435:シュトゥルーデル
「お待たせしました……出来立てですので熱にお気をつけください」
係の者が持ってきたおやつはアントワネットの意向を強く受けて、シュトゥルーデルと呼ばれる何層もの生地を重ねて焼いたお菓子だ。
オーストリアの郷土料理であり、パイみたいな感じで外はパリパリ、中はフルーツなどでふわっとした食感が特徴的なお菓子だ。
それに加えて、珍しい茶葉としてリンゴなどを乾燥させたフルーツなどを茶葉の中に混ぜ合わせたフルーツティーを出してくれた。
レモネードと合わせてフルーツティーとは、贅沢だなと思ってしまう自分は割と前世の庶民感覚が抜けていないわけだ。
「今回の茶葉はポーランド産のリンゴやフランス南部産のブドウを乾燥させたものですわ!少し渋みがありますけど、品種改良をしてかなり美味しくなりました。甘くて美味しくて最近では兵士の方々への携帯兵糧食にも採用されたものみたいですよ」
「おー……軍にも採用されているということは、それだけ長持ちするってわけか……そういえばリンゴも地面に落ちるぐらいに完熟していないと渋みが強いんだっけ?」
「そうですよ。私も植えられていたリンゴの木から青いリンゴを失敬したことがありましたが……本当に酸っぱさと渋みが同時に口の中に広がって食べられませんでした」
「ああ……リンゴって青りんごの時点で何となく美味しそうに見えるもんね……」
現代でこそリンゴというのは赤いと甘味があって旨い!と思うかもしれない。
……が、実際に言えばリンゴは長年の品種改良によって美味しくなったフルーツであり、ぶっちゃけてしまえばこの時代で生でリンゴを食べるのは控えた方がいい。
何故なら渋柿よりも渋い上にマズいからだ。
なんでマズいのか知っているかって?
以前試験農園で実がなっていた赤いリンゴを食べたくなって試しに食べたら吐き出しそうになるぐらいにまずかったからだ。
噛み応えはなく、食感はシャキシャキではなくスカスカであり、甘味ではなく渋みしか感じないマズさであった。
リンゴに擬態化した渋柿を食べているみたいでとってもまずかった。
前世でもここまでマズいリンゴは食べたことがないぐらいにマズかった。
でも吐き出すのはリンゴを作ってくれた農園の人に失礼だと思い、頑張って呑み込んだ後、砂糖たっぷりの紅茶を飲んで口直しをした。
その話をすると、アントワネットはぷぷぷと口元を抑えながら笑いをかみ殺して話していた。
やはり相当ヤバい食べ方をしていたようだ。
「オーギュスト様も試験農園のリンゴを生で食べたと知ってビックリしましたよ……リンゴは生で食べるのではなく、熟したものを焼いたりジャムにして食べるものですから……」
「うん、生でも食べられるんじゃないかと思ってあの時は食べたからね……人生は度胸、何でも試してみるものだと思ってね」
「ふふっ、でもそうやって何度も挑戦することは良いことだと思いますよ」
「そうだね。でもテレーズやジョセフが真似したらいけないから食べられないように工夫を凝らさないとなぁ……」
リンゴの木はいくつか農園に植えられており、このうち6本は人工的な品種改良によって甘味を増やす実験をしているものになっている。
俺が生で食べたのは品種改良もしていない純粋な品種だったようだ。
うん、あれはもう生で食べようとは思わないと思うレベルの状態だったからね……。
じゃあなんでリンゴ食べられているの?と思うかもしれないが、これは先ほどアントワネットが述べていたようにドライフルーツのように乾燥させた状態で砂糖などを付けてジャムにして食べたり、完熟させたリンゴを使って焼き菓子などの加工用食材として使われていた面が強いからだ。
リンゴを生で食べられるようになったのは20世紀半ばからであり、残念ながら18世紀現在ではそこまで品種改良が勧められていないのだ。
一方で、ブドウに関してはフランスの十八番だ。
何せワイン用として生産されているブドウを含めてもこの時代から既に世界一だ。
ブドウは小麦や米と並んで人類が食用していた食べ物の一つと言われており、ワインの味や品質に関しても現代のものとそこまで大差はないように感じる。
リンゴとブドウを乾燥させたフルーツティーという珍しい組み合わせで出来た紅茶が注がれていく。
甘い香りが部屋の中に広がっていく。
この香りを嗅ぐだけでもお菓子を食べているみたいな甘さを感じ取ることが出来るほどだ。
「リンゴとブドウの組み合わせかぁ……この香りが甘くていいね」
「このお茶はシュトゥルーデルに合いますよ。食べ物も飲み物も甘くておいしい……本当に一石二鳥ですわ」
「はははっ、アントワネットが一番好きそうだもんね」
「ええ、大好きですわ!甘いものを食べた方が身体に良いですわ!」
「そうだね。食べ過ぎない限りは適量に甘いものを食べた方が頭が回るからね……糖分補給と行くか……」
まずはフルーツティーを一口飲んでみる。
リンゴの渋みとブドウの甘さと、茶葉の香りがリミックスした状態で口の中に混ぜ合わさって入り込んでくる。
味を楽しみ、香りを楽しむ……。
普段愛用している紅茶とはまた違った味わい深い紅茶だ。
恐らく、乾燥させる際に砂糖も練り込んでいるのだろうか……かなり甘味が強い紅茶だ。
エナジードリンクほどではないが、これはこれで糖分補給にはぴったりだろう。
次にシュトゥルーデルを食べてみることにした。
甘いものに甘いものを重ねて食べるのはとにかく贅沢だ。
そのうえに、このシュトゥルーデルはホイップクリームを使っているようで、アップルパイとコロネを融合したような感じの食べ物となっている。
食べ応えもあるし、何より美味しいのだ。
ホイップクリームと、リンゴなどのフルーツが積み重なって食べれば食べる分、甘味が口の中に広がっていき、まさに甘さ成分で溺死しそうになるぐらいだ。
「この甘さに加えて……外はカリッと、中はとろとろしているね」
「ホイップクリームも使っていますの!甘味も合わさって幸せな気分になれますよ!」
「ああ、確かに美味しいし、これは頬が緩んでくるね……美味しいよ!」
気がつけば、一口、また一口とシュトゥルーデルを口の中に運んでいった。
パクパクですわと言わんばかりに甘さが広がり、シュトゥルーデルを食べている際にもフルーツティーを飲んでいく。
甘味永久機関とも呼べるぐらいの美味しさだ。
自然と頬が緩んでいく気がしてきた。
「ふふっ、オーギュスト様が笑顔でおやつを食べているところを久しぶりに見れた気がしますわ」
「おっ、そうかい?」
「ええ、やはり美味しくて甘いものを食べるのが一番ですわ……辛い時も悲しい時も……何か一つ変えるきっかけとして甘味を食べることが大事になると思うのです」
アントワネットはニッコリと笑ってそういってくれた。
思えばここ最近は楽しんで食べることはあまりなかった。
アントワネットのお陰で、少しだけ希望が見いだせた気がする。
俺はアントワネットに面と向かってしっかりと「ありがとう」と言って二人でシュトゥルーデルとフルーツティーを飲食する時間を過ごしたのであった。




