表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

375/1015

373:北方生存圏

フェルセンの顔つきはあまりよろしそうには見えなかった。

何やら焦りの表情が見受けられる。

何かあったのだろうか?


「陛下!お忙しいところすみません……些か重大なお話がございます」

「おお、フェルセンじゃないか……ここでは話せそうにない話か?」

「はい……」

「わかった。すまないが一旦馬車に戻る……人払いをお願いしたい」


彼がここにやって来たという事は、グスタフ3世絡みの件なのだろう。

グスタフ3世はフェルセンと密接に関わっていたとされているし、一説では愛人関係だったとも……。

勿論、同性愛者であったとされる根拠も、妻との不仲が原因だったと言われているが、とにかくフェルセンが動いたとなればスウェーデン方面で重大な話があってのことだろう。

馬車に乗り込んでから二人が話せる空間を作り出す……男二人、馬車の中で密談というのも中々味わい深いものだが、下手に建物で話せば誰かに聞かれる可能性がある。

この馬車の中であれば周囲は警備の者が警護していることもあり、話を聞かれることはまずない。


「早速ですが……こちらを陛下にお渡しするようにと言われております……」

「ふむ……封蝋付きの手紙……この送り主は君の上司かね?」

「はい、その通りでございます」


封蝋付きの手紙というのは、一度開封すれば再度閉じることは不可能になる。

開封して誰かに見られたなんてことが発覚できないことから、情報秘匿性に関してはスパムや偽メールが横行している現代の電子メールより信頼できるだろう。

封蝋には王家の印璽があるので……ほぼ間違いなくグスタフ3世からの手紙である。

フランスとの友好関係を維持しているスウェーデンからの緊急を有する手紙……。

これ以上厄介ごとは御免だが、できる限り解決できる範囲内であれば協力するつもりだ。


ー親愛なるフランス王国のルイ16世陛下へ……。


私はグスタフ3世である。

こうして貴殿に手紙を渡せるとしたら本来であれば朗報のほうが良いが、残念ながらそういうわけにはいかない事態が発生したため、大至急使いの者を出した。

その事態とはロシアで起こっている内戦が迎えた新しい局面である。


ロシア帝国第二の都市で旧首都である「モスクワ」では、エカチェリーナ2世に付き従っていた貴族や軍の幹部が偽皇帝の正統ロシア帝国軍によって殺された。

恐れていた事態であるが、ついにモスクワが陥落したのだ。

正統ロシア帝国軍は正面からの攻撃ではなく、少人数の精鋭部隊を率いてモスクワ市内で決起を起こし、効率よく貴族や王家ゆかりの屋敷や宮殿、そして行政機関を攻撃・占領を行ったのだ。


余りにも手際よく行われてしまったこともあり、モスクワに駐屯している軍は組織的抵抗を行うことができず、部隊規模での投降が相次いでいるという。

行政庁舎にはロシア帝国の国旗ではなく、正統ロシア帝国が定めている赤と白のツートンカラーの国旗だ。

赤は血……白は解放を示しているという。

積極的に農奴や平民への弾圧などに関わっていた官僚や貴族、政治家などは首にロープを巻かれて吊るされているそうだ。


ピョートル大帝を自称しているかの正統ロシア帝国軍は、指揮統制能力が優れており、尚且つ農奴やコサックといった者からの支持も厚い。

エカチェリーナ2世も、さすがにモスクワ陥落の報を聞いて軍の責任者を粛清した上で、本気になって対策をするみたいだが、おそらくこれからロシア帝国軍の立て直しでは間に合わないだろう。

軍では下士官をはじめとした下級兵士たちの造反や離反、逃亡が後を絶たず、反乱鎮圧のために向かった二万人の兵士達が貴族の上官を殺して寝返った事件まで発生している。


エカチェリーナ2世と懇意にしている愛人からの確かな情報によれば、彼女の息子である(※1)パーヴェル(※1 史実ではエカチェリーナ2世崩御後にパーヴェル1世としてロシア皇帝に即位した人物)が軍勢3万を率いてパヴロフスクの領地を勝手に離れてミンスクに向かったという。

