413:冬季スポーツ競技大会演説
ざわざわと会場が賑わっている最中。
一人の男性が会場のステージに颯爽と現れた。
その姿をみた群衆は男性を見るなり瞬く間に歓声が上がった。
「おぉ!パリのオペラ座のアードルフじゃないか!」
「マジかよ!しかもステージにやってきたという事はもしかして司会役か?」
「すげぇ、豪勢なメンツだなぁ……」
どうやら司会役はパリのオペラ座で活躍している男優の人のようだ。
司会役については冬季スポーツ競技大会の関係者に一任しており、サプライズ計画を兼ねて当日になるまでどんな人物がやるのか伏せられていたのだが、この時代の演劇のトップに立っている人物による司会役となれば、とても盛り上がるやり方だなと思った。
男優の人の名前はアードルフ・フィッシャーという。
中肉中背で、かなりガッチリとした体付きの男性であり、主に女性を中心に人気のある男優の人のようだ。
アードルフはモーツァルトに紹介されたオーストリア人のようで、アントワネットはオーストリア訛りのフランス語を喋っていますね……!と直ぐに分かったようだ。
どうやらわざわざウィーンからやってきたようで、以前はオーストリアのブルク劇場で主演などを勤めていた後にモーツァルトから招待状を受け取って去年からパリに赴いてオペラの仕事に就いているようだ。
力強くも、優しいような声が特徴的であった。
「本日、司会を務めてさせていただいておりますアードルフです!皆さん!今日はお集まりいただき誠にありがとうございます!今日は国王陛下がご臨席の上で開会式が行われます!この素晴らしい大会が開かれることを誇りに思います!」
そうアードルフが喋ると、会場はさらに歓声に包まれた。
歓声が鼓膜を揺らしているほどだ。
現代のようなマイクがない時代なのに、物凄く透き通った声を会場全体に響かせるほどの声量……!
本当にスゴイな……。
流石オペラで主演を務めているだけのことはある。
それもただの主演ではなくモーツァルトと連携してオペラをやっているという。
「本日の開会式ではモーツァルト氏による演奏をバックコーラスに開会式が行われます!フランスが誇る演奏家による開会式をお楽しみください!」
その声と同時にモーツァルトもステージに上がって簡単な会釈をして会場を沸かせている。
彼の才能はパリでも遺憾なく発揮されており、彼の開催する音楽会や演劇の演奏では常に満員御礼の状態で、チケットも抽選方式になるぐらいに物凄い人気なのだ。
以前、彼の演奏を直で聞いたことがあるが、やはり現代でもクラシック音楽の巨匠として親しまれている音楽家だけあって、心地よい演奏を奏でてくれる人だ。
天才は確かにいる。
そしてこの天才が奏でてくれる楽器の音源を録音できる機械が本気で欲しいと思っている。
普段からアードルフとモーツァルトは演劇関係で連携しているだけあって、透き通った声と共に登場すると観客からは歓声が沸き起こった。
司会役としては最高の適任者だろう。
会場が盛り上がっていると、アードルフは両手を上げて静粛にするように観客に求める。
「只今より、国王陛下より冬季スポーツ競技大会の開会式のお言葉があります。皆様、ご清聴の上お聞きください……」
きたっ!
