366:1780年の初恋
「残ったのは都市の残額であった。大英博物館も、セント・マーティン・イン・ザ・フィールズも新市民政府論を信じていた国民平等軍により破壊された。ロンドンという都市は巨大な文明の墓場と化したのであった」
1779年12月27日 ルイ16世「タブロイド紙:週刊クレテイユ」の取材より引用
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1779年12月31日
激動の1779年があと数時間で終わろうとしている。
こんにちは……と言えばいいかな諸君。
ロンドンの決戦で歴史ある建造物はすべて廃墟や瓦礫と化してしまった事を嘆いていたルイ16世だ。
国民平等政府は国民と共に運命を共にした。
それも最悪の形で実現してしまった。
グレートブリテン王国は病死寸前だ。
というか既にこの国は経済的・軍事的にもう死んでいる。
かつて欧州地域において高い軍事力と経済力、そして金融都市として君臨していたロンドンはもういない。
辛うじて内戦の被害が少なかったスコットランド地域においてグレートブリテン王国は再建を果たすつもりのようだが、プロイセン軍をはじめとする欧州協定機構加盟国は、内戦終結後にグレートブリテン王国に対し、戦費の担保として植民地や都市の租借を検討しているからだ。
スコットランドの統治はまだしも、新大陸動乱、それに続くグレートブリテン王国の内戦に関与して多くの犠牲を最も払ってきたプロイセン王国や領邦の各国はグレートブリテン王国が保有している都市などを『経済回復の見込みが成り立つまで責任を持って借り受ける』というスタンスをとっているからだ。
「ロンドンの戦い」によって、国民全員が国民平等政府軍配下となってしまったことで、プロイセン軍を中心とした欧州協定機構軍による殲滅対象として徹底的に破壊された。
ロンドン橋は焦土作戦の一環として国民平等政府軍による爆弾攻撃で落ちたし、ロンドン市内に点在していた名だたる教会や宮殿も軍事拠点として使用されていたことから戦闘の激戦地と化した。
その具体的な詳細レポートを渡されたので読んでみると、まさに惨憺たる有様だった。
誇張なしに従軍画家や軍の護衛の元で派遣された戦場記者などが記したイラストや日誌には、破壊されたロンドンの街並みについてきめ細かく記されている。
イラストで精密に描写されたロンドンの街並みは、まるで第二次世界大戦中に連合軍による大規模空襲の被害を受けたドレスデンや東京のような光景だ。
さらにこの瓦礫の中には大勢の人々の死体で埋め尽くされている。
もちろん、フランス軍もその殲滅戦において大きな戦績を成し遂げることが出来た。
かねてよりマイソール王国からの蒸気機関研修と技術供与の見返りとしてもらい受けた「マイソールロケット」……このマイソールロケットを制圧兵器として使用した初の実戦となった。
ロンドンの戦いを詳細にまとめた「戦況レポート」をレビ大臣から受け取った。
「マイソールロケットの戦績だが……これは本当かね?かなり凄まじい戦果を挙げたようだが……」
「今回のロンドンの戦いでは主な重要攻撃目標が古い教会や要塞でした……マイソールロケットの1番弾で外壁を破壊し、続けて延焼効果の高い5番弾を使用して内部の木材などに引火する戦法を行ったところ、効果が抜群だったのです」
「成程……それでフランス軍はロンドン攻略に大きな役割を担うことが出来たというわけか……」
「はい、流石に射程3キロ以上を誇るマイソールロケットの戦果は著しいものになりました。今後ともに全軍に配備し、有事に備えておくことを進言いたします」
「うむ……確かに大型でなくても小型化したり分割して持ち運びがしやすいようにすればより全軍で運用も可能になるだろう。海軍のフリゲート艦に搭載できるようになれば沿岸部からの攻撃で海軍兵による上陸支援もしやすくなるだろう……海軍との協力も進めて欲しい」
「はっ、抜かりなく実行いたします」
戦況結果が到着した時、俺はその圧倒的ともいえる戦績を見て驚いた。
大きく優位に立てるだろうと思ってはいたが、この時代における長距離射程の野砲ですら1キロ先が限界であるのに対して、マイソールロケットは3キロ以上の射程を有していた。
総重量10キロの爆薬を詰め込んだ1番弾や、延焼効果による広域制圧兵器として現代における焼夷弾に近い役割を果たした5番弾を合わせて4500発も撃ち込んだ。
その結果、ロンドン市内に立て籠っていた兵士達を殲滅するのに大いに役立ったと記されており、ロンドン大火と同規模の火災を引き起こしたという。
パリ大火を経験した上で、それを再現するような兵器を使うことに対してどう思うか……。
兵士達に聞き取り調査をしたところ、少なくない兵士がマイソールロケットを使用後に体調を崩してしまったという。
意図的な放火を引き起こしたという意識に悩まされているのだろう。
まだ善良な市民が残っているかもしれないが、降伏を無視した為に止む無くすべてを破壊・殲滅する「流星群」を実行に移したことに、本当に正しい選択をしたのか?という戦争に対して罪悪感を感じているはずだ。
いや、それだけじゃない。
国民平等政府が占領していた市内の複数の教会などから大量の死体が発見された。
いずれも死後数か月が経過していたようだが、あまりにも無造作に置かれていたことと、棺ではなく山積みにして死体を放置していたという。
「平等主義に反する者達」というレッテルを張られて収監されていた貴族や富裕層などを処刑し、民衆の憂さ晴らしとして死体への損壊行為などを黙認していたそうだ。
酷い悪臭と、その残忍な行為があまりにも衝撃的だったようで、最初に発見したスペイン・ポルトガル軍の兵士たちは眠ることすらできないほどに精神的ショックを受けたと報告を受けた。
最初に報告書を読んだハウザーやボーマルシェといった主要な閣僚たちも、あまりにも凄惨すぎた内容に絶句して一日中食事がとれなかったという。
「旧ロンドン塔での貴族や富裕層の子供の扱いが悲惨であったこともそうですが……国民平等政府は最後の最後まで悪を貫き通しました……」
「ええ……私もこの報告書を読んだときは人間がどこまで残酷になれるのかとつくづく実感しました……まさに悪魔の所存としか言いようがありません。食事が取れませんでしたよ……」
「もし、この光景を映し出せる機械が発明されていたら……いや、それ以上はいけないな……現場の兵士達も精神を病んでしまうものが多いから救いが必要だな……教会から司祭を派遣して兵士や犠牲者の傷を癒せるように出来ないか?」
「調整はしてみましょう。確かにこうした状況では神への救いも必要でしょう」
「諸外国軍と同行している教会関係者が設置したテントの懺悔室は長い行列が出来ている程だと聞きます。亡命してきたイギリス国教会やカトリック、プロテスタントから派遣者を募りましょう」
「なるべく早く増員させた方がいいだろう。それだけショックを受けてしまうと今後に支障を来すからね……」
その報告を聞いた俺は、フランス各地のカトリック教会やプロテスタントの教会からそれぞれ神父さんや牧師さんの更なる人員派遣をお願いした。
兵士のメンタルヘルスケアに努めている軍医や宣教師もいるが、やはり数が足りないという。
今回の戦いは恐ろしい程に厳しい戦いだった。
グレートブリテン王国の国民だけではなく、助けにやってきた欧州協定機構の軍隊の兵士たちですら心に深い傷を負わせた内戦が癒えるようになるまでには、相当長い年月が必要になるだろう。




