391:勝つための手段
「ロシアで発生した内戦で、ついに神が降臨したという。無神論や唯物論をもってしてもそんな都合よく神が降臨することは有り得ない。仮に本当に神が降臨したとしても、それは周りを見えなくなった者が勝手に崇めている”神”という名称を自称しているだけの存在だろう」
1780年3月18日-アンリ・ティリ・ドルバック男爵 改革派のサロンでの発言
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1781年3月19日
こんにちは!
世界がドンドン加速しているような気がするルイ16世だ。
スウェーデン、並びにオーストリア、スペイン、ノルウェーといった各国と連携してプロイセン王国や領邦諸国、ロシアの動きを注視している最中だ。
正統ロシア帝国政府は今年の初め早々に、国名を大胆なものに変更した。
あまりにもぶっ飛んだ国名に思わず国土管理局内でもざわめきが起こったほどだ。
【1780年1月1日より、正統ロシア帝国政府は国名を【救世ロシア神国】に変更し、皇帝ピョートル大帝は大帝の地位ではなく現生に生を受けた降臨神として唯一無二の”救世主”であることをここに宣言する。救世ロシア神国は既存宗教における神がピョートル救世主に置き換わり、救世主こそがロシアだけでなく世界の道筋を切り開く未来でもある。我が国は救世主の御心のままに、神国の領域にある全ての物は救世主のものになった。そして救世主と剣を交える者がいれば、剣を持って立ち向かうであろう……】
偽皇帝ことプガチョフは、神格化されて皇帝ではなくこの世の救世主であることを宣言したのだ。
えっ、話滅茶苦茶飛躍して救世主であり降臨神扱いとかヤバすぎではないかと顔を見合わせた程だ。
新市民政府論も大概であったが、今回は完全に個人崇拝思想を刷り込んだヤバい宗教国家としてロシアが生まれ変わってしまったのだ。
現在スウェーデンによる介入で樹立したサンクトペテルブルクを首都とする新皇帝派のロシア帝国は、静観を貫いており、この新しく出来た新興宗教国家の出方を伺っている状態だ。
ミンスクに立て籠っているパーヴェル1世はポーランドに圧力をかけて同盟を締結するように模索しているらしい。
実家から逃げ出したとはいえ、かのパーヴェル1世に関しては私兵集団2万人を率いて引きこもっており、ロシア帝国政府の呼びかけに応じず帰還していないので、事実上離反している扱いなのだ。
なのでパーヴェル1世の軍勢並びに支配地域はロシア帝国でも旧皇帝派として活動している。
新皇帝派、旧皇帝派、救世派……ロシアが三つに分裂してしまい、まさにロシア版三国志状態となっている。
あー、もうロシアの地図が滅茶苦茶だよ!
勢力図だけでみれば救世ロシア神国の領土は大きいものの、東部地域のどの辺までを実効支配しているかが不透明であり、また旧皇帝派に関してもポーランドなど占領地での宣言となっている為、これまたややこしい。
カロンヌ首相に今後ロシア内戦が激化した際に新皇帝派に支援を行うかについて聞いてみることに。
「新皇帝派との関係はどうなっているんだカロンヌ?」
「はい、わが国としてはスウェーデンの行動を支持する立場になっております。すなわち万が一戦乱が発生し、大規模な戦争となれば新皇帝派を助けるために行動を移す予定です。もちろんの事ですが、戦争という手段は外交的努力が失敗に終わった際の最終手段としてですが……陛下としては戦争という手段はあまり取らないとお聞きしております」
俺の基本方針としては戦争を起こすことについては勧めない方針だ。
最も、新市民政府論のような過激思想が隣国で跋扈するような状態であれば介入もやむなしという意見ではあるが、あくまでも戦争は基本的に不介入を貫いている。
友好国や同盟国が危害を加えられたら流石に援軍として派遣するけどね。
「ああ、生半可な気持ちで宣戦布告して兵士達を殺したくないからね……あくまでも向こうが相当危険な連中だったり、わが国の安全保障を脅かす軍事的な脅威であれば、兵を動員するよ……ただ、領土の拡大と戦争に伴う利益拡充の為に人の命を易々と使うべきではないと俺は思っている」
「仰る通りです。我々は陛下のご意思を尊重し、外交的な解決方法をこれからも主導して参ります」