俺の開会式の挨拶が行われようとしている。
アードルフの発声によってピシャリと雑音が止まった。
スゴイなぁ……流石男優だけあってお客さんを魅せる力で一気にこの場の空気を換える事に成功した。
俺は座っていた席から立ち上がって一歩一歩、前に歩きだして、ステージに設けられた壇上の前に立ち止まる。
大勢の人達の前で開会式の挨拶を述べた。
「この場に集まった国民諸君!余から開会にむけて一言挨拶を述べる!今日はこのヴェルサイユだけではなく、フランス各地の地方都市でも冬季スポーツ競技大会の予選が開始される。今からさらに二週間後には各地の予選を潜り抜けた猛者たちによる決勝戦がここで開幕となる。スピードスケート、フィギュアスケート、カーリングの三種目による競技を互いに競い合い、そして優勝するというのは簡単なことではない。遊びと捉える者もいるかもしれないが、彼らは本気になってこの競技に参加している。例え思うような結果を出せなかった選手がいたとしても、ヤジを飛ばしたりせずに拍手を送ったり励ましたりと節度ある行動をしてもらいたい。こうして私の話をこの場にいる国民諸君が聞いてくれることに誠に感謝している。本大会の運営・設営をしている実行委員会のメンバーや、会場を警備している警備員や憲兵隊の諸君、そして会場の外で屋台で温かい食べ物や飲み物を作っている人たち……すべての人によってこうして大会の開会式を行えることに国王である私からも感謝している!では……只今より、第一回フランス冬季スポーツ競技大会の開会をここに宣言するッ!」
開会式の挨拶を述べ終えると、会場では拍手が沸き起こった。
ちらりと特等席を見てみると警備員や憲兵の人も拍手をしている程であった。
一先ず開会式の挨拶と開会宣言は成功したようだ。
席に戻ると、アントワネットがホットティーをマグカップに淹れてくれたようで、ホカホカの温かいホットティーを受け取ってゆっくりと飲み始める。
「挨拶お見事でしたわ。それにしてもよく原稿を見ずに言いましたね……」
「ああ、思っていたことを言っただけだからね……だれだって大勢で楽しみたいものさ……こうして大勢の人達と一緒にスポーツを観戦する機会はそうそうないからね……テレーズやジョセフも観戦は初めてだね?」
「ええ、スピードスケートやフィギュアスケートを観戦するのは初めてですね……今までそうしたところで遊ぶ機会がなかったので……」
「あら、今度一緒に同じ年の子と遊んでみてはいかがかしら?スケートであれば私も遊んでみたいですし、今度みんなで滑りにいきましょう」
「そうだね、テレーズもそろそろ滑りたい年ごろだし……ジョセフも付き添いの人と一緒に滑りにいくか!」
「うん!」
温かいホットティーを飲みながら、これから始まるであろうスピードスケートの予選試合の前に、家族みんなでスケートをしに行こうとアントワネットが提案したので、俺はその提案に乗って滑りに行きたいと申し出た。
まだジョセフは小さいので、付き添いで一緒に滑ってくれる人が必要だ……ブリジット辺りに頼んでみるのも一つの手だろう。
彼女は運動神経は良い方だし……。
スケートが行える場所はヴェルサイユ宮殿にも設けられているので、家族みんなでスケートをするにはうってつけの場所だ。
テレーズも今年からヴェルサイユ宮殿から歩いて5分の場所にある初等学校に通うことになっており、一般の生徒とも交流関係を持つことになっている。
英才教育として付きっきりの教育も大事かもしれないが、同世代の子供達と触れ合っていくのも大切なことだと教えた。
彼女には前世の記憶が受け継がれている状態なので、もう一回勉強するというよりも、他の人達と一緒に勉強を行う機会も大切だと俺は教えた上で、アントワネットが力を入れて教育改革をしてくれたお陰で教育の質は改善され、統一した教育カリキュラムに、数学や理科の授業の拡大が同時進行で全国の教育現場で行われた。
さらに給食システムや、貧困世帯向けの教育無償化なども盛り込んで学校を作ったことで、子供を中心に識字率はここ3年間だけでも10パーセントも向上している。
(第二の人生は豊かなものにしてほしい……それに、同じ世代の人と仲良くなれば将来により良い人と巡り合える可能性も高くなるからね……)
テレーズは生涯に渡って友達には恵まれなかったとされている。
ここではせめて良き友人に巡り合えるようになってほしいものだ。
さて、歓声と拍手と共に開会式が終わり、早速スピードスケートとフィギュアスケートの試合が行われるようだ。
ホットティーを飲みながら、仕事など気難しい事を忘れて純粋に家族みんなで予選試合を観戦するのであった。




