370:元旦
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ボーン……ボーン……ボーン……。
……。
時計が12時になったことを示す音が鳴り響きました。
今日から1780年になったのです。
ささやかながらではありますが、ランバル公妃やルイーズ達との雑談をしていたのです。
これからはより忙しくなることもあってプライベートでの時間も減りますし、大晦日と元旦の二日間はゆっくり休んでほしいとオーギュスト様から念を押されましたので、今日は夜更かし確定です。
流石に夜の仮面舞踏会や公営カジノに入り浸るのはよろしくないですし、こうして仲の良い方々と一緒に紅茶などを飲みながらまったり談笑しているのが一番ですわ。
「あら、もう12時なのね……最近は時間の流れが速く感じるわね……」
「ええ、1779年はいろんなことがありましたからね……アントワネット様も無理をなさってはいけませんよ?」
「そうね……普段はオーギュスト様に無理をしてはいけませんと言っている自分が無理をしていてはいけませんものね……王妃たるもの、適度に息抜きをすることも大事よね……」
「そうですわ。こうして暖かい紅茶を一杯……ゆっくりと飲みながらリラックスすることも大切ですよ」
ここ最近の忙しさは本当に大変でした。
テレーズやジョセフの育児もそうでしたが、今年は国の運命を左右する大きな災害や戦争が起こりました。
パリ大火にラキ火山噴火……それからグレートブリテン王国での戦争終結……。
どれも一言で表すことが出来ないような出来事でした。
特に直接的に被害のあったパリ大火とラキ火山噴火の被害は少なからず生活に影響を及ぼしております。
まずパリ大火では中心部の1割近くの建物が全焼したりして3000人近くの死者・行方不明者を出し、現在は都市復興の為に都市整備を急いで進めているとのことです。
都市復興計画として、私も王妃としてその計画に意見をオーギュスト様から求められましたので、非常事態の際には大勢の人達が将棋倒しのような状態になってしまうことを防ぐために道幅を広くしたほうがいいのではないかと進言いたしました。
あの火災では狭い道路や橋に大勢の人が殺到した結果、道で倒れた人の上をさらに人が踏みつけたことによる圧死事故や、炎から逃れるために川に飛び込んで溺死をしてしまったり、橋が人の重さに耐え切れなくなって崩れてしまったケースもあったそうです。
さらに避難をしている人達が大きな荷物などを持って馬車などに詰め込んでいる際に火災に被災してしまい、馬車に積まれていた荷物が燃えながら周囲に飛び火を起こしてしまうという痛ましい事故なども起こっていたことを踏まえて、都市を再建する際には道幅を広くしておく必要があると実感したのです。
リスボン地震の後も、ポルトガルでは都市再建の際に道路を広くして避難しやすいように整備をしたと書かれておりましたので、それを参考に都市において様々な意見などを取り入れて、エティエンヌ・ルイ・ブーレーを中心とした建築家による『パリ再建計画』を行うようです。
新古典主義建築などをふんだんに取り入れた復興計画であり、私もブーレーから再建案の見取り図を見せていただきましたが、古代ローマ帝国を再現したかのような壮大なものになっておりました。
そして火災に強い都市づくりの為に効率性を高めた建築設計を行うとのことです。
「オーギュスト様も都市の再建計画には張り切っておりましたね……『かのローマ帝国よりも機能面で優れている都市に再設計しよう!』って言いながら図面を引いておりましたわ」
「まぁ、陛下も都市計画に加わっているのですか?」
「あくまでも非常事態の時に大きな音で周囲の人に知らせるモニュメントの建設について案をいくつか出すとのことです。それから道路に関しても一方通行で大きな通りを建設する際の案も出しているみたいですし……」
テレーズとジョセフを寝かしつけてから図面を引いているときのオーギュスト様はイキイキとしておりましたわ。
図面を引くのも難なく行っておりました。
聞いたところによれば、建物が大きければその分注目されやすいので目立つ事から、有事が起こればすぐに大勢の人にも見分けることができるだろうと仰っておりました。
将来的には現在開発している電気発生装置を応用した電波送電装置としても使えるようにするとのことです。
「これからの事を考えると、都市の再建を思い切って行った方が今後の為にもなりますからね……陛下も思い切った決断を下しましたわ」
「それに、あの大火を引き起こした首謀者達は新大陸に逃げたそうですし、北米連合との政治的駆け引きが今後試されますわね……ですがその前に、ラキ火山噴火の後始末をしなければなりません」
ラキ火山噴火の後始末……。
オーストリア大使のアルジャントー伯爵から聞かされたのですが、やはりラキ火山噴火に伴う気温の低下に伴って、オーストリア各地でも麦などが不作になってしまったそうです。
とはいえ、オーストリアはオーギュスト様の情報を以前より聞かされていたこともあり、大きな飢餓などは発生していないそうです。
大麦やジャガイモ、それにカブといった野菜などを中心に転作栽培をしていたことにより、被害はそれほど多くは出なかったそうです。
さらに、フランスとの共同開発で農作物の苗木や寒さに強い種の開発なども行っており、品種改良という手段によって寒さに強い麦や野菜の開発が進められているそうです。
早ければ3年から5年ぐらいには第一世代目の品種改良作物が生み出されるのではないかと期待されているそうです。
三圃式農業などを行って農業改革を実行に移しているそうですが、それでも中央ヨーロッパより東の地域は対策が間に合わず、少なくない飢饉が発生しているそうです。
それに合わせてロシアの動きもかなりきな臭い状態になっているとルイーズが語ってくれました。
「やはりロシアの動きが気になりますわね……フランスに駐在しているロシア貴族たちは国に帰らない事案が多く発生しております。昨日もサンクトペテルブルクに滞在していた貴族が亡命を申請してきましたの……理由はロシア帝国内での飢饉に加えて貴族間での闘争と抗争事件が後を絶たず、また村や町の所有を巡って争っているそうです」
「まったく……偽皇帝が現れてシベリヤとの連絡網が途絶えている状況下なのによく身内同士で争いが出来るぐらいに余力があるものね……それじゃあグレートブリテン王国の二の舞いじゃない!」
「王妃様、彼らとて人間です。特に政情不安が酷くなると権力を持った人間は権力を保持するために弱い立場の人間を屈服させて支持を取り付けているのです。もう、皇帝はサンクトペテルブルク近郊の勢力圏を確保する代わりに、他の場所は力を持った貴族に任せようとしているのではないでしょうか……」
「……人は過ちを繰り返してしまう……オーギュスト様が以前おしゃっていた言葉ですわ……やはり、争いからは逃れられないのですね……」
我が国はまだオーギュスト様や頼れる閣僚の方々がいるので乗り切ることができるでしょう。
ですが、他の国ではそう簡単に乗り切ることはできないかもしれません。
そうなったとき、ヨーロッパの秩序はどうなるのでしょうか……?
新年の幕開けは暗くてどんよりとした空気の中で始まったのです。




