479:無秩序
☆ ☆ ☆
1784年6月10日
ヴェルサイユ宮殿 国土管理局 第三会議室
第三会議室……ここに入るのはいつぶりだろうか。
対北米連合との戦争に備えて準備を整えていた時に使った記憶があるが、その時に比べると今回の面々は軍人をメインに会議を行う。
アントワネットは産休を使っており、第二王子のシャルルの面倒を観ている。
この会議が終わったら、アントワネットとシャルルのところに顔を出す。
とはいえ、呑気に会議をするわけにもいかないので、勿論のことながら全力で公務を務めるつもりだ。
会議室の中に足を踏み入れると、すでにイタリア半島の地図が大きく机の上に置かれていた。
国土管理局局長のデオン、陸軍大臣のクロード=ルイに海軍大臣のロシャンボー、それから各陸海軍の将官クラスの面々が揃って着席している。
これから行われるのは、フランスの友好国における軍事作戦に関する内容であり、絶対に他所に漏れてはいけない内容だ。
全員が国王であるルイ16世が入ると同時に起立して敬礼している。
俺も勿論返礼して着席を促す。
「全員揃っているようだな。席に座って楽にしていいぞ。デオン、クロード、ロシャンボー、手筈通り初めてくれ」
「はっ、では手元にある地図をご覧ください。これより、南イタリア地域に存在している『新市民政府論』を元にした歪な『平等統一主義』の一派並びに、既存の宗教を逸脱した異端の救世ロシア神国の影響を強く受けた『天国救済教』の本拠地、及び拠点の完全なる掃討を行う作戦についてご説明いたします」
バラバラになっているイタリア半島を統一するための第一歩……。
そして、イタリア半島において共通の敵を作り、団結させるために生贄となった政治団体と宗教団体を根絶させるための戦争を行うことを決定したのだ。
史実より二世紀ほど早い共産主義のような思想を刈り取る時が来た。
スタニスラスには、この行いについて【最高責任者はルイ16世である】と明記してくれた。
(ありがとうスタニスラス……これで何かあった時でも俺が責任を全うできるようになった……そして、この狂気が満ちあふれてきた世界を、叩き壊す先陣をきることが出来そうだ)
後世の歴史家がどんな評価をするのかは不明だが、少なくともこれから掃討する団体については、悪行などを既にスパイによって下調べが済み終わっている。
後になって実は平和団体でしたとか、彼らの殉教的行為を英雄視するようなことだけは絶対に避けたいので、暴発する手順を予め設定してあるのだ。
デオンがその手段と彼らが起こすであろう行動の説明を行った。
「まず、来月の7月5日に平等統一主義を掲げている団体がシチリア島各地で大規模な蜂起が発生する予定です。これは、潜入しているスパイからの情報でほぼ確定事項となっております。彼らは複数の共同施設を保有しており、そこで密造銃などを製造し、多くの武器・弾薬の類を独自に生産しております。彼らの思想と行動が凶悪かつ残忍であるため、両シチリア王国はこの蜂起が発生した際にフランスに救援を求める事になるでしょう。その際に近海を航行しているフランス海軍はマイソールロケットを使用した艦砲射撃を行い、撤退する両シチリア王国軍の援護と、沿岸部の防衛に当たってください」
平等統一主義は、その名の通り極端な平等主義実現のために行動をしている新市民政府論から派生した政治団体である。
史実のシチリア蜂起よりも共産主義の思想が色濃く出ている団体であり、彼らが行おうとしている平等主義というのは、王族や貴族をこの世から抹殺し、自分達よりも富を得ている者達への懲罰行為を正当化するような内容なのだ。
「繰り返しますが、彼らはグレートブリテン王国内戦の時にその猛威を振るった新市民政府論よりも更に過激な思想を保持している団体です。シチリア島並びに南イタリア地域においてその草の根運動は着実に広がっており、ここで絶やさなければなりません。彼らの最終目標は現体制と階級の消失と、王族や貴族だけでなく、富裕層の庶民層をこの世から抹殺することを考えている過激かつ放置すればフランスにも波及し兼ねない脅威であるのは間違いないでしょう」
両シチリア王国は今現在危機的な状況に置かれている。
このような状況下において両シチリア王国はイタリア半島の統一のために、意図的に彼らを暴発させることへの許可を出してくれたのだ。
王室は秘密裏にではあるが、既に安全な地域に退避させているので初手で王宮が攻撃されて王族が全滅するという事態だけは避けるつもりだ。
勿論、このことは公に出ることはないだろうし、出るとしても何十年……いや、何百年後に公文書が発見された時にこのことが載るかもしれない。
「現在確認出来ている平等統一主義の加盟人数は1万4000人……各農村部を中心に団結したコミュニティーを結成しており、彼らの多くは農村部だけではなく、山間部の洞窟や廃城跡に複数の拠点を持っていることが確認されております。赤い丸印の付いているところが彼らの拠点です」
シチリア島の地図には、複数の箇所に赤い丸印が記されている。
これは平等統一主義の一派が潜伏されているとされる拠点であり、彼らはこれを『チェントロ』と呼んでいるらしく、これらの拠点には数週間から数か月もの間行動が出来るだけの食糧や物資が詰め込まれているという。
中には廃墟だった城跡を買い取って改装して要塞化した拠点もあるらしく、一筋縄ではいかないだろう。
一人の海軍将校が手を挙げて発言を求めた。
「海上からの砲撃を行うとありますが……具体的には北米連合の港湾地域を襲撃した時のように行うという事ですか?」
「その通りです。シチリア島を囲むように艦隊を布陣させたのち、沿岸部の拠点から砲撃を行い、彼らをシチリア島の内陸部へと押し込んでもらうのを海軍にお願いしたいのです。海上へ逃げるルートを遮断し、内陸部に追い詰めてから陸軍による包囲殲滅戦を開始します」
シチリア島における平等統一主義を倒す為に、シチリア島を彼らの墓標とすることが決定された。
やっていることは思想の根絶戦争のようなものであり、これが現代なら確実に「いくらなんでもやりすぎだ!」と言われるようなやり方かもしれない。
しかしながら、王政打倒だけではなく、極端すぎるポル・ポト政権のような原始共産主義みたいな思想を掲げている団体がいる現状、将来のヨーロッパ地域の安定を考えたら、確実に潰さなければ未来はないのだ。
包囲殲滅戦と謳うだけあって、容赦のない砲撃と虱潰しの如く家や拠点を一つずつ隈なく破壊するだろう。シチリア島の中央部は無人地帯になるかもしれない……。
北米連合戦において既に在庫の大半のマイソールロケットを消費したが、その戦争で使われた量と同じ分のマイソールロケットを使用するつもりだ。
それに、戦場はシチリア島だけではない。
もう一つ……南イタリアに点在する救世ロシア神国の影響を受けたカルト教団、天国救済教を壊滅するべく、こちらはオーストリア軍、サルデーニャ王国軍の欧州協定機構軍の陸軍による一斉摘発が開始される。
こちらも、平等統一主義同様7月頃に魂の救世を掲げて蜂起を起こすという情報が入ってきているからだ。
陸海軍……そして南イタリア地域で繰り広げられる戦争が刻一刻と迫っているのだ。




