440:反撃開始
来週の2月15日にコミカライズ版が発売するので初投稿です
戦況結果からして、フランスを中心とした欧州協定機構加盟国の軍隊は戦いを有利に進めているだろう。
虚偽の戦果報告だらけになってしまった大本営発表だけはするなと厳命しているので、戦況報告は少々古い情報になってしまうが、確実にこの日はこの戦域まで取り戻したとか、主力部隊はここからこの辺りに移動していますという報告を受けている。
「……ところで、カリブ海の状況はどうなっている?」
「はいっ、現在キューバ南部地帯並びにバイー・デュ・モール湾の奪還に成功しております。北米連合軍は盗賊団のようなやり方で戦略物資などを全て現地調達や鹵獲品等で賄いながら進撃を続けておりました……それ故に補給を維持できなくなっていた場所から次々と孤立した為、欧州協定機構加盟国軍が隙を突いて要所を攻撃して奪還した所存でございます」
「ふむ……北米連合軍も少なからず兵力を保持していたはずだが……やはり侵略戦争で躓いたのか?」
「おそらくですが……北米連合軍の主力部隊は民兵で構成されております。正規軍のような統一されたやり方ではなく、各州によって規律などがバラバラであり、軍内部の統制が上手くいっていない可能性があります。」
「内部の統制が上手くいっていないのか?」
「各州によって軍規がバラバラであり、戦略物資以外は州独自のルールを決めているそうです。元々各州に配備されていた民兵組織ですから、州によっては州政府よりも民兵組織の権限が大きい地域もあり、そうした州出身の兵士の多くが独自のルールで押し通しているという報告を受けております」
スパイ行為などは上手くやっている割には、肝心の自軍に対する軍の規律の統制が上手くいっておらず、各州で独自に定めた軍規に従って行動しているという。
元々民兵組織が集まって出来上がった軍隊ということもあり、制服は青色に統一こそしているが、その実態はそれぞれの部隊が独自の判断で作戦を実行しているという点だ。
これは中央政府から分断されてしまったり、孤立した場合でも非正規戦闘等では強いのだが、集団行動を旨とする国家規模での軍事作戦には向いていない編成だ。
ただ、前例がないわけではないし、現代でも中国の人民解放軍や北ベトナム軍、キューバ革命軍なども元々はゲリラ組織から成り立った軍隊だ。
それでもこうした軍隊はゲリラ組織であっても軍の内部は統一されたものにしないと、軍閥化してしまうことが多い。
その代表例を挙げるとすれば中国やアフガニスタンだ。
史実の日中戦争時においても中国には国民党以外にも、雲南派や広西派といった各地方の軍隊が中央政府から離脱してそのまま軍閥化して事実上の国家となっている例も存在している。
現代では中国大陸全土を支配している中国共産党も、日中戦争時にはソビエト連邦から支援を受けていた地方軍閥の一つに過ぎなかったのだ。
アフガニスタンも同様に、ソビエト連邦がアフガニスタン侵攻後に撤退した後、アフガニスタン内部は政治闘争と軍閥化によって国内は大きく混乱し、イスラム原理主義を掲げたタリバン政権が樹立する中で、北部カシミール地方を拠点とする北部同盟がタリバンへの抵抗を続けた。
アメリカによるアフガニスタン侵攻後にアメリカ主導の元で民主主義的な政権が樹立したが、軍内部の汚職と政治腐敗によって指揮統制能力が低く、またその政治姿勢を見ていた民衆からの支持を失い、2020年代には米軍撤退直後に再びタリバン勢力がアフガニスタン全土の権力を掌握したが、より過激なイスラム武装組織がアフガニスタンに浸透し、各地でテロ攻撃を仕掛けたりと、治安が全くと言っていいほど改善していない。
国家をまとめ上げてから軍内部を早めに中央政府の指導で統一化しないと、それぞれの軍が勝手に私物化したり、軍事行動をしてしまうのだ。
大日本帝国でいえば満州事変を引き起こした関東軍が有名だろう。
今回の動乱も引き金も、そうした州の権限が強い場所の輩が戦端を開いた可能性がある。
……本当に、どうかしている。
