485:連合国の瓦解
★ ★ ★
1784年6月30日
北米連合国 首都フィラデルフィア
カリブ海戦争に敗れて敗戦国となった北米連合国だが、未だにアメリカが敗北したことを信じられない者たちが集まって、国会議事堂前に集まって政府への徹底抗議を唱えていた。
「俺たちは負けていないぞ!」
「そうだそうだ!キューバにサン=ドマング……カリブ海の大部分を占領していたはずだろ!」
「俺たちは何度でも戦える!ヨーロッパを征服することだって可能だ!」
「議会は抗戦派を追い出した!これは許されないことだ!」
多くの白人労働者が詰めかけており、その大半が農地経営などで利益を得ている投資家や地主が動員した抗議運動であったために、政府としても公に彼らを排除することは出来なかった。
もし、彼らを排除すれば北米連合を経済面で支えている支配層が今以上の反発を招く恐れがあったからだ。
そして、そうした抗戦派の主たる議員などもこうした経済力の強い支持者からの支援を受けていることもあり、議会の半数近くが戦争継続に賛成していたのだ。
しかし、彼らの大半がこの戦争継続を問う議決に参加できなくなったのだ。
理由は簡単だ。
議会での参加資格を無くしたからだ。
議会を去ったジョージ・ワシントンが最後に行った終戦工作によるものであった。
「何……議員資格の剥奪だと……?!どういうことだ!」
「テネシーやアトランタの議員も同様に議会への参加資格が停止されたぞ!理由を見てみろ!」
「何々……『貴殿らは、大規模な汚職疑惑と資金の不正利用を行った形跡が発覚した為、本日をもって議員資格を剥奪する』……だと!」
「クソッ、ワシントンの奴め……辞める時に俺たちまでハメやがったのか!」
これをジョージ・ワシントンの後継として権力を移行したジョン・ハンソンがヨーロッパ側との和平交渉に有利にするために、戦争継続を支持していた抗戦派の議員に対し、これ以上の戦争継続は北米連合全体の経済を破壊するとして、彼らの中でも素行に問題があったり、汚職や不正資金流用などをしていた議員を逮捕ないし辞職処分に追い込み、議会において議席を減らす終戦工作を敢行したのである。
地主や投資家と癒着していた議員を調べ上げることは容易いことであった。
彼らの大部分は、隣国となりつつある北米複合産業共同体への農作物の出荷で大儲けしていたのだ。
国内で売りさばくよりも、国外に売った方が金になる。
国内には税金として納める分だけを売り、それ以外は全て北米複合産業共同体に売るだけで、膨大な農地を購入し、さらに金で地方議会での発言権が得られるほどの利益を生み出すのだ。
その際に儲けていた地主や投資家の大半は、不正資金として様々な方法で脱税行為や、地方議会への癒着を繰り返していたのだ。
勿論、そのことをワシントンは知っていたこともあり、これを利用して連合国の中央議会でも発言権を持っていた彼らを締め出すことにしたのだ。
ワシントンとハンソンはこうした証拠を根気よく集めて、有利な講和が可能な期間までに地方議員の中でもテネシーとアトランタで有力で中央議会でも発言権のあった議員39名の追放を可能としたのだ。
「汚職と不正資金を流用していた議員の追放……ここまでは問題ありません」
「ええ、以前より彼らのことは問題視しておりました。ボロが出て追放されると思っていましたが、思っていたよりも時間が掛かりましたな」
「確実な証拠を確保するために奔走していたんですよ。それに、彼らは我が国よりも北米複合産業共同体に協力的でしたからね……」
「終戦工作とはいえ、彼らを完全に消すことが出来ないのが歯がゆいですな」
「流石にそれをやってしまうと中央の議員も報復として殺害されるよ。追い込みすぎては我々の身も滅ぼしかねない」
この終戦工作活動によってヨーロッパ側の主張を全面的に認めるために戦争の停止を求めていた休戦派の議員らを使って賛成多数の採決案を行い、和平を行ったのである。
そう、ここまでは北米連合側としても有利な条件で終わらせることができたのである。
ワシントンは責任を取り辞任という形をとり、後任のハンソンが政府を率いている。
未だに地方政府をはじめ綿花栽培などが盛んな南部地域ではこうした議員の力が強いが、既に現実において敗北を期したことを悟った講和派は、こうした合法的かつ理に適っている手段を使って彼らを議会政治の世界から追放したのだ。
これにより、北米連合ではハンソン議長兼大統領代行による講和派主導の元でカリブ海戦争の後処理を粛々と行うつもりであった……。
問題はここからであった。
議会で悩ませているのは、膨大に残された借金についてであった。
既に国全体の歳入3年分の戦費をつぎ込んで挑んだ戦争だけに、フランス軍による軍港並びに港湾部へのロケット攻撃は甚大な被害をもたらし、復興へのプロセスが長期間するのは確実であった。
「既に我が国は今回の戦争で多くの戦費を公債によって賄っておりました。その返済について現在の経済能力では完全返済までに約50年以上はかかる見込みです」
「そして、これは戦費の公債だけの数字であり、ヨーロッパ各国への賠償ともなれば、これより更に加算されることになります」
「ざっと、港湾部の復興と、新しく出来た欧州協定機構加盟国の租借地だけでも今後の北米連合の利益は大きく減少していくでしょう。その状態だと早くて1世紀……長引けば西暦2000年になっても借金の返済に追われる事態となるでしょう」
そう、北米複合産業共同体に貸し付けた借金だけではなく、賠償金や沿岸都市部の租借地などで北米連合の経済は大きく傾いているのだ。
それまで地主や投資家たちで儲けていた土壌が一気に崩れたことにより、経済状況も大幅に悪化している状態で、上半期における北米連合内部の投資や金融面での経済状況は前年比に比べて-7.9%と、大幅に下落しており、経済的な恐慌状態が発生しているに等しい状態なのだ。
ハンソンの元に届けられる情報は、どれも中央政府へ見切りをつけた地方政府による反乱準備の兆しすら見え始めている。
「小麦の値段は先週に比べて1割増し……野菜やイモ類も3割増しと価格の高騰が相次いでおります」
「地方政府が中央政府への農作物の納品を拒否しております。正規の値段よりも異常に安く買い叩いている現状では受け入れられないと……」
「投資家たちも中央ではなく地方政府……フロリダ辺りに投資を加速させております。抗戦派の中でも大多数が所属している地域ですな」
「中央と地方の対立か……このままでは、そう遠くないうちに内戦になるな……」
経済が恐慌状態となっている現状……内陸部の方では中央議会から追放された地方議員主導の元で、北米連合からの離脱と、北米複合産業共同体からリースされた蒸気兵器の私物化が進められていたのだ。
中央議会の権限が失墜しており、多くの民衆も中央議会……ひいては国の中央政府への反発心が根強くなってきているのだ。
議事堂外で抗議活動をしている民衆がいい例だろう。
圧政者であるグレートブリテン王国を追い出した北米連合ではあるが、その経済・政治基盤は脆弱であり、早くも無謀な戦争によって引き起こされた後遺症によって、人々の感情や思想はバラバラに砕けてしまっている。
もはや両者の対立は致命的な問題へと発展しており、関係修繕は不可能な状態だ。
近いうちに内戦になることは避けられない。
ハンソンは難しい決断を迫られるのであった。




