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423:召集令(下)

あけましておめでとうございます。

今年も更新して参りますので本年度初投稿です

経済的な問題もさることながら、今回の一報を受けて人々が殺到している場所が新聞屋以外にもう一つあった。

それはフランス陸海軍の軍事施設であった。

大勢の若い男性たちが詰めかけて、志願兵として参加を希望していたのだ。

あくまでもフランスでは志願制、及び予備役として採用されている人達によって軍隊が運営されているが、ここまで軍隊に志願する若者が殺到するのは類を見ないことであった。

七年戦争の時ですら、貴族以外の平民出身の兵士では嫌々ながら参加している者がいたのに対して、今回軍隊に志願している若者たちにはフランスを守ろうとする愛国心に溢れている者が多かったのだ。


「北米連合の暴挙は許されない!俺たちでできる事をしたいんです!」

「雑務でもいいんです!軍隊に入らせてください!」

「国民の為に尽力してくださっている陛下の為に、志願したいです!」


これに困ったのが軍の広報担当官であった。

いや、人的資源の確保という面では嬉しい誤算ではあったのだが、現在のフランスでは基礎訓練並びに兵士・及び武器・兵器の更新を旨とする軍事方針を採用しているのだ。

また大量に徴兵して女子供でも武器を持って戦うという狂戦士のように、近づいてくる欧州協定機構加盟国軍の兵士に対して自殺行為に等しいような突撃攻撃を起こしてきたロンドン革命政府軍の戦術を研究し、軍事素人でも大量に突撃と攻撃を加えられると戦線が崩壊した事例もあったことから、近接戦闘が起こる前に、自軍の安全圏からの遠距離からの投射物による攻撃を主とするマイソールロケットを含めた長距離攻撃教練というフランス独自の軍事ドクトリンを採用している。


つまり、ライフル兵などの一般兵士よりも砲兵を重点的に配備している軍隊になりつつあるのだ。

そのため、こうしたマイソールロケットや野砲を扱う砲兵による敵陣への一斉攻撃並びに砲弾を雨を降らせて敵の戦力を削いでから、一般歩兵を突撃させて仕上げを行う……というやり方なのだ。


さらに、これに合わせて力を入れて整備したのが補給部隊である。

前線には出ずに、後方支援要員となっている兵科であり、目立たないが軍隊にとって縁の下の力持ちともいえる存在だ。

徹底した補給線・後方連絡網の確保を主としていることから、彼らが武器弾薬だけでなく、衛生用品や兵糧などを運搬し、調理などもすることによって軍の士気に大いに役立っているのだ。


英雄のような派手な振る舞いは必要ない。

地道に、コツコツと育む努力と根気、そして兵站を確保するために必要な頭脳を持った将校がいれば解決する。

こうした補給部隊に関しては読み書きだけでなく、数学も行えるある程度教養のある人材が求められていたこともあり、補給部隊の学歴は比較的高かったのだ。


それに志願制を導入しているとはいえ、すでに軍事教練を済ませた32万人を動員可能としているので、兵士が多すぎても兵員の運用コストやキャパシティーを考えると全員を丸ごと採用しても、軍の支出が増えて財政的にはあまりよろしくないのだ。

一から訓練を行うために下士官クラスの軍人を割り振らないといけない上に、軍服の手配に時間が掛かるのだ。


特に、この時代の軍隊の服はすべて職人たちによる手作りであり、専門の業者によって軍服が作られていくのだ。

それ故に、軍服を多く作ればそれだけ物凄い出費となる。

塵も積もれば山となるという日本のことわざがあるが、まさに戦時の場合では軍服の出費も多くなるので軍人と分かるように簡素化したものを配給することになっているのだ。


「慌てずに並んでください!まず志願した方々には基礎体力のテストを受けてからになります!」


軍人の広報官は続々とやってくる活気と熱気あふれる志願兵の若者達の対応に追われている中で、予備役として一般社会で働いている者達には召集令状の紙が行き渡ってきているのだ。