「統制に関しては都市部などの重要地点はともかく、最前線などでは民兵が大暴れしているようですな……彼らは残忍で、使い捨ての黒人兵士を容赦なく背後から射殺しているという報告も挙がっております」
「……彼らがキューバやサン=ドマングで補給線の運用が上手くいっていないのも、そうした軍規や内部の混乱があると言うわけか……」
「ただ、彼らの恐るべき所は大規模な会戦を好まず、周囲を焼き尽くしてでも勝利を勝ち取ろうとする姿勢です。元々植民地政府として本国からこき使われており、自分達のアイデンティティーを確立するために独立戦争を仕掛けています。その為に苛烈なやり方、州によっては残忍な手段を行ってでも勝利することを目標としており、すでにサン=ドマングの救援に赴いている部隊にも被害が出ております」
北米連合軍の弱点でもあり、このバラバラの指揮下は州出身の部隊の戦闘を苛烈なやり方で積極的な攻撃を仕掛けてきている要因でもあるので、長所となっているのだ。
矛盾した言葉かもしれないが、これは事実だ。
各州ごとに戦闘規定なども異なっているらしく、中部の多くが模範的な軍の規律に従っているのに対して、南部のフロリダ州辺りの兵士に関しては、部隊の戦闘規律が軍規ではないような野蛮なものが多く占めている。
『投降した者を尋問する時は、熱くした鉄を押しつけて会話すべし』
『素直に従わない民間人に対しては見せしめに、銃殺並びに絞殺刑を各兵士の判断で実行に移しても良い。ただし、中央政府管轄の将校がいる場合には将校の指示に従う事』
『北米連合軍ではなく郷土のために戦う事。一人でも多くの敵を疲弊させるためには如何なる手段を講じても、それは超法規的措置に則った正当なる行動であることと認める』
これは、捕虜になった北米連合軍の兵士が身につけていた軍隊手帳の州軍規定のページに書かれている文章の一部を抜粋したものである。
やっている事がもはや軍規ではなく、自分達を抑止ではなく欲求を満たすために正当化したような文章で、翻訳してくれたものを模写してくれたのを俺に見せてくれたが、あまり理解したくない内容であった。
「それで……やつらをサン=ドマングから追い出すにはあとどのくらいかかりそうだ?」
「そうですね……すでに彼らの海軍造船能力の多くは喪失したと見ていいでしょう。制圧に必要な月日は……このまま順調にいけば半年から1年ぐらいですかね。海軍臨時司令部をカプ=フランセの軍港に移し、拠点として作戦を実行して参ります」
「うむ、サン=ドマングといい、キューバも四方を海で囲まれているからな。海上補給路を確保して確実にこちらに有利な状況になるように動いて貰いたい」
「はいっ、肝に銘じております!」
「それからキューバへの上陸作戦も実行されたし、今後は陸海軍の兵站維持を万全のものにし、疲弊しはじめた北米連合軍の弱点たる補給の部分を突きながら確実に攻めてほしい」
今回はフランス海軍が主体となった海上補給路の遮断と主要軍港の破壊を担うという作戦を遂行した裏側では、8月16日の早朝にスペインやポルトガル、スウェーデン海軍の四ヶ国海軍によるキューバの南部最大の都市サンティアーゴ・デ・クーバ上陸作戦が行われた。
北米連合軍は拡大しきった補給線が途切れ途切れになっていたのと、要塞攻略に手間取って十分な戦力が確保されていないと判断した軍上層部が上陸作戦を決行したのだ。
私掠船などに搭乗した三千人の兵士が上陸に成功し、サンティアーゴ・デ・クーバを奪還することに成功した。
三千人だけと聞くとたったそれだけと思うかもしれないが、第二次世界大戦時のような揚陸艇ではなく、漁船のような小型船を含めて大型の戦列艦などからボートに乗って海岸に上陸するやり方で三千人なので、実際はかなり大規模かつ兵站維持が大変なやり方をしているのだ。
敵がやってきたことを倍返しでお返しした上で、こちらとしても今後の予測を立てながら行動していく。
それから今日は外務大臣である弟のスタニスラスとの会談がある。
スタニスラスに重大な任務を背負ってもらわなければならないのだ。
ロシャンボー海軍大臣との会話を終えた後、俺はスタニスラスを呼び出したのであった。




