487:再征服
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1784年11月1日
フランス ヴェルサイユ宮殿
こんにちは諸君、ルイ16世だ。
もう自己紹介でルイ16世であることをアピールしている事についてどう思っているか尋ねてほしいとおもうが、そうやって尋ねてくる人はいないので、普段通りに生活している。
普段通りといっても、最近は仕事をセーブした状態でいるので、殆どの業務は首相や閣僚に任せている。
やはり、無理が祟ってしまったようだ。
医師からは絶対安静にしてくださいと釘を刺され、アントワネットに関しては滅茶苦茶怖い顔をして、お説教を食らってしまった。
「オーギュスト様……私が怒っている理由は分かりますか?」
「はい……分かっています」
「お願いですから、これ以上無理をしてしまうとお身体が持たなくなりますよ!お仕事に関しては私たちで出来ることはやっておきますから、今は休んでいてください」
こればっかりは自分でも反省しなければならない。
下手したら自分の命が死んでしまっていた可能性もあるからね。
多分次無理したら身体が死ぬと思う。
冗談抜きで……。
弟のスタニスラスがシチリア王国で発生するであろう動乱に対して、軍部から色々と意見を聞いたうえで、最終確認として作戦の実行の有無について俺に裁量の許可を行うという形になったので、俺の手元に来るのは簡素化された書類だけだ。
首相が書類を持ってきてくれるお陰で、かなり意見なども述べやすいのが助かっている。
「オアーズ川とセーヌ川の合流地点における洪水対策として治水工事……及び老朽化した橋を国営企業による解体と新しい橋の建設に関する承認……今日はこれだけでいいのか?」
「はい、その治水工事と橋の建設は国家事業となっておりますので、最終的な承認として陛下のサインが必要になっております」
「そうか……分かった。書類に目を通しておこう」
川の治水工事と橋の建設に関わる事らしいが、やはりこうした基礎インフラに関しては国家が主導してやったほうが良い。
特に川の合流地点というのは地理学的にみても川が氾濫を起こしやすく、堤防が耐え切れずに破壊されてそのまま下流に渡って甚大な被害を及ぼすことがある。
2010年代後半から日本各地で台風や豪雨によって引き起こされた災害の大半が、こうした大雨が絶え間なく降り出したことによって発生した川の氾濫によるケースが多い。
自治体でも出来ないことはないが、数十年、数百年に一度起こるであろう大災害に備えるために大規模な治水工事が必要と言われても、そうした治水工事や橋の立替には莫大な費用を有することになり、住民たちは税金の無駄遣いをするなと反発するだろうし、後になってそうした大災害が起こった後で、なんで対策しなかったんだと抗議しに来ることがあるのだ。
勿論、ゼネコン大手と結託して国からの補助金ちょろまかしていましたと不正資金の流用をしていたケースなどもあるが、基本的に大規模な工事になればなるほど、工事に掛かる費用や人件費なども嵩み、国が主導的な立場で工事を行った方が早いのだ。
点検費用だって大きなものであれば自治体の負担になるし、国が積極的に開発を行ってやったほうが保守点検なども怠らずに済むだろう。
特に治水工事に関しては建設してから数百年後でも活用されるので、こうした事業は大いにやっておくべきだろう。
(一般的な知識とかしかないからなぁ……大好きだった街づくり開発シミュレーションゲームだと、汚水を流す下水処理場を、飲み水をくみ上げる飲料水用水場の上流に設置したら大変なことになったことあるけど……実際にはちゃんと計画して都市計画を設計するから、そうした問題が起きにくいようには作られているはずだ)
さて、今回の治水工事と橋の建設費用はおよそ900万リーブル……。
川の合流地点ということもあり、費用は合流地点の治水工事としての護岸工事が700万リーブル、橋の建設費用が200万リーブルとなっている。
費用としてはそこそこ大きい金額ではあるが、それでも少々不安な点がある。
それは工事の距離に対して整備が少ない気がするのだ。
今回の治水工事は約2キロ程の距離に新しく堤防を作る予定なのだそうだが、それでもパリを流れているセーヌ川を治水する上では、もう少し距離を長くしたほうがいいのではないかと思うのだ。
この先の下流域はUの字みたいにくねくねと曲がっている流れを形成していることもあり、恐らく大雨が降った際には真っ先にこのU字型の部分に水の塊が押し寄せて護岸を突破するだろう。
それに、橋の幅が少々狭いように感じる。
パリ近郊ということもあってか、ここは人通りの多い場所でもあるので幅をもう少し大きくしたほうが良い。
計画書では新しい橋の幅は3メートル程らしいが、それでは片側一車線の道路よりも幅が狭い。
日本の道路における車幅は片側3.5メートル前後と言われているので、それよりも狭いと将来的に自動車が普及する社会となったときに、車幅が3メートル程だと車一台がギリギリ通れるぐらいの幅になるだろう。
将来を見据えるなら、幅を7メートルにして片側一車線ずつ通れるぐらいにしないといけないだろう。
軍隊の砲兵などを移動する際にも移動しやすいように、最低でもあと1メートル程拡張してほしい。
俺はその旨を首相にできないか尋ねた。
「ふむ……必要な費用は900万リーブルか……しかし、900万リーブルでは少々不安だな」
「……と、おっしゃいますと?」
「治水工事というのは決して手抜き工事をしてはいけないんだ。しっかりと堤防を固めてカーブになっている場所や合流している場所を中心的にやっておかないと大雨による洪水被害が生じたケースもある……それに橋の幅ももう少し拡張したほうが有事の際の軍事行動もしやすくなるだろう。念のため、予算をあと500万リーブル上乗せして、堤防の延長……それから橋の幅をあと4メートル程拡張をお願いしたいのだが……出来そうか?」
「はっ、内閣で十分に検討しておきます」
彼は報告書を持って再度検討して参りますと答えてくれた。
予算としてもあまりお金を掛け過ぎてしまうとオーバーしてしまうことになるので、増額しても問題ない金額を提示したのだ。
今のフランスの経済力であれば、多少の予算超過でも問題なく機能するのでありがたい。
これが史実フランスであれば、借金地獄で首が回らないレベルで国債発行するという事態なので、遠からずに経済崩壊ルートまっしぐら。
革命コースとなってしまうだろう。
(これも改革の賜物かな……経済が豊かになった証拠だよ)
仕事の量でいえば、今まで行っていた量の十分の一程度だろうか。
俺の裁量が必要な書類と、極めて重要な報告書に目を通す仕事となり、午前10時から正午ごろまでには終わるようになった。
それからは自由時間というが、いろいろな事に顔を出しておかなければならない。
何よりも、先のカリブ海戦争において散っていったフランス兵の追悼式典が今日の午後5時からノートルダム大聖堂で行われる予定だ。
それまでに自由時間を使ってヴェルサイユ宮殿内部の見回りを行うことにしたのである。




