう……」
そう、史実では蒸気機関よりも石油などの内燃機関の開発が盛んになったこともあり、蒸気機関を発展させた世界にはならなかったが、この世界では恐らくスチームパンクのように、蒸気機関を主軸とした技術発展が見込まれるものと推測される。
既に、大型蒸気兵器である「アルテミス」が北米で配備されている現状、こうした蒸気機関を元に作られた兵器や武器の開発なども盛んになってきているからだ。
蒸気機関を主軸とする兵器開発に関しては、空気銃なども我が国では実戦配備が進められているが、北米複合産業共同体などの新興国家が開発に力を入れているという情報が入ってきている。
先のカリブ海戦争において、アルテミスの弱点というべき足元への攻撃や、側面装甲はほぼ皆無なのを克服するために改良が行われているという情報もある。
北米大陸においては戦争後の港湾租借地を拠点として貿易の輸出入において、フランスやスペインなどが優先的に貿易を行える権利を獲得していることもあり、必然的に北米大陸への工業力や技術力に関する情報が入ってきている。
つまり、我が国は技術戦争において既に優位に立っているものの、北米連合の後釜になるであろう北米複合産業共同体との対決では、どのくらいで彼らが国力を増大させるかが焦点となっている。
「アメリカが独立してから僅か150年ほどで世界有数の経済大国になった歴史を踏まえても、あの土地は工業立地、資源立地、畜農産物立地……すべてにおいて優秀なんだよなぁ……まさにチート国家に相応しいんだよなぁ……」
そう、アメリカが超大国になれたもの自前で資源や農作物を自給自足できるだけの分を確保し、工業化に必要な機材などを生産できる技術力を有していた。
これに尽きるのだ。
あの国が独立を果たしてから150年足らずで世界の超大国に昇り詰めることが出来たことを鑑みても、北米複合産業共同体との対決は、そう遠くないうちに起こるだろう。
いずれ欧州全体の不安要素を取り除いてから、かの国との決戦が起こるはずだ。
その時には、俺は自分自身の命を賭けてでも……決戦に備えなければならない。
その為の準備も遅くとも来年までには開始するつもりだ……。