439:レッドカーペット
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1782年11月19日
フランス ヴェルサイユ宮殿
「そうか……戦況はわが方が有利と……」
「はい、我がフランス軍主力艦隊はノーフォーク、チャールストン、フロリダの海軍基地並びに補給施設、造船所を集中的にマイソールロケットによる砲撃を実行しました。いずれの港湾施設も一年以上は使い物にならないでしょう。陛下のご命令通り徹底的に破壊致しました」
「ご苦労であった。今回の作戦を指揮したシュフラン少将や航空偵察を世界で初めて実行したダルランド中佐による功績でもある。彼らが帰還したら必ず一階級昇進させてやってくれ。歴史的な意味合いでも重要な戦いだったからな」
「はいっ、きっと彼らも光栄に思うでしょう」
「これで東海岸の主要基地を潰した……あとは各島の陸上戦力を叩けばいいわけだ」
ロシャンボー海軍大臣からノーフォークをはじめとした東海岸の北米連合軍の主要海軍基地並びに補給路を遮断するために攻撃命令を出し、その戦況報告が到着したところだ。
結果は大成功であった。
8月から10月にかけて行われた通商破壊作戦並びに敵海上基地破壊も兼ねた攻撃作戦は、延べ4万発にも及ぶマイソールロケットによる長距離射程攻撃が実行に移された。
大空をマイソールロケットが舞い、目標地点への一斉攻撃は凄まじいものだったという。
なにせ、延焼性に特化した5番弾を容赦なく投射した結果、施設の大半が焼失ないし致命的な損傷を受けたのが遠方からでも把握できたようだ。
『マイソールロケットを投射して丸三日経過してようやく基地の火が鎮火した。敵の大部分は反撃するも我が軍の新武器・新兵器に対抗できず敗退した。少なくとも新大陸の東部沿岸地帯の主要軍港並びに造船所は破壊しつくされた』
今回の戦闘では、連射式広域拡散銃という事実上の散弾銃のような新型銃を配備したことによって接近してきた北米連合軍の小型船を打ち破ることに成功したという。
予算の都合上、4隻の海軍艦艇の護衛用として配備していたようだが、ちょうど近接防衛火器としてその威力を十分に発揮出来たのは幸いであった。
見た目からして大砲の中身を変えてみた感じの兵器で、最初その全体図を見た際に「これ本来ならあと一世紀後に実用化されたミトラィユーズ砲じゃね?」と思ったほどのデザインであった。
ミトラィユーズ砲との違いは紙薬莢を使っておらず、昔ながらの火薬を装填してから発砲する仕組みである。
ただ、この連射式広域拡散銃は半自動化されているのだ。
というのも火薬の詰め込み作業を人力ではなく予め入れる量を調整した上で、火薬を装填するネジ巻き式の装填システムを搭載しており、複数の発明家が考案した同時弾込め装置を使うことで一度に20発の銃弾を装填・発射できるのだ。
これは蒸気機関とかで使われているシステムを応用した際に作られたという。
海軍はこの戦況報告を受けて、今後他の艦艇にも搭載できるように追加の予算申請を出したいと申し出たほどだ。
「マイソールロケットの投射機も良いですが、やはり連射式広域拡散銃は陸上でも要塞や最前線に配備すればさらに活躍できるでしょう。密集陣形の敵であれば一網打尽に出来ます」
「ふむ……余もそう思っているところだが、この銃にはまだまだ改良点が見受けられるからな……それにこの銃は一般的なモデル1780マスケット銃に比べてもかなり単価が高い……グリボーバル砲4個分に匹敵するではないか。マイソールロケットの投射機を新造艦に配備したことで海軍予算は既にオーバーしている。追加に増設できたとしてもあと4から6隻……予備費を考慮しても12個が限度といったところか……財務長官のネッケルには申し出たか?」
「はい、ただ戦果を踏まえても新しく増設するのは厳しいと言われました……」
「そうか……とはいえ、陸上戦力の支援向けに増産できるのであれば陸軍向けのを含めて6つほど本年度は作るべきだろう。あまりむやみやたらに作ってしまえば国庫を圧迫してしまうからな……」
「はっ、肝に銘じておきます」