戦うことを放棄して安全な場所に引きこもるつもりらしい。

パヴロフスクはサンクトペテルブルクの手前にある領地……。

確実に戦火を避ける為だろう。


モスクワが陥落したことにより、サンクトペテルブルクまで正統ロシア帝国軍がやってくるのも時間の問題だろう。

我々が想定していたよりもロシア帝国が危機的な状況にあるのは間違いない。

占領地では有力な貴族なども罪人と同じような扱いを受けて市中引き回しにされており、エカチェリーナ自身は首都サンクトペテルブルクの宮殿に引きこもっている状態だ。


我々スウェーデンとしても戦乱が自国領に及ぶのは何としてでも避けたい。

さらにロシア帝国の混乱による東ヨーロッパ地域の混乱が無秩序的状態を作り出せばグレートブリテン王国の二の舞いになるのは確実である。

そうなれば今以上に混乱は拡大し、戦乱が拡大するのは間違いない。


そこで、スウェーデン国王として貴殿に提案がある。

我々スウェーデン王国は9月を目途にロシア帝国領に進駐する。

無論、これは侵略や私利私欲のために領地拡大を行う事ではない。

進駐する理由は正統ロシア帝国軍が我がスウェーデン領に攻め入るのを防ぐためだ。

エカチェリーナが賛同しなくても、彼女を見限った有力貴族たちはすでにスウェーデン側に引き抜かれている。

スウェーデン王国は進駐した地域の保護を目的としており、ロシア帝国領を侵害する気は毛頭ない。


貴殿へのお願いとしてはロシア帝国領の進駐をした際にプロイセン王国などから反発を受けた際に、スウェーデンの正当性を認めてもらいたいのだ。

もし正当性を認めてもらえるのであれば、我々はロシア等で得られた利益の一部をそちらに還元すると同時に、(※2)サーレマー島と(※2)ヒーウマー島(※2 双方の島は現在ではエストニア領)における港湾の使用権を認め、貿易に関しても中継拠点として使用を認めることを約束する。


決して悪くない条件だ。

もし貴殿がこの要件を呑むのであれば早めに返事を願いたい。

貴国との友好が続くことをこれからも願っている……。


―グスタフ3世より


……なるほど、これは確かに密かに持ってきて相談する話だね……。

誰かに聞かれたらひとたまりもない。

特にロシア側に通じている人間が聞いたら泡を吹いて倒れてしまうだろう。

スウェーデン軍によるロシア帝国進駐……。

それもかつて大北方戦争でロシア帝国側に奪われた土地の奪還も兼ねているのだろう。


サーレマー島とヒーウマー島は以前スウェーデンが領有していた島だが、大北方戦争時にロシア帝国側に割譲された土地でもある。

この戦争によってスウェーデンは北欧の軍事大国としての地位を失い、中堅国家としての道を歩むことになった。

謂わば、スウェーデンの運命を分けた戦いでもあった。


現在のバルト三国辺りもスウェーデン領だったことがあってか、スウェーデンとしてはこの混乱に乗じてロシア帝国に大きな「貸し」を作りたいのだろうし、その島の港湾使用権と中継拠点の使用を認めると書かれている以上、国を売り渡したロシア帝国側の貴族もそれ相応の数がいるのだろう。

いよいよスウェーデンが大きく動く……。

そして、俺はこれへの返事をフェルセンに渡さないといけない。

緊急の会議を招集して決めた方がいいだろう。

フェルセンには明後日までに返事を行うと伝えてから、フェルセンが寝泊まりしている屋敷まで丁重に帰してあげたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー

☆2020年9月15日に一二三書房様のレーベル、サーガフォレスト様より第一巻が発売されます。下記の書報詳細ページを経由してアマゾン予約ページにいけます☆

書報詳細ページ

― 新着の感想 ―
[気になる点] なんか正統ロシア帝国の動きといい、スウェーデンの行動といい、何か読めちゃった気が… [一言] この世界のノルディック五国がどのように変革するか、楽しみです
[一言] モスクワが陥落したか。エカチェリーナ2世は、皇太子にまで見捨てられる事で、ロシア帝国の統治体制はボロボロ。 グスタフ3世は、安全保障の為にロシア帝国に進駐し、フランスには仲介役をお願いする。…
[一言] また血生臭い事態になってきたな。・・・。 日本の使節団どころじゃないぞ・・・。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