「頼むぞ。兵士達にだって家族がいるんだ。そして多くの下士官以下の兵士は平民層が多い、彼らは全国民の9割以上を占めている……家では良き夫、良き父……家庭を支えている大黒柱だ。理不尽な戦争で大勢の家族の夫や父を失う人たちの事を考えると胸が痛くなってね……」
俺の発言をカロンヌ首相は心配そうな表情で見ている。
確かに戦争というのは悲惨だ。
必ず兵士が死ぬ、そして兵士にも家族がいる。
戦場で散っていく兵士達への讃美歌や英雄伝説のような華々しい曲や劇みたいな状況が通用したのは19世紀までだ。
機関銃と塹壕が出現した第一次世界大戦ではそれまで人類が経験してないほどに多くの兵士が命を落とした。
機関銃の弾丸が無造作に発射されて次々と斃れていく兵士達。
ガスで目をやられて肺が死んでいく。
戦車や戦闘機といった当時としては最新鋭の兵器によって大勢死んだのだ。
それから数十年後には輪をかけたように欧州全土が戦火に見舞われたのだ。
まだ機関銃は誕生すらしていないが、それでも一回の開戦で数千人単位で死傷者が出るのが当たり前だ。
俺は野心的な理由で戦争を起こして領土を広げる考えには反対だ。
あくまでも専守防衛ないし同盟国を攻撃された場合には反撃し、逆侵攻の必要性がある場合にはそれを承認する。
早い話が戦争をしたくないのだ。
金もかかるし人的損失も避けたい。
できる限り戦争は避けるように政治家には口酸っぱく言っているが、どうやらこの時代の基準では相当な平和主義者か、日和主義のように見えるらしい。
一部のタカ派の政治家や評論家からは「国王陛下は軍の忠誠心を疑っているのではないか?」という批判や指摘を受けたこともある。
ただ……史実においてフランス王国の経済破綻の原因が度重なる無計画な戦争によって引き起こされたことを考えれば……必然的に戦争回避の為に動くつもりだ。
とはいえ、それでもこちらが新皇帝派に味方するのであれば、今後旧皇帝派を持ち上げるであろうプロイセン王国や領邦諸国に注視しないといけない。
彼らは旧皇帝派とは仲がいい。
すでにプロイセン王国は旧皇帝派の支援を行うために先遣隊を派遣したという話も耳にしている。
極東ロシアについてはまだ情報が入ってきていないので、何とも言えないが……。
すでにロシア帝国側との陸路が遮断されている上に、清国との軍事的対立が長引けばロシア内戦の隙を見て併合しに戦争を起こす可能性もゼロではない。
今のところ中立ないし政治的な空白地帯となっているのは間違いないようだ。
それでもって不安なのがオスマン帝国と救世ロシア神国の関係だ。
降臨神を名乗ったプガチョフは、既存の神を否定してプガチョフを救世主とする方針を打ち出しているので、イスラム教の教えを色濃く出しているオスマン帝国にとっては受け入れがたい相手だろう。
もしオスマン帝国と救世ロシア神国が戦争状態になったら、露土戦争は史実以上に宗教的な意味を持った戦いになるだろうし、中東や東欧を巻き込んで下手したらヨーロッパ全域にも飛び火する危険性を孕んでいる。
仮に戦争になった場合に備えて準備をする必要はある。
戦争が嫌いでも戦争が起こったときに丸腰で対話で解決しようと思うのは不可能に近い。
戦争が起こらないように外交的努力を行い、それでも戦争になってしまったとしても敵国や敵対勢力への武力攻撃に負けない軍の強靭化は進めなければならない。
平和とは武力によって支えられているものだからね。
そのために、陸軍に注文していた銃がいよいよ到着したのだ。
「陛下!陸軍兵器工廠より注文されていた品物が到着致しました。閣僚の方々にもお見せしてよろしいでしょうか?」
「ああ、勿論だとも……戦争になったとしても負けない国づくりをする上で必要不可欠な道具を揃えておくのは良いことだ。こっちに運んできてくれるか?」
「はい!ただいますぐに!」
この時代ではまだ作られるはずのないライフリング技術を施した銃が試作品ながらも完成したのだ。
グレートブリテン王国の亡命科学者を中心に銃弾の改良なども同時進行で行われたこともあり、単発式ではあるが従来の銃よりも高威力で射程の長い銃が誕生したのだ。
試作とはいえ、時代をかなり先取りした設計思想となっている。
これを改造すればいずれ前装式からボルトアクション方式への転換も可能になるだろう。
史実でいうところのミニエー銃のような存在となったこの新型銃のお披露目が陸軍主催で行われたのであった。