召集令状には目立つように赤い紙で配達員から手渡しで渡されるのだ。

これが渡された者は手紙を受け取ってから72時間以内に最寄りの軍事施設に出頭するように命じられるのだ。

病気等の特別な事情がない限りは、参加を拒否することはできない。

パリの復興大通りでウーブリの露店売りをしているウーブリ屋の男にも赤い召集令状が配達員によって手渡しで渡されたのだ。


「召集令が発令されました。今から3日以内に来てください」

「はいっ、ご苦労様です……!」


ウーブリ屋は召集令状をジッと見つめている。

いよいよ自分のところにも来たのかと実感が湧いてくるのだ。

配達員の者の鞄には沢山の赤色の紙が詰まっていたのがチラリと見えたので、きっと自分以外にも大勢の予備役の者に召集令が掛かったのだと実感している。


「さて……召集令状を見てみますかね……」


ウーブリ屋の男は露店の作業を一時中断して、召集令状の中身に書かれている紙をじっくりと見てみる。


『3月10日に勃発した北米連合軍によるサン=ドマング襲撃事件並びに、キューバなど友好国が攻撃を受けている事態を受けて、4月9日より随時予備役の兵士の召集を発令した。貴殿は陸軍第4輜重連隊への出頭を命ずる。本用紙を受け取り次第、最寄りのフランス陸軍の施設に向かうべし……』


ウーブリ屋の男は補給部隊への編入を希望していた。

元々ウーブリ屋を営んでいるだけに、調理なども得意であったこともあって料理の腕を見込まれて後方支援を担う補給部隊……輜重しちょう兵となっていたのだ。

輜重兵の役割は現代の補給部隊における役割とそこまで大きく変わっていない。

変わっているとすれば、運搬する車両が自動車などではなく馬車や牛車といった動物を利用した乗り物であることぐらいだ。


「どうしたウーブリ屋?」

「ガラス屋の旦那……見てください。いよいよ俺にも召集令状が来たんですわ」

「ああ……いよいよお前も軍人として戦場に赴くのか……」

「いえ、自分は輜重兵っすよ。戦場の後方で弾薬の運搬や料理を振る舞ったりする部隊ですわ」

「そうか……」


パリ大火によって片足を失って義足を付けているガラス屋の旦那は、妻と共にウーブリ屋の手伝いをしながら暮らしている。

復興住宅での入居も決まり、ウーブリ屋の仕事も覚えてきた矢先の出来事であった。


「ウーブリ屋……お前、本当に行くのか?」

「ええ、副業も兼ねて入っている予備役の招集がかかりましたので……あっしも行ってきますわ。流石に予備役で給料だけもらって戦いに参加しないなんて税金ドロボーって言われますし」

「……くれぐれも生きて帰ってこいよ……」

「ええ、それまで店の事は頼みますわ……それじゃあ、支度して行ってきますわ」

「おう、店番は任せろ。……絶対に無茶はするんじゃないぞ」

「分かってますって……それじゃ、行ってきます」

「気を付けてな……武運を祈っている」


ウーブリ屋は自分の店をガラス屋の旦那に任せると言い残して、荷物をまとめて最寄りの陸軍の施設へと向かっていった。

ある者は家族総出で見送られ、またある者は恋人との別れを惜しんで馬車に乗り込んで向かう。

パリの市民たちは、戦場に赴く男達に敬意を表して出兵する兵士にワインを振る舞ったり、ブーケなどを手渡しで見送っていったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 日本なら万歳三唱と幟旗に○関裕而の戦時歌謡で出征兵士を送る情景
[一言] あけましておめでとうございます、 昨年は楽しい作品ありがとうございました今年も楽しみに次の更新待ってます。 主人公の転生により大きく世界が変化している中、今年はアメリカ方面が大きく動きそ…
[一言] とは言え、ナポレオン戦争で国民軍が壊滅的打撃を受けたことでフランス外人部隊ができたのを考えると、 愛国心のある国民が多いのはかまわないが、重要な人的資源の枯渇に国内産業や国家機構の停滞が恐ろ…
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