359:HY
ひとまずグレートブリテン島に関しては軍部や国土管理局に任せても大丈夫だろう。
今日はアントワネットと一緒に仕事をしに行くのだ。
それもパリに赴いて、難しい話を数時間しなければならない。
なにせ、復興事業に関する話だ。
そう簡単に片づけられる話ではないからだ。
隣に座っているアントワネットは豪華絢爛なドレスではなく、派手さを抑えた紺碧色で整えた服装を身にまとっている。
派手な色は悪い意味で目立ってしまうことも考慮して、彼女なりに気品と質素さを両立させた服装を選んで着てくれたようだ。
「オーギュスト様、難しい顔をなさっておりますが……やはり、今日の会議のことを気になさっているのですか?」
「うん、やはりどうしても気になってしまってね……。今後のことを考えると、色々な障壁にぶつかってしまっているからね……」
「あまり無理をなさってはいけませんよ?今日は私もついていますから!何か困ったことがあったら言ってください!」
「ありがとうアントワネット……もし大変だと感じたら話をそっちに投げるかもしれないけど、その時はよろしく頼む」
今日は宮殿の仕事ではなく、パリ大火によって焼失した地区の再建状況を視察しにパリに赴いている最中だ。
アントワネットやネッケル長官といった政府の閣僚も視察に参加し、再建を担当している行政のトップとの会談の場も設けている。
ラキ火山噴火の影響もあったことで、復興事業が想定よりも遅れているという報告も受け取っている。
勿論これはサボったり、手抜き工事などをしているというわけではない。
再建のために使われている木材や石材を各地から買い取って運搬しているものの、グレートブリテン島の戦争やラキ火山噴火によって周辺国との間で貿易が減少していることもあって資材の不足が目立つようになってきているのだ。
「やはり木材がかなり不足してきているんだよね……パリ近郊だけじゃなくて、フランス全土で木の数が減っているから、今ある木の在庫でやり繰りしないといけないなぁ……」
「どのくらい減っているのですか?」
「だいたいだけど……パリ大火が起こる前と後では在庫の数が4分の1以下になっているんだよ」
「そんなに!えっ、でもまだまだ山や森にいけば木はあるのでは?」
「そこが問題でね……木材の価格高騰で土地の所有者が木を伐りたがらないようになってしまったんだ。木を持っているだけでお金になると分かってから、枝や枯れ木に関しては提供しているけど、木を伐採するのを渋ってしまっていてね……中々思うようには進んでいないんだ」
馬車の中で事前に渡された資料を読みながら感じたのは、木材の価格上昇がえげつないことになっていたのだ。
丸太一本あたりの価格推移グラフを渡されたのだが、半年前と比べるとその差は一目瞭然だ。
半年前に頑丈な丸太が4本購入出来た予算でも、今では丸太を1本しか購入できない。
石材に関しては2倍近くに値段が跳ね上がっており、復興事業の足枷になってしまっている。
これを解決するべく、原料を生産している地方都市の地主や林業関係者といった事業所、及び再建事業を委託している民間企業や国営企業との合同会議に出席して、各自の意見を聞いてみないといけない。
国王である自分で決めた価格設定を貫き通すこともやろうと思えば出来る。
だが、強権を発動して摩擦を生み出してしまうと、反って逆効果になってしまうだろう。
何故なら、地主や林業関係者は地方都市でも比較的裕福な層だからだ。
地主は土地を貸しており、林業関係者はその土地で生えている木々の伐採をする代わりに、地主にロイヤリティを支払う仕組みが出来上がっている。
言わば、持ちつ持たれつの関係なのだ。
経済が不況でも好景気でも仕事があるため、こうした農林業で大成功した地主は地方における王のような存在になることもある。
大地主クラスになれば、小規模領主よりも大きい事業所を構えているところもあり、その影響力は地方における王政政治の影響力を鑑みれば無視はできない。
「今日はパリの市長や、再建事業を委託している企業との合同会議を行うのですね……以前は高官の方が対応していたみたいですけど……どうなったのでしょうか?」
「うむ、それが戦争やラキ火山噴火の影響で建設に必要な木材や石材が高騰しているみたいなんだ。だから今までの予算配分では目標としている集合住宅の数が足りなくなってしまうんだ。」
「財務省と彼らとの交渉がうまくいかなかったのですね……」
「残念ながらそういうことだ。農奴制を廃止して事業所の労働者として雇用するように働きかけをしたおかげで労働力は上がったが、結果的に支出も増えたから彼らも損はしているんだ……だから、早い話が奴隷制度を廃止にしたときのツケを今になって払わされているようなものだよ」
そう、恐らく彼らが原材料費の高騰に関して財務省側の譲渡した価格設定でも曲げない理由が、農奴制及び奴隷制度を廃止にしたことによる事業所制度と労働者登録制により、税金逃れが出来なくなって労働者に支払われる賃金が増加した事への反発も含まれているかもしれない。
だが、あの農奴制を廃止にしないと改革が進まなかった。
実際に、彼らの地主全てではなかったが、農奴制廃止に異議を唱えたり反発した者も多かった。
既存利益が失われるとか、支出の増大で儲けが無くなるといった理由で反発していた者達に、事業所制度の説明などを行い、反乱といった極端な手段で訴えないように一つずつ国土管理局の国勢調査時に根回しを徹底した。
結果的にそうした反乱がおきたのは本土から離れたサン=ドマングだけであったが、反発を武力で押さえつけていたら、フランス全土がグレートブリテン島のような惨劇に発展していた可能性もあった。
今思えば自分でやれる確信と、スタッフがしっかりとしてくれたおかげでスムーズに行えたようなものだ。
下手したら改革の出だしで失敗してもおかしくなかったのだ。
我ながら冷や汗が流れる。
「思えば無理をしたものだな……もし失敗したらとんでもない事になっていたな……」
「でも、オーギュスト様がしっかりと改革を練っていたからこそ、成功したのですよ?今回もきっとうまくいきますわ」
「うん……ただ、今回は地方都市でも名のある大地主や林業関係者、鉱山事業者が出席するからそう簡単にうまくいくとは限らないよ。彼らも利益を出したいのはわかるし、その折り合いを決めるための交渉になるんじゃないかな?」
「会議ではなく交渉……ですか?」
「うん、交渉だね。財務省ですら手を焼いている相手だ……勿論、会談の中で交渉を行うといったほうがいいかな?喧嘩をしにいくわけじゃないけど、しっかりとした気持ちで挑んでいこう」
今回の交渉は割と大仕事になりそうだ。
ネッケル長官も会談に参加するとはいえ、彼が手を焼いている相手だ。
アントワネットと一緒に、俺は彼らとの会談を行うことにしたのであった。