436:ノーフォーク襲撃作戦(上)
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1782年8月21日
北米連合 ノーフォーク沖合
シャルルマーニュ級フリゲート艦であり、ネームシップであるシャルルマーニュは、フランス艦隊旗艦として大西洋を航行している。
シャルルマーニュ級フリゲート艦は当初16隻の竣工予定であったが、諸外国の情勢不安や戦争への対応等で改良型を含めて実に倍近い30隻が竣工し、そのほとんどが既に完成し運用しており、現在北米連合への懲罰のために軍事拠点への攻撃を行う準備を整えていた。
「いよいよ実戦か……いいか、爆発する危険は少ないがタバコを吸いながら準備だけは絶対にするなよ」
「何と言っても北米連合の軍事拠点を丸焼きにするからな……陸軍で実証済みのマイソールロケットだぞ」
「ロンドンを焼け野原にしたあの兵器か……見た感じ、筒を何本も並べて打ち上げるから花火みたいだよな。これで戦果が上がれば俺たちも一役買ったようなもんだ」
「そこっ、無駄口叩いている暇があったらロケットの弾を多く運んでこいっ!あと30分後に戦闘開始だ!早く投射機に詰め込んでこいっ!」
水兵たちを下士官が怒鳴りながら指示を出していく。
ロンドンの戦いにおいてその制圧能力が大いに認められたことから、多くのマイソールロケットを搭載し、一度に多くのロケットを発射できる投射機が開発された。
その投射機の見た目は、アメリカ軍で運用されていたT34カリオペやナチスドイツ軍が開発したネーベルヴェルファーの設計・運用思想を反映させたような多連装ロケット砲の形状をしている。
まず一つの投射機に上下2列、1列あたり10個並べた上で、そのすべての筒にマイソールロケットを敷き詰めるというものだ。
これらの投射機は左右にそれぞれ2門搭載されていた。
また、これらの投射機は鋼製であり、18世紀中頃に運用されたるつぼ法によって精製された鋼だ。
鉄製のものよりも鋼であれば耐久性を確保でき、尚且つ連続使用に耐えることが出来ると判断されたからだ。
とはいえ、このフランス軍の切り札とも言うべきマイソールロケット投射機に問題がなかったわけではない。
まず、この時代の主力艦は帆船であり、マストにロケット砲が直撃しないように常に投射位置を調整するために艦の横に設置されており、正面への攻撃が出来ない事。
さらに、投射角度によっては随伴する味方艦に当たってしまうリスクがあったために、常に艦隊は単縦陣で行動しなければならない。
そして何よりも、この投射機に掛かるコストだ。
一門のマイソールロケット投射機を作る度に、6門のグリボーバル砲が出来上がると言われたぐらいに高コストな兵器になってしまったのだ。
これは従来の鉄製の野砲に比べて、連続での投射、海上での運用に耐えることを考慮して鉄製ではなく、まだ珍しかった鋼を使用しているのだ。
その結果、陸軍のマイソールロケット投射機に比べて実に6倍の価格になってしまったが、兵器の重量や耐久性を鑑みてマイソールロケットの中でも一番重たい一発10キロの重さのある爆薬を搭載可能なロケット弾を詰め込み、尚且つ連続使用が可能な投射機として運用が決定されたのだ。
その見た目から兵士達の間では【オルガン式投射機】とも呼ばれているが、実際に複数の艦艇からマイソールロケットが連続で発射していく光景は圧巻である。
元々マイソールロケットの海軍艦艇への搭載計画が勧められていたが、今回の戦争によって前倒しで生産が開始された上に、主力艦となっているシャルルマーニュ級フリゲート艦すべてに、この新型投射機が搭載されたのだ。
また、フランス軍にはもう一つ、秘策ともいえる新兵器を旗艦シャルルマーニュに搭載している。