今回の戦闘で勝利できたとはいえ、まだ戦いは続いているし、海軍ばかり優遇していては陸軍の反発を招く……かの大日本帝国軍のように陸海軍の仲が喧嘩して、陸軍が輸送用の潜水艦を作って運用するような事態になってはいかんのだ。
なので、決められた予算、予備費で出来るように戦争における出費は抑えないといけない。
借金こさえてでも戦争やるぞ!と意気込んだ結果、国庫が破産状態になりクビが回らなくなって経済不況に陥ったのがアメリカ独立戦争後のフランスだったりもするからね。
ノーフォークは史実でもアメリカ海軍の主要な軍港であったが、こちらの世界でも同様に軍港として北米連合軍の主力を担っていた大型艦の建造などを行っていたらしい。
史実よりも早期に独立戦争が終結したとはいえ、ノーフォークは激戦地でもあったためにグレートブリテン王国軍最後の主力部隊が北米連合軍との戦いで荒廃していたのを、4年以上の歳月を掛けて復興したようだ。
きっと涙ぐましい努力と資金の投入によって復興したのだろう。
まぁ、その復興した場所を薙ぎ払ったの我々なんですけどね。
ところで、今回の戦闘で気になることが幾つか出てきた。
その中でも気球による世界初の飛行と同時に、世界初の航空偵察を実行したダルランド中佐によって建造していた戦列艦の情報などが判明したらしい。
「持ち帰った情報を精査したところ、今回我が軍が撃破したノーフォークの北米連合軍の主力戦列艦は亡命したグレートブリテン王国の海軍技術者並びに海軍関係者の手によって建造されていた可能性があります」
「ほう、理由がありそうだな」
「はい、まずグレートブリテン王国内戦直前に王国海軍内で新造艦の設計図が紛失するという事件があったそうです。本来であれば大問題になる事ですが、その直後に内戦が勃発したためそれどころではなく、結局設計図は見つからなかったそうです」
「あの内戦ではそうだろうな……宮殿はおろか主要な建物は革命政府が全部破壊しつくしたからな」
「ええ、ただ今回我が軍が撃破した戦列艦のイラストを亡命したグレートブリテン王国海軍の高級将校に見せた所、新造艦と同じ形状をしていると指摘がございました」
「……それはつまり、内戦直前に設計図が技術者ないし軍関係者と共に北米連合軍に行き渡っていた……という事か?」
特に、グレートブリテン王国軍から鹵獲した戦列艦などをデッドコピーして量産していたらしく、建造中の艦船や修復中の戦列艦が8隻もおり、さらに沿岸防衛用の小型船を中心とした部隊が襲い掛かったようだ。
以前からグレートブリテン王国軍内部でのスパイ行為をはじめ、我が軍でも防諜活動を強化しなければならないな。
サン=ドマングをはじめとしたカリブ海を巡る北米連合軍との戦いが続いているが、今のところフランスをはじめとした欧州協定機構加盟国軍による勢力が有利に動かしている。
奇襲攻撃によって電撃的にテキサスやキューバ、サン=ドマング北部を占領した北米連合軍であったが、フランス軍によるマイソールロケット攻撃に伴う海上補給路の破壊が順調に実行に移されている。
ノーフォークはマイソールロケットによる集中攻撃により港の大部分が破壊され、当初予定していた北米連合海軍の戦列艦や軍事施設の破壊は概ね達成された。
それでも北米連合軍はグレートブリテン王国から奪った戦列艦、並びに新造したフリゲート艦、私掠船や沿岸防衛用の小型武装船を中心とした混成艦隊を使って南部の海岸で重点的に防衛網を敷いており、こちらも無傷ではなく少なくとも戦列艦2隻、フリゲート艦4隻、私掠船28隻を失っている。
カリブ海の島々を有する国家に対して戦争を吹っ掛けることもあってか、やはり蒸気機関を使った物資の製造が大きく影響しているようだ。
元々フランス製の蒸気機関を向こうが盗んで、それをデッドコピーして粗悪品を安値で売りつけているのも問題だったが、現在ではこうした蒸気機関をフル稼働させて小型武装船などを中心に配備し、諸島部の海岸などに隠して私掠船などを攻撃しているらしい。
少しずつ北米連合軍に奪われた場所を奪還しているが、それでも決して楽な戦いではないだろう。