そのネームシップのシャルルマーニュのブリッジにて、キューバ産の葉巻タバコを吸いながら海を見つめる二人の海軍軍人がいた。
少々太り気味ではあるが、サン=ドマング動乱を鎮圧する武功を成し遂げたピエール・アンドレ・ド・シュフラン海軍少将と、同行しているフランソワ・ダルランド中佐であった。
「しかし中佐も度胸があるな。あのタコのような乗り物で空を飛ぶとはな……私は恐ろしくて出来ないよ」
「既に何度かあの気球には乗らせて頂いておりますのでコツは掴んでいるつもりです。海上実験も何度か行っておりますし、今日の海風はそこまで荒れていないので十分に安定して飛ばせますよ」
「ああ、貴殿の任務は今後のフランス……いや、ドクトリンすらも変えてしまう代物だからな……何分、慎重にやってくれたまえ」
「はいっ!」
フランソワ・ダルランド中佐は史実において世界初の気球による有人飛行を行った人物であり、この世界でもモンゴルフィエ兄弟による気球実験は既にいくつか行っていた。
しかし、気球の実験を行う際に、軍用としての気球の開発であれば莫大な予算が通った事と、転生者であったルイ16世も彼の気球実験を推し進めたことも相まって、史実とは異なり気球の研究・開発は極秘裏に行われたのだ。
これは、北米連合やプロイセン王国といった仮想敵国に【上空偵察】という戦場において大きなアドバンテージになり得る兵器の登場を遅らせる事と同時に、戦争が開始された際にフランスが有利になるように徹底的に秘匿したのだ。
旗艦「シャルルマーニュ」にはマイソールロケットのほかに、世界初の【気球】が搭載されている。
この気球はショーのためではなく、軍用として開発されたものである。
モンゴルフィエ兄弟は当初史実通りに公開実験をしようとしたが、この実験内容を聞きつけた国王のルイ16世にストップされた。
『君たちが開発した気球は実に素晴らしいし、本来であれば公開実験も応援したいが……近年の情勢を鑑みると周辺国に軍事利用される恐れがある。公開実験をすれば仮想敵国にもその情報が行き渡ってしまう……勿論、君たちの功績を無下に扱うことはしたくない。どうか軍に入って研究をしてもらうことはできないだろうか?』
転生者のルイ16世もモンゴルフィエ兄弟の歴史的な実験を中止にはしたくなかったが、周辺国や過激派組織が気球の原理を利用して旧日本軍が開発・実戦運用した風船爆弾のような兵器を開発するリスクなども想定されただけに、モンゴルフィエ兄弟の実験を軍の管轄下で行うことにしたのである。
その分、モンゴルフィエ兄弟やその家族を厚く優遇し、一般公開は開発が完了してから5年以内に公開を行うことで合意したのである。
船の後部に係留し、熱の力で浮遊する熱気球であったが、史実の熱気球との違いは軍用として開発されたことから模様なども空と同化するように気球の外壁は空と同じ色彩が描かれており、発見されるリスクを低下させている。
出撃まであと20分を切り、キューバ産のタバコを半分まで味わったダルランドはフランス艦隊を見て、思っていることを呟く。
「シャルルマーニュ級フリゲート艦16隻に加えて、ジョワユーズ級フリゲート艦12隻も作戦に参加するとは……こうしてみると、壮観ですな」
「確かに……陛下のご尽力あってこそのシャルルマーニュ級とジョワユーズ級フリゲート艦だ。従来の火砲ではなく、延焼性に優れた兵器を搭載することによって敵艦を確実に沈めることも出来る海の守り神と言いたいぐらいだ」
「それに、長距離射程兵器も搭載されておりますからね……我がフランスの技術力を詰め込んだ最新鋭の戦闘艦とも言えるでしょう」
「勿論だとも。さて、あと少ししたら出撃だ。私も君も、気合いを入れて取り掛かろう」
「はいっ!」
キューバ産のタバコを味わった二人の海軍軍人は戦いに備えてそれぞれの持ち場に就く。
軍事史を大きく変える戦いの幕が上がる。